第41話 ありがとう

 全焼した村。

 あるのは灰と瓦礫だけだった。

 アイリスの弟子たちが消火してくれているため、燃焼は止まっている。

 焼け焦げたニオイが鼻をつき、俺は顔をしかめた。

 これだけの被害を受けながら、死傷者は一人もいないというのは奇跡だ。

 カタリナや村人たちが思い思いに自宅の前に移動する。


「すごかった、ね」

「……ああ」


 クズールのことでも、家事のことでも、メタルのことでもない。

 それはアイリスが行った『魔術』に関してだ。


「地割れが綺麗さっぱりなくなってるもん。

 魔術って本当にすごい!」


 カタリナが興奮したように言う。

 村を分断していた地割れは、アイリスの土魔術によってなくなっている。

 もちろん完全に元通りとはいかないが、それでも普通に住むくらいには問題ない。

 アイリスは弟子たちと共に、地割れ内を捜索したが、クズールや弟子たちを見つけることはできなかったようだった。

 相当な深さまで下りたらしいが、これ以上は危険と判断し戻ってきた。

 フライで飛ぶことはできるが、魔力消費はそれなりに多い。

 魔力量が著しく多いアイリスが、可能な限り潜ってもまだ底には辿り着かなかったようだ。

 結局、クズールや弟子たちはメタルにより戦死したということにするにしたらしい。

 俺としては別にどっちでもいい。

 もう俺には関係のないことなのだから。


「魔術師って皆あんなにすごいの?」

「いや、アイリスは魔術師の頂点、五賢者の筆頭だからな。

 彼女以上の魔術師は、レーベルンにはいない」

「ほえぇ……すごいんだねぇ」


 口をぽかんと開けてアホ面を見せてくるカタリナ。

 実際に魔術を目の当たりにする人間は多くはない。

 魔術師が駆り出されるのは戦争や魔物の討伐、演習などが主だ。

 普段は魔術の鍛錬や研究などに勤しんでいるため、一般人が関わる機会は多くない。

 都市部にいる市民でも、カタリナのような反応をする人間は少なくないだろう。

 俺はあたりを見回した。

 十数ほどの家屋は焼け落ち、村人全員で建てた防壁も破壊されてしまった。

 クズールがやったことだ。

 しかし、俺にも責任の一端はある。

 俺がこの村に来なければ、巻き込むことはなかった。

 俺が村に残っていれば、村を焼かれることまでなかった。

 俺がもっと……。


「また変なこと考えるでしょ」


 いつの間にかカタリナが俺の目の前に移動していた。

 カタリナは俺の鼻先に、人差し指を向ける。


「……なんのことだ」

「わかるんだから。グロウはね、難しいことを考えてるとき、むすってするんだもん。

 ここんとこ、ぎゅっとしちゃってさ」


 カタリナが眉根を指で寄せ、見せつけるように顔を近づけてくる。

 見目麗しい少女の顔が近いというのに、俺の心臓は微塵も反応しない。

 むしろ過剰な変顔を前に、笑いが込み上げてくる。


「くっ」

「あ! 今笑った!?」

「…………笑ってない」


 俺は平静を装い、必死で笑いをこらえた。

 カタリナに笑わされるのは癪だ。

 明後日の方を見て誤魔化すと、カタリナがじーっと俺を見つめてくる。


「どうせ俺のせいだ! とか、俺が村に来なければ! とか考えてたんでしょ?」

「なんで俺がそんなことを」

「グロウって、わかりやすいもん」


 俺が、わかりやすい?

 そんなことを言われたのは初めてだ。

 ……そんな風に言う相手もいなかったけど。


「と・に・か・く! そういう、誰のせいだとかいうのはなしね!

 グロウは悪くない! それに過去は過去なんだから! あたしたちは未来に生きるの!」

「おまえは未来じゃなくて、現在を見た方がいいと思うが」

「後ろや足元を見るより、前を見た方がいいじゃない!

 その方がいろんなものが見えるもんね!」


 ニコッと笑うカタリナに、俺は面食らってしまう。

 過去や現在より、未来に思いを馳せろ、か。

 昔はそうだったけど、最近は後ろばかり見ていた気がする。

 未来、か。

 突然、カタリナにガッと手を掴まれた。


「ほらほら! また難しい顔してる!

 考え事をする暇なんてないんだよ! 村を立て直さないと!

 グロウにはたっくさん働いてもらうよ!

 グロウはもう村の一員なんだから!」


 村の一員。

 不意に胸に温かい感情が生まれたことに気づいた。

 常に刺々しかった心が、この村に来て、徐々に柔らかくなってきている。

 それは村人やカタリナのおかげだと、俺は知っている。

 カタリナが俺を強引に引っ張り、村の中へと連れていく。

 村はボロボロ、家屋は残っていない、最悪な状況だ。

 それなのにカタリナは笑っていた。

 俺たちの姿に気づき、村人たちもなぜか嬉しそうに笑っていた。

 こんな状況でも楽観的な奴らばかりだ。

 あー、馬鹿らしい。

 悪人やクズな連中、腐った環境、そんなものに考えを割くなんて馬鹿らしくてしょうがない。

 俺には俺を受け入れてくれる場所ができたのだから。

 これからはここで生きていこう。

 俺を慕ってくれる人たちのため。

 俺を必要としてくれる人たちのため。

 そして俺自身のために。

 俺は生きていこう。

 村人たちが集まってくる。

 カタリナが俺に振り返り、嬉しそうに笑う。

 みんなが笑顔を向けてくれる。


「ありがとう」


 自然に出た言葉に、俺自身が驚いた。

 カタリナや村人は顔を見合わせ。


「どういたしまして」


 笑顔でそう言ってくれた。

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