第7話 メタルドラゴン

 金属のそれはすぐそこにいた。

 ギラギラと光る金属の身体を持つ魔物。

 間近で見ると異様さが際立った。

 俺は気づいた。

 それは金属だったが、形は『ドラゴン』そのものだということに。

 疑問の前に恐怖が顔を出す。

 巨大な金属の魔物は複数の天幕を巻き込みながら暴れていた。


「ぎゃあああああ! た、たすけ」


 言葉の途中で金属の魔物に踏みつぶされた冒険者。

 逃げ惑う連中を尻尾で薙ぎ払う金属のドラゴン。

 ここにいては危ない。

 逃げようと思い立った瞬間。


「アイリス様!!!」


 兵士の誰かが叫んだ。

 それと同時に地面に倒れているアイリスへと、金属のドラゴンが迫っていることに気づく。

 意識はあるが、魔力を失ったせいか身体が動かないようだった。

 このままだと十秒後には彼女は殺されるだろう。


「な、何をしている! アイリス様を守れ!」


 いつの間にかそこにいたクズールが叫んだ。

 クズールの命令を受け、魔術師から無数の魔術が放たれるも、金属の魔物は微動だにしない。

 ドラゴン自体耐久性が高い魔物だが、あれほどの魔術を受けてもダメージがないのはおかしい。

 金属の魔物に魔術でダメージを与えることはできないのか。


「お、おのれ! これでもくらえ!」


 くだらない呪文の後に放たれたクズールの最大魔術。

 エクスプロージョン。

 ドラゴンの巨躯を覆うほどの爆発が生まれ、衝撃波が生まれた。

 俺は顔を隠し、そして衝撃の後にドラゴンを見た。

 健在。傷一つなく、そこに奴は立っていた。


「そ、そんなバカな……傷一つないなど、ありえん!」


 クズールは肩で息をしながら叫んだが、それは何の意味もなかった。

 他の魔術師たちは逃げ腰で、もう魔術を放つ魔力も残っていないようだった。

 もう打つ手はない。

 アイリスは間もなく殺される。

 そんなことは俺には関係ない。

 俺には関わりのない相手だ。

 どうでもいい。

 そう思った瞬間に、俺は地を蹴っていた。


 なぜ走る。


 なぜ助けようとする。


 たかが金属魔術師が何をしようと言うのか。

 価値もなく、見下され、最底辺の魔術師と評されている俺が。

 しかし身体は止まらない。

 気づけば、俺はアイリスの前に立っていた。


「……に、逃げ」


 消え入りそうな声が背後から聞こえた。

 そのせいで俺の覚悟は決まってしまう。

 必ず助ける。

 巨大なドラゴンがすぐそこに迫っている。

 三階建ての建造物ほどの巨躯。

 勝てるはずがない。


「ギャアアアアアアアアア!」


 眼前に迫ったドラゴンが咆哮すると、腕を振り下ろしてきた。

 鋭い爪が俺に落ちてくる。

 当たれば即死。

 後ろにアイリスがいるため逃げることもできない。

 だが、俺は何を思ったが。

 手をかざした。

 眼前に爪。


 死んだ。

 そう思った瞬間、十三年間続けていた無駄な鍛錬が脳内を駆け巡る。

 俺は無意識の内に、身体中から魔力を放出。

 熱を感じ、金属魔術を発動。

 ドラゴンの爪が手に触れる。

 全身に衝撃が走る。しかしそれは一瞬のことだった。

 ドラゴンの攻撃により、肩から足にかけて走るはずだった衝撃はなぜかすぐに途絶えた。

 そして『ドラゴンの爪は綺麗に分解されていった』。

 俺の手に触れたドラゴンの爪は砂のようになり、消失する。

 引き裂かれた布のように、ドラゴンの爪には綺麗な亀裂が走り、それが腕から肩へと上った。

 ビキビキという小気味いい音が辺りに響き渡る。

 ボロボロになったドラゴンの腕は、肩辺りから腐れ落ちるようにして分離した。

 ドラゴンに痛みはないようで、なおももう片方の手を俺に振り下ろす。

 俺は咄嗟に先ほどと同じように『金属魔術』でドラゴンの爪を分解した。

 硬質なものに亀裂が走る音が鼓膜を揺らす。

 そしてドラゴンの両手は地面に落ちた。


「な、なにが起こって」


 魔術師や冒険者たちの動揺が俺にまで伝わる。

 そのおかげか僅かに冷静さを取り戻した俺は、思考を巡らせる。

 魔物の身体は金属のようだった。

 だからこそ『金属魔術』そのものが通用したのか?

 俺は驚きと共に、僅かな自信を抱いた。

 ドラゴンは首を伸ばし口を大きく開く。

 そして俺を口腔に含み飲み込もうとした。

 だが。

 次の瞬間、ドラゴンの首から上は弾け飛んだ。


「うわああ!」

「な、なんだ!? ど、どうしたっていうんだ?」


 事態を飲み込めない周囲の連中が叫ぶ。

 逃げ惑っていたはずの冒険者や魔術師はただ見物していた。

 ドラゴンは頭部を失いながらも、まだ動いていた。

 血が流れない。頭をなくしても動き続ける。

 こいつは普通の魔物ではないということか。

 なぜか妙に冴えた頭が冷静に事実を羅列していく。

 俺は銀の小手を変形させ、長い一本の槍を作り出すとドラゴンの腹部に向けて伸ばす。

 ドラゴンの身体は頑強らしく、銀の槍は傷一つ付けられなかった。

 弾かれた槍は僅かに軌道が逸れつつも、ドラゴンの身体に触れた状態で止まる。

 元々、攻撃のつもりでやったわけじゃない。

 俺は槍に魔力を流す。

 すると槍の先端がドラゴンの身体に吸着、一体化していく。

 同時に俺は槍伝いにドラゴンへと魔力を流し込んだ。


 ビキッ。


 ドラゴンの身体は徐々にヒビ割れはじめた。

 巨大な体に産まれたヒビは次第に大きくなり、ドラゴンの身体全体を覆い――そして砕け散った。

 金属の擦過音と砕ける甲高い音が生まれ、その場にいる連中全員が顔を顰めた。

 そして砕けたドラゴンがいた場所を呆然と見たあと、俺へと視線を移す。


「ぎ、金属魔術師が金属の魔物を倒した……?」

「や、役立たずの金属魔術が? う、嘘だろ。あんなくだらない魔術が」

「何か裏があるんじゃないのか。おかしいだろ」


 俺へと向けられる怪訝な視線。

 目の前で起きたことを俺自身も信じられなかったのだ。

 無理もないだろう。

 だがそんなことはどうでもいい。

 俺は妙な高揚と非現実感にとらわれたままだった。

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