第6話 大魔術

 兵糧や兵器の運搬、天幕の設置、土嚢を摘み、木柵を立て、塹壕を作るため地面を掘る。

 俺以外は奴隷か一般労働者だけ。

 そんな中で、また俺はつま弾きに合い、好奇や訝し気な視線にさらされた。

 さっさと終わらせよう。

 人が跋扈する世界よりも、田舎の方がまだいい。

 一週間以上かけて、労働を終えた。

 俺の仕事は終わったはずだった。

 だが、散々使われた俺は、なぜか前線へと派遣されることになった。


 そこは荒くれ物の冒険者や、傭兵たちで構成された民兵たちがいる場所。

 正規兵や高ランクの冒険者、魔術師連中は後方で高みの見物をしている。

 五賢者たちは高い舞台に乗って戦場を見渡している。

 大魔術を使うために視界を広くとっているのだろう。

 そう、前線は使い捨てされる場所。

 なぜこうなったのか想像できた。

 クズールの指示だろう。

 恥をかかされたと勘違いしたアイツが俺を前線へと送ったのだ。

 証拠はない。狡猾なあいつがそんなもの残すはずがない。

 だが確信はあった。前線へと向かう前、クズールがこう言ったのだ。


「前線で生きて帰る確率は一割以下だ。がんばれよぉ?」


 あの下卑た笑顔で言い放った。

 ああ、殺したい。

 あのクズをこの手で葬ってやりたい。

 そうだ。この戦場から生きて帰ったら殺そう。

 それがいい。

 そんなことを考えながら、俺は前線でひたすらに待っていた。

 前線には1000の民兵。

 小中規模の戦争で用意されるほどの数だ。

 それほど魔物の数が多いのだろうか。

 周りの民兵たちが緊張の面持ちでその時を待った。

 重低音が聞こえた。


「な、なんだ?」


 ドドドドドド、という音が徐々に大きくなる。

 その音は、砂煙と共に近づいてきた。

 何かが見えた。


「お、おいあれ!」

「じょ、冗談だろ!?」


 俺もその言葉が真っ先に頭に浮かんだ。

 これは冗談か何かか。

 大量の魔物が視界一杯に広がってこちらに攻め入ってきている。

 しかしそれだけではなかった。

 その魔物の様子がおかしかった。


「なんだ!? き、金属か!?」


 金属質の魔物。

 魔物は生物であり、動物に近い見た目だ。

 だが迫ってくる魔物たちは生物とは思えない外観だった。

 金属の塊。

 ゴブリン、リザードマン、ラフレシア、コボルトにいたるまで見た目は元々の魔物に近いが、金属の身体だった。

 それがガチャガチャと擦過音を鳴らしながら迫ってきている。


「う、噂で聞いた。世界中の魔物に異変が起こっていると」

「ま、まさかそれがあの金属の魔物なのか!?」


 動揺が広がる。

 俺も同じだった。

 あんなの聞いていない。

 無茶苦茶だ。

 最初から聞いていれば少しは心構えもできたと言うのに。

 いや違うのか。

 心構えをさせるつもりもなかったのだ。

 なぜなら俺たちは捨て駒だからだ。

 迫る金属の魔物。

 やるしかない。俺たちがそう思うまでに時間がかからなかった。

 後方から圧力を感じる。

 大舞台の上に巨大な火の塊が生まれていた。

 あれは大勢の魔術師たちが協力して使う大魔術。

 膨大な魔力を費やす大技だ。

 一撃で決めるということか。


「放て!」


 誰かの声が聞こえた。

 同時に巨大な火炎が前線の遥か遠くへと向かう。

 塹壕に隠れたまま俺たちは身をかがめた。

 数秒の間隔。

 後に爆音と衝撃。

 鼓膜が破裂しそうなほどの音に、俺は顔を顰めた。

 地上に落ちた強大なエネルギーは爆発四散した。

 魔物に直撃したかどうかは見れなかったが、無事では済まないだろう。

 音が聞こえなくなり、風も落ち着いた。

 俺たちは恐る恐る塹壕から顔を出した。

 砂煙で見えない。

 煙が晴れ、遠くにクレーターのようなものが僅かに見えた。

 魔物は見えない。

 見えないが……音が聞こえた。

