第40話 細く頼りない絆
「――この役立たずがッッ!!!」
激高する王は、杖でわたしを殴った。
額に衝撃が走り、わたしは横に倒れた。
痛みと共に液体が滴る感触がした。
何度も何度も杖を振るわれた。
痛苦と衝撃を感じながらも、わたしは抵抗しない。
王は顔を真っ赤にして、興奮したように息を荒げていた。
ここは王の執務室。
広い部屋には豪奢な家具がそこかしこに置かれていた。
「どいつもこいつも無能ばかりではないか! 金属魔術師一人捕まえることもできんとは!
その上、クズールはメタル程度に殺されただと!? 魔術師の頂点に君臨する五賢者が、何をしているのだ!」
痛みに耐えながら、わたしは跪いた。
「申し訳ありません。わたしの力不足です」
王の隣で宰相がわたしを睨みつけている。
これほどの蔑視を受けたのは初めてだった。
心臓が締め付けられるほどの精神的な圧力を感じる。
……こんなことを、これ以上のことを、グロウ様はされていたのだろうか。
そう考えるとほんの少しだけ、彼の気持ちがわかった気がした。
「魔術師総出で対応しながら、メタルに有効な対策さえ見つけられず、閉じ込めることしかできないとは。
魔術師一人に一体、いかほどの人件費がかかっているのかわかっているのかね?
無能を飼う余裕などないのだよ、国にはね」
メタルの出現により、魔術師たちは一方的に対応を迫られた。
彼らは朝から晩までメタル対策を練り、亀裂のメタルを封じ込めるために尽力している。
普段は居丈高な彼らも、今回に限っては負担を押し付けられている立場になっている。
……それはわたしも同じ、なのだろう。
ちなみにここ数か月わたしは最低限の報酬でほぼ休暇なしだ。
わたしは決して反抗しない。
だからこそ都合がよかったのだろう。
五賢者の給金は膨大だ。
それを節約できればそれだけ他の部分に資金を回せる。
他の五賢者はどうかは知らないけれど。
別にいい。
奉仕精神があるわけではなく、ただ自分の目的が民の安全、メタルの対策だからだ。
それに……今は、グロウ様のことも。
王は動揺しながら、右往左往していた。
「ど、どうする、グロウとかいう金属魔術師がいなければ、メタルは破壊できないのだぞ。
クズールの件も、どう公表する……メタルに殺されたとなれば民の動揺は計り知れん……」
胸が痛んだ。
メタルやクズールの件、双方とも影響があるのはわたしたちだけではない。
国民に動揺が走るのは間違いない。
魔術というのは一般人にとっては非常に脅威であり、ゆえに信頼に値するものでもある。
魔術国家レーベルンにおいてはその権威は絶大だ。
魔術師の頂点に立つ五賢者の一人がメタルに殺された、となればメタルの脅威はより顕著なものとなり、国民の恐怖は増大する。
その上、メタルへの対応策がないとわかれば、魔術師への信頼や権威は崩れるだろう。
そうなれば現在の魔術師の地位は揺らぐ。
魔術国家である我が国で、魔術や魔術師への信頼がなくなるのは国力の弱体を意味する。
王はそれを危惧しているのだろう。
わたしのせいだ。
わたしがもっと早くクズールの行動に気づいていれば。
わたしがメタルを倒せるほどの魔術が使えれば。
奥歯を強くかみしめた。
横暴で配慮がない部分もあるが、目の前にいる人間は国王なのだ。
一国を統治し、人々を導くお方の心労は計り知れない。
わたしの考えが及ばない領域にいる王の考えなど、わたしにわかるはずもない。
忸怩たる思いを抱きつつ、わたしは絞り出すように言った。
「……申し訳ございません。王の、民を思う気持ち。わたしも理解しております。
クズールの分、わたしが誠心誠意対応し……」
「民を思う気持ち? 何を言っておる?」
思わず顔を上げると、王は怪訝そうにわたしを見下ろしていた。
鼓動が徐々に早くなる。
何か、間違ったのだろうか。
「此度の件、民を思うあまりに心を痛めていらっしゃるのかと」
「は! 民のことなどどうでもよいわ!」
どうでも、よい?
