第43話 余った時間

 俺は『自宅』のベッドでくつろいでいた。

 自宅の構造は簡単だ。

 一階建てで、玄関を入ると短い廊下が伸びている。

 左にはダイニングとキッチン。

 右側には寝室。

 正面には浴室とトイレがある。

 小さな村にしてはかなりマシな設備だろう。

 下水路を作ったりしたからな。

 急場で作り上げた分、やや狭いが一人暮らしと考えれば問題ない。

 村の復興は完遂し、みんな元の生活を取り戻している。


「ふああぁ……かふっ」


 あくびをして天井を見上げた。

 暇だ。

 暇すぎる。

 俺がロッテ村に住み始めて二か月。

 すでにやることがほとんどない。

 そもそも人口が少ないこのロッテ村では、必要なのは家屋と防壁、畑関連の設備くらい。

 作物を加工することもなく、基本的にはそのまま調理したり、町で売るくらい。

 狩猟はするが、イノシシやシカを一日二頭狩れば十分なほどだ。

 人口は二十二人。内、二十人は老人なため必要な食料も少なくて済む。

 保存食料も十分ある。

 他の仕事と言えば、薪割り程度。

 そんなもの金属魔術を使えば数分で終わる。

 村人たちは普段畑仕事をして、魔晶果を売り暮らしていた。

 狩猟は老人には難しいため、商人や狩人から食料や肉を買っていたらしい。

 その分は俺が調達しているため、食料に関しては十分だ。

 家は建てたばかりなので修繕の必要もない。

 以前のメタルドライアド騒動のせいか周囲の魔物は激減している。

 賊の類も現れない。

 元々、この近辺は魔物が多く、よそ者が足を踏み込むことはあまりなかったようだ。

 もちろん地元民や護衛を連れた商人であれば話は別だ。

 あのクズ商人もゴロツキ兼護衛を連れていたし、商人ともなれば安全な道をある程度把握しているものだ。

 ただ村からさらに奥の森に踏み入ると余計に魔物が多く危険なのだが。

 ドライアドがいなくなった分、完全に安全な道はなくなったが、魔物が減っているためむしろ安全にはなっている。

 しばらくすれば魔物が少ないことを知った奴らが森に入ってくる可能性もあるが。

 今のところは大丈夫なようだ。

 閑話休題。

 とにかく俺は暇だ。

 復興作業はなく、普段の作業は俺の出る幕はない。

 今まで村人だけでやっていたことを俺が奪うことはできないからだ。

 じゃあ何をするかと言えば、何もすることがない。

 メタルドライアドの件で村は全壊したが、実はそれぞれ金は持っていたらしい。

 寝るときに腰につけていたらしく、火事で燃えることはなかったとか。

 用心深い人たちだ。

 まあ、だからこそこんな辺鄙な場所で生きていけてるんだろうが。

 その癖、人相手だと妙に隙が多いのは、田舎の人間だからなのか……。

 いや、ただのお人好しなだけか。

 平和だ。あまりに何もない。

 物心ついた時から魔術の訓練や研究をし、協会に所属してからは雑務やらで休む暇もなかったし、最近は問題ばかり起きて、大変だった。

 今は何もない。あまりに平穏で別世界にきたのではないかと思うほどだった。


「このままだとダメな気がする」


 これでは無職同然だ。

 俺はベッドから起き上がり、メタルガントレットとグリーヴを装着し、家を出た。

 家屋や畑が目に入る。

 村人たちは農耕に精を出していた。

 牧歌的であり、俺の日常でもある、そんな光景だった。


「……カタリナの家にでも行くか」


 一人ごちて隣家のカタリナの家へ向かう。

 ノックすると、すぐに扉があいた。


「あら? どしたの?」

「暇だ」


 カタリナが何か言う前に、俺は家に入る。

 カタリナは俺の行動を妨げることなく、体を避けてくれた。

 玄関すぐのリビング。椅子に座ると、俺はテーブルに突っ伏した。

 バタンと扉を閉めると、カタリナは慣れた所作で紅茶を入れてくれた。


「はい」

「ありがとう」


 目の前に出されたカップには透き通った黄金色の紅茶が入っていた。