 地鳴り。重低音。

 それが無数生まれ、クレーターから這い出してきた。


「ど、どういうことだよ!? 魔術でも倒せないってことか!?」


 誰かが狼狽した。

 バカな。あれほどの魔術であればこの世の生物は生きていられない。

 最強を誇るドラゴンでさえもだ。

 それはつまり……この世に存在していたどの魔物よりもあの金属の魔物は強靭だということだ。

 無茶だ。人間が勝てるはずがない。

 俺たちが持つ武器が通じるはずがない。

 誰もがそう思ったはずだ。


「や、やってられるか! あんなの戦えるはずがない!」


 誰かが叫ぶと他の連中も呼応するように叫んだ。


「お、俺は逃げるぞ! 敵前逃亡なんて知ったことじゃない!」


 一人が逃げるとそれに追随して誰もが逃げ始めた。

 俺もそれに倣って逃げた。

 当然だ。

 勝てる見込みもないし、そもそも戦う義理も理由も俺にはない。

 大勢が逃げ始めると、後方の部隊も動揺していた。


「に、逃げるな! 戦え!」


 将軍らしき男が叫んだが、兵たちは気勢をそがれていた。

 大魔術で大半は倒せる。その残党を討伐すればいい程度に考えていたのだろう。

 俺もそうだった。

 でも魔物は死ななかった。

 魔術で倒せなかったなら勝てるはずがない。

 前方部隊は一気に離散し、俺も後方へと逃げた。

 その流れで高ランクの冒険者や兵士、魔術師たちも逃げ始めた。


「だ、大魔術が効かないならどうしようもないぞ!」


 クズールが余計なことを口走ったせいで、逃亡に拍車がかかった。

 特に魔術師たちの不安を余計に煽ったらしく、後方で待機していた魔術師たちはこそこそと逃げ始めた。

 そんな中、声が響いた。


「落ち着きなさい」


 白魔術師アイリス。

 誰もが狼狽える中、凛とした佇まいを見せる。

 彼女が何やら呪文を唱え始める。

 その様子に、なぜか逃亡を図っていた連中が足を止めた。

 大量の魔力がアイリスの周辺を待っている。

 長々と呪文を唱え、膨大な魔力がアイリスの手元へと収束する。


「アースクエイク!」


 アイリスの魔術により、視界に巨大な地割れが生まれた。

 金属の魔物たちが地割れに飲み込まれ、下へと落ちていく。

 最上位土魔術のアースクエイク。

 複数人で行う大魔術相当の最上位魔術。

 一人でこれほどの規模の魔術を使えるのはアイリスだけだろう。


「はあはあ!」


 ほとんどの魔力を使い果たしたらしく、アイリスは地面にくずおれた。

 大魔術を使う時間がなかったため、一人で魔術を使ったのだろう。

 相当な負荷が彼女にかかっていることは想像に難くなかった。

 その甲斐あってか、金属の魔物たちは地下へと落ちていった。

 死なずとも、上がってくるのは容易ではないだろう。


「アイリス様! 大丈夫ですか!?」


 クズールが焦った様子でアイリスに駆け寄った。

 アイリスの身体にわざわざ触れている時点で、下心が隠しきれていない。


「クズール! 貴様が火系統の大魔術にしようと言ったからじゃぞ! 最初から土魔術にしておけばこうはならんかった!」


 土賢者のガンブレイブが青筋を立て叫んだ。


「ふん、貴様も別になんでもいいと言っていただろうが! 今更蒸し返すな!」

「な、なにを!」


 二人が言い争う中、水賢者のリッケルトは興味なさそうに明後日の方向を見ていた。

 フゥリンは地割れを見て、感嘆の声を上げている。

 これが魔術師の頂点に君臨する五賢者なのかと思わずにはいられない。

 アイリスの魔術で魔物は一掃できた。

 さすが魔術だ。

 やはりアイリス様は素晴らしい。

 そんな声が上がり、誰もがすべては終わったと思った。

 だが。


「ぎゃああああああああ!」


 悲鳴が駐屯地に響き渡った。

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