第42話 初めての平穏
木漏れ日の差す森林。
俺は目を閉じ、集中する。
かっと目を見開くと同時に魔力をメタルガントレットに流し、体を横に回転させた。
長いメタルの刃が一瞬で形成され、辺りの木々を切り倒す。
勢いを殺さず、跳躍し、宙で蹴りを放つと同時にメタルグリーヴへと魔力を伝達。
グリーヴからは長細い刃が生まれ、それは木々の枝を綺麗に断つ。
着地と同時に辺りを見回す。
そこには樹皮や枝がなくなった丸太が幾つも転がっていた。
丸太を十本綺麗に並べる。
メタルガントレットを手の形状に変形させ、丸太を抱えた。
「っし」
金属魔術で変形させればより持ち手が増えるが、所持重量が増えるわけではない。
だが、重量を俺の脚だけでなく、メタルグリーヴを変形させた足へと流せば話は別だ。
かなりの集中力が必要だが、メタルは非常に魔力伝導率が高いのか、銀の小手よりも金属魔術との相性がよく、操りやすい。
傍から見れば両手両足から金属の手足を生やした人間が歩いているのだから、魔物に見えなくもないだろうが。
メタルはいい。
金属魔術を使うにはうってつけの金属らしく、以前に増して変形の速度や質が上がっている。
「それに、なんか魔力の『乗り』がいいんだよな」
以前から感じていた、自分自身の魔力の量。
メタルドラゴンを倒す前と今を比べると、明らかに魔力量が増えている気がする。
魔力の流麗さも目に見えて向上している。
もしかしたら金属魔術でメタルを倒したことで、何かの現象が俺の体内で起きている、ということなのか。
「……まっ、考えてもわからないよな」
金属としてのメタルもメタルモンスターも不確定な部分が多すぎる。
メタルドライアドを倒してから一か月ほど。
時折、時間を見てはメタルモンスターを調べてみたが、ただの金属にしか見えなかった。
およそ生物とは思えなかったのだ。
臓器もない、血液も流れていない、神経も、皮膚も、筋肉も存在しない。
ただの金属なのだ。
あれがどうやって動いているのかまったくわからなかった。
俺はメタルガントレットを見下ろした。
メタル【ドライアド】は他のメタルモンスターのメタルよりも圧倒的に魔力内包量が多い。
メタルモンスターの等級によって、質は違うのだろうか。
他の神話級モンスターを倒せば、今と同等の、あるいはそれ以上の装備が作れたり。
何てことを考えながらも、俺は苦笑した。
そんな装備あっても何に使うってんだ。
俺は傭兵でも冒険者でも、魔術師でもない。
荒事があるにしても、精々が村の警護くらいだ。
相手は賊か魔術師崩れ、低級の魔物だけ。
今の装備で十分対処できるし、これ以上何かを求める気もない。
もう俺は強さを求める必要はないんだから。
村に向かい俺は歩き続けた。
快晴の上、気温は丁度良く森林浴に浸りたい気分になる。
まだそんなことをする時間はないんだが。
「グロウ!」
村までもうすぐというところにカタリナがいた。
俺を見つけるとぶんぶんと元気よく手を振ると、駆け寄ってくる。
「相変わらず、すごいね!