 ほんのり甘い香りに浸りながら、一口すする。

 いつもの味だ。

 カタリナが正面に座ると、同じように紅茶をすすった。

 心地いい昼下がりの空気。

 心が落ち着く日々。

 何もない。

 平坦で、変化のない毎日。

 心躍ることも、苛立つこともない。

 ………………。

 …………。


「だあああああああああ!」


 俺は勢いよく立ち上がった。

 頭を掻きむしり、天井を仰いだ。


「ど、どうしたのグロウ」

「平穏すぎる!」


 俺はガバッ両手を下ろして、カタリナに訴えかけた。


「いいことじゃないの?」

「いいことだ! だけど暇だ! やることがない!

 農作業も復興作業も狩猟も何もかも、すぐに終わるし、毎日同じことの繰り返しで、飽きる!」

「そういうものだもん、しょうがないよ」


 達観しているようにカタリナはカップを傾けた。

 昔は田舎に住んでいたが、確かに娯楽もないし人は少ないし店も何もないしで暇だった。

 しかし俺には魔術があったし、そんな暇を持て余すなんて時間はなかった。

 だが今は違う。

 やるべきことがない上に、金属魔術のせいで作業がすぐに終わってしまう。

 便利すぎるがゆえに、効率的に作業が進み過ぎるのだ。

 もちろん手作業が必要な部分はあるが、それにしても金属魔術でできることが多すぎる。

 村人たちがやる仕事もあるため、俺がやるべきことはそう多くなく、すぐに終わってしまうのだ。

 目標も仕事もない。

 そりゃ暇になるだろう。

 感情を抑制しつつ、俺は椅子に座りなおした。


「おじいちゃんおばあちゃんしかいないから、何か必要でもないもんね。

 子供でもいればさ、グロウが何か教えたり、他にも必要なものとか沢山あるだろうけど」


 老人ばかりの村では変化を嫌う。

 現状維持が最も彼らが望むもので、利便性を追求するべきではない。

 改善を要求するつもりはない。

 それが彼らの流儀ならばそれでいいと思うし、俺もそれ自体は悪いこととは思わない。

 今までのことを考えれば恵まれている。

 幸せだと思うし、別に今の生活が嫌いなわけじゃない。

 ただ何かが足りない。

 というか何かやってないと落ち着かない。

 時間がない生活をしていたから余計に。

 あるいはこれは俺の性格の問題かもしれない。

 ゆっくりとした生活は俺には向いてない気がする。

 そんなことを考えていると、カタリナが突然立ち上がった。


「グロウ。町に行こ!」


 そう元気よく言うと、俺の返答を待たず、俺の手を掴んで家を出ていく。

 俺は、カタリナに引っ張られるも抵抗しない。


「なんで町に行くんだよ」

「だって暇なんでしょ」

「そりゃ暇だけどさ」


 だからと言って町に行ってどうしようというのか。

 一応、アイリスが指名手配を解除してくれてはいるが、それでも俺の顔を覚えている人はいるかもしれない。

 何かを勘ぐって探りを入れてくる輩もいるかもしれないし、面倒ごとに巻き込まれる可能性もある。

 そうしたらまた村のみんなに迷惑を……。


「あ! もしかしてグロウ」


 内心を読み取れたのかと僅かにぎくりとする。

 普段呆けている癖に、勘が鋭いからな。

 カタリナはもじもじとしながら俺を上目遣いで見た。


「エ、エッチなお店は行っちゃダメだよ!」

「……いや、行かねぇよ」


 むしろ微塵も考えてなかった。

 俺は即答すると、カタリナは「あっ」という顔をして、顔を背けてしまった。

 首が僅かに赤くなっていることには気づかない振りをしよう。


「と、とと、とにかく行くよ!」

「わかった、わかったから引っ張るな」


 カタリナがぐいぐいと腕を引っ張ってくる。

 俺は力を入れず、されるがままになっていた。

 嘆息しつつも、苦笑し、カタリナの横顔を眺めた。

 カタリナは嬉しそうに笑っていた。

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