一国の王が、国民をどうでもよいと、そう言ったのだろうか。
わたしはあまりの動揺に言葉を失った。
今までの態度や言動は、国や民を思ってのことだと思っていた。
王の心労は計り知れず、ゆえに大きな悩みや自分には理解できない部分のあるのだろうと、そう思っていたのに。
「他国との会談で儂が馬鹿にされるのだ!
魔術国家でありながら、魔術の価値がないとそう言われるではないか!
民などどうでもよいが、儂の国がメタルなどに蹂躙されるなど許せん!
貴様ら魔術師は普段は偉そうにしておるのだから、命を賭してもメタルを淘汰すべきだろうが!
だというの役にも立たず、ただ金を食うだけの奇声虫に成り下がりおって!
何が魔術師だ、何が五賢者だ、危機的状況でなにもできない者ばかりではないか!」
これが王の本音なのか。
わたしは足元が崩れていくような感覚に襲われた。
魔術師は地位が高い、それだけ恵まれた環境にいる、給金や地位も高い。
しかしそれだけ危険な任務も多いし、魔術師でしかできないことはたくさんある。
日々精進し、切磋琢磨し、才能に溢れた人ばかり。
それゆえプライドや選民意識が強い面もあるが、誰もが努力していることは間違いない。
それが、王にとってはただの捨て駒だったということなのか。
愕然とした。
「四大魔術がすべて使え、容姿も恵まれているからと五賢者に据えてやったのだ。
貴族でもない貴様を、白魔術師などという大層な名を与えてやったのは誰だ!?
恩義を感じずに、満足に金属魔術師ごときも連れて来れないのか貴様は!」
ぐいっとわたしの顎を強引に掴む王。
わたしは顔を歪ませた。
「よいか。グロウを連れてこい。
それができぬなら貴様がメタルをすべて倒せ。
五賢者の立場にあるのならばすべては貴様の仕事だ」
完全なる押し付けであると理解していた。
あまりに横暴なその言動。
数えきれないほどあったこの状況。
いつものことだ。
いつも無感情に、何も考えず、ただわたしはただ頷いていた。
今日も同じなのだ。
ただ、王の頭には己のことしかないと、そう理解しただけ。
彼は民も国も魔術師も、どうでもいいのだ。
「……御心のままに」
王が乱暴に手を振ると、わたしは再び床に倒れた。
魔術がなければただの小娘。
高齢な王相手であろうと、わたしに成す術はない。
「ふんっ!」
王が憤りながら、部屋を出ていった。
宰相はわたしを一睨みすると、王の後に続いた。
一人残されたわたしは、緩慢に立ち上がると額の血をハンカチで拭った。
いつものこと。
そうやって今までやってきた。
それなのに、なぜか妙に虚しさを感じた。
白魔術師として祭り上げられ、期待を抱いた大衆に崇拝され、わたしは無垢なる少女を演じた。
本当の自分なんて誰にも見せたことがない。
本当の自分がどんなものかなんて、自分でも忘れてしまった。
……そう思っていたのに。
「グロウ様……」
彼と過ごした短い時間。
当たり障りない会話と知り合い程度の距離感。
それでもわたしにとっては、とても楽しい時間だった。
多くの人が亡くなったのだ。
不謹慎だと自分でも思う。
けれど……人形のように無感情で、自分自身を失っていたわたしの心に、彼は小さな火を灯してくれた。
彼は何度もわたしを助けてくれた。
こんな何もないわたしを。
その大切な思い出は、決して忘れることはできない。
だからこそより強く思う。
グロウ様は巻き込んではいけないと。
彼には平穏に過ごして欲しいと心から思った。
それにグロウ様がいても問題が解決すると決まったわけでもない。
大丈夫。
ずっと一人でやってきたんだから。
誰にも心を許さず、国民の支えになり、偶像を演じてきた。
それが人々を救うことになると、魔術の発展に寄与することができると思ったからだ。
その時の自分に戻ればいい。
グロウ様との、細く頼りない絆は断ち切ればいい。
五賢者として、魔術師筆頭として、白魔術師アイリスとしてメタルに立ち向かう。
誰に頼ることなく、成し遂げればいい。
大丈夫。大丈夫。絶対に大丈夫。
その言葉は弱い自分を打ち消す言葉。
心の中で何度も唱えれば、きっと前に進める。
頑張る。頑張ればきっと大丈夫。
わたしはそう自分に言い聞かせながら、執務室を離れた。
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