グロウのおかげで荷車も必要ないもん!」
「年寄り連中に運搬なんて任せられないからな」
歩みを止めない俺の隣に、カタリナは並んだ。
後ろで手を組み、ニコニコと笑いながら俺の顔を覗き込む。
「なんだよ」
「えへへ、なんでもなーい」
「……ふん」
言いたいことは何となくわかったが、わからない振りをした。
他愛無い話をしつつ歩き、村に到着する。
十数ほどあった家屋はほぼ建て直し済みだが、防壁や門はまだ手を付けていない。
たった一か月ということを考えるとかなりの復興速度と言えるだろう。
自分で言うのもなんだが、金属魔術は建築に役立っている。
伐採、運搬、建材に加工し組み立てる、一連の工程は金属魔術を活用すれば可能だ。
もちろんすべて俺がするわけではなく、村人は補助や片付けなどをしてくれるし、食料など生活用品の調達はしてくれている。
「おかえりなさい、グロウ」
「ああ、ただいま」
村の老人たちが笑顔で迎えてくれた。
以前よりも距離が近く、所作からも親しみを感じる。
「おいしい干し芋できたんだよぉ、食べるかい?」
老婆が人好きのする笑顔で懐から干し芋を取り出した。
「い、いや今は腹が一杯だから遠慮しとくよ」
「そうかい? 残念だねぇ」
俺がやんわり断ると、しゅんとしてしまう。
どうしてこう年寄りというのは、若者に食べることを要求するのだろうか。
目が合うとすぐに我先にと、何か食べ物を差し出してくる。
ありがたい話だが、俺よりも老人たちにもっと食事をして欲しい。
復興作業で疲労がたまっているだろうし、俺に気づかいせずに休んでくれればいいのだが。
俺ばかり作業をさせては申し訳ないと、張り切ってしまう。
悪人は平気で休んだり人を利用するものだが、善人は善人で面倒というか、融通が利かないというか。
まあ、悪い気はしないけどな。
俺は丸太が積まれている場所に、持ってきた丸太を置いた。
すでにかなりの量が山積みになっている。
これだけあれば、簡単な防壁なら作れるだろう。
「戻ったぞぉ!」
馬車に乗った村人たちが見えた。
どうやら街から戻ってきたらしい。
以前、村人たちは都市へ買い出しに行くことはなく、自給自足をしていたと言っていた。
そのため商人と交易をする程度にしていたのだが、先の一件で買い出しへ行くことも必要だ、という意見が出た、というか俺が提案したんだが。
そのため、やや遠いが近場の『ラッセル』という町へ買い出しに行くことになった。
カタリナたちの言う『都会』には程遠い二百人程度の町だが、この地よりは十分栄えていると言える。
俺は馬車に近づき、御者台に座る村人に声をかけた。
「どうだった?」
「食料と食物の種を購入してきたぞ。
それとあの魔術師のお嬢さんが言っていた通り『指名手配は解かれておった』」
アイリスから俺の指名手配は解いておいたという手紙が届いたので、確かめてもらったのだ。
ただしこの近辺に限定されているらしい。
そりゃ、王都や栄えている都市でそんなことをすれば、王に目をつけられるから当然だろう。
この付近だけでも動きやすくなるのはありがたい。
「そうか。ありがとう」
「いやいや、これで大手を振って町にも行けるのぉ!」
嬉しそうに笑う老爺に対し、俺は苦笑した。
「町に行く機会があるかはわからないけどな」
「若者はもっと人が多い場所に行ったらええ!
グロウはもっと色んなことを楽しむべきじゃ」
「老婆心、出てんぞ」
「爺なんでね」
この爺さんの名前はジジ、という。
俺とカタリナの仲を茶化したりしていたあの好々爺だ。
この村の出身で、この村では中心になることが多い人物のようだ。
ただ、村には村長は存在しない。
互いが互いを支え、問題が起きれば全員で判断する。
もちろん状況に応じて独自に判断するが、そうやって生活してきたらしい。
ちなみに村の名前は『ロッテ』というらしい。
最近まで知らなかったけどな。
ジジが馬車を降りると、俺に耳打ちしてくる。
「ラッセルにはエッチなお姉ちゃんがおる店もあるぞい。
これも経験じゃ。なんなら儂も一緒に……」
「あらぁ、何の話をしてるのかなぁ? おじいちゃん?」
いつの間にか隣に立っていたカタリナ。
笑顔だが口元は笑ってない。
ジジはカタリナに振り返り、顔を真っ青にした。
「な、なーんも言っとらんよぉ?
わ、儂はこれでの! またの!」
ジジは逃げるようにその場を後にした。
老人にしてあの速度、まだまだ現役ということか。
……何がとは言わないが。
「まったく、ジジおじいちゃんは本当にダメ! ダメなおじいちゃん!」
カタリナには血の繋がった家族はいないらしい。
ただそれはこの村にいないのか、そもそもいないということなのかは知らない。
彼女がどういう生い立ちなのか、聞いたこともない。
おそらく俺から聞くこともないだろう。
それでいい。
俺たちに過去はもう必要ないのだから。
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