第39話 責務
後処理をした後、『わたし』は村を後にした。
フライで空を飛ぶと、風音が負の感情を僅かに流してくれる気がした。
グロウ様や村の方々は、わたしたちを嫌煙することもなく、笑顔で別れを告げてくれた。
優しい人たち。
きっとグロウ様の優しさと強さに気づけたのは、善人である彼らだからなのだろう。
わたしは、わたしたち魔術師はそれができなかった。
頑なに復興の手伝いや支援を断る村の人たちに「何かあったら言ってくれ、なんでも手伝う」と言い、五賢者の名の入った紹介状を渡すことしかできなかった。
わたしたちの責任であるのに、責めもせず、補償も求めないなんて。
わたしたちは……一体、何をしているのだろうか。
「よろしいのですか? アイリス様」
弟子のリアンが不服そうに言った。
弟子になってから比較的に歴が長い、優秀な青年。
彼が言っているのは、村人への補償に関してではないことはすぐにわかった。
「いいのです」
何がとは言わなかった。
リアンもそれ以上、言及はしなかった。
すべてを悟ったわけではない。
きっとわたしの性格をわかってのことだろう。
誰がなんと言おうと、わたしは決断を覆さない。
過ちがあろうと、不備があろうと、決して振り返らない。
そうしなければ前になど進めない。
わたしは無力だ。
四大魔術も。
魔術師も。
絶大な権力を握っていたのはもう、過去のこと。
けれど……そんなことはどうでもよかった。
自分の地位も名誉も、五賢者の肩書も。
そんなものに何の価値もないのだから。
●〇●〇●〇
数週間を経て、ようやく王都まで舞い戻った。
その足で王都の元へは行かず、わたしは都市外縁部の駐屯地へと向かった。
そこは件の場所。
メタルが初めて王都へ襲来した地。
わたしが生み出した巨大な亀裂は存在しない。
代わりに付近に目印のように建てられた簡易的な塔と、天幕がいくつも並んでいる。
そして亀裂があった場所に、百人を超えるほどの魔術師が等間隔に立ち並んでいた。
「嬢ちゃん」
五賢者の一人、土魔術師のガングレイヴ。
彼はわたしの顔を見ると、すぐに駆け寄ってきた。
「クズールはおったのか?」
「……はい」
「あやつはすぐに暴走するからの! それでどこに? 奴の顔が見えんが」
「道中、メタルドライアドに襲われ、その時に……」
「クズールが……メタルにやられたと……? 亡骸は?」
「地下へと落ち、そのまま」
ガングレイヴは狼狽していた。
二人がどういう関係なのかは詳しく知らない。
けれど昔馴染みであることは知っていた。
真実を話すべきかとも考えた。
しかしクズールの独断専行、村人への非道、その顛末を話すのは憚られた。
死体に鞭を打つ所業とも思えたのだ。
それに、詳細を話せばグロウ様のことも話すことになる。
ならばやはり真実を話すべきではない、そう考えた。
「そうか……そうか。そうか」
なぜかガングレイヴからは悲しみを感じなかった。
ただ妙に納得したように何度も頷いていた。
何を考えてるのか掴めない。
不穏な空気を感じつつも、わたしは何も言えずにいた。
「……亀裂に変化はないぞ」
ガングレイヴが落ち着いた声音で言う。
僅かに動揺しつつも、わたしは冷静に答える。
「そうですか。ではメタルたちは地下に閉じ込められていると」
「わからぬ。土を掘り、移動している可能性もある。
当然、地下の土はアースウォールを広範囲に使い、強化しているのじゃが」
今も土魔術師たちが亀裂のあった場所にアースウォールを使っている。
亀裂の壁を、メタルたちが掘れないようにするためだ。
襲来以降、メタル対策を見つけられないまま、わたしたちは場当たり的な対策を講じることしかできていない。
グロウ様に、この事実を伝えるべきだったのだろうか。
まさか。
虐げ、馬鹿にされ、見下され、決して認められなかった、金属魔術師の青年に頼れと?
魔術師の筆頭である五賢者が、そんな誇りなき行為をしろと?
頼ることを否定しているわけではない。
金属魔術師を見下しているわけでもない。
しかし。
ひたすらに侮蔑し、追放した彼に、魔術師協会の人間が頼るのであれば話は別だ。
そんな都合のいい話があるだろうか。
そんな恥ずかしいことができるだろうか。
情けない。
魔術師として、人として、情けなく感じる。
そんなことはできない。
彼には頼れない。
過去にあった出来事を調査したが、彼にはあまりに辛い過去が多すぎる。
あれほど劣悪な環境でありながら、一人で金属魔術師として生きてきたとは。
協会内だけでなく、世間からの風当たりも厳しかったはずだ。
それなのに手のひらを返し、協力を仰ぐなんてできるはずがない。
今更……もう遅い。
彼はそっとしておくべきだ。
わたしを助けてくれた、あの優しいお方の幸せを願う。
どうか平穏な人生を歩んでくださいますよう。
わたしには願うことしかできない。
「引き続きお願いします」
ガングレイヴにそう言うと、わたしは踵を返し、王都へ向かった。
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