第5話 それはただの嫉妬心
リベンハインの街から徒歩で二時間。
街に最も近い駐屯地がそこにはあった。
「なんだ、どうなってんだ?」
冒険者の誰かが狼狽した声をあげた。
そこかしこに人だらけ。
街近くの駐屯地は比較的に簡素になりがちだが、なぜか天幕が無数に張られ、兵士たちが歩き回っている。
物々しい雰囲気の中、冒険者たちがぞろぞろと中へ入っていく。
詳細は聞かされていない。
そのため俺も他の冒険者たちも狼狽していた。
「冒険者ども、こちらへ来い!」
豪奢な鎧を身にまとった兵士が怒鳴った。
それなりに地位の高い兵士なのだろう。
騎士かあるいは隊長辺りかもしれない。
男の言葉に従い、俺たちも後に続いた。
辿り着いた先には仰々しい舞台があり、その上に見たことのある顔があった。
俺の元師匠。五賢者の一人、クズール。
奴は相も変わらず偉そうな顔で俺たち冒険者を見下ろしていた。
その隣には他の五賢者たちもいた。
魔術師ならば誰もが知っている連中。
火魔術師のクズール。赤髪で不遜、目つきはいやらしく腐ったような男。
水魔術師のリッケルト。青髪で冷徹、何を考えているかわからないような顔をした、細身の男。
風魔術師のフゥリン。緑髪で明朗、明るく見えるが、無邪気で残忍だと聞く。小柄な女。
土魔術師のガングレイブ。茶髪で粗暴、筋骨隆々で豪快、大柄の男。
そして世界で唯一すべての魔術を扱うことができる白魔術師アイリス。白髪で小柄、魔術に長け、界隈では魔術師の象徴となりつつある存在。
その姿は透き通るほどの清廉さがあり、美しく、見る者を魅了する。
俺が憧れていた奴ら。
だが今はどうでもいい存在だ。
クズールが出しゃばりその汚い口を開いた。
「下賤な冒険者どもよく聞け! 今宵、この地に過去類を見ない大規模な魔物の襲来がある。そのため我ら魔術師は魔物を撃退すべく準備をしている! 貴様らはその補助をし、魔物の襲来に備え配置につくのだ!」
「魔物襲来? そんなの聞いてないぞ」
「どういうことだ? そもそも魔物が集団で街に攻め入って来るなんてあり得ないだろ」
「軍が対応するのが普通だろ? 討伐隊は何してるんだ?」
ざわつく冒険者連中にクズールが明らかにいら立ちを見せた。
「鎮まれ! 此度の魔物どもは普通の魔物とは違う! 奇怪な見た目をし、通常の魔物と違い頑強で凶暴、知恵もあり連携を取る! ゆえにわれら高貴な魔術師たちの魔術が必要となったのだ!」
過去の魔物と違う?
どういうことだ?
「とにかく、我ら魔術師が一掃するから何も問題はない! 下準備と念のために戦闘要員として貴様らを呼んだだけだ! さっさと配置につけ!」
イライラしながらクズールが叫ぶ中、冒険者連中の中からも不満の声が上がる。
「ちっ、魔術師はどいつもこいつも偉そうだな」
「まったくだ。魔術が使えるのがそんなに偉いのかね」
しかしその愚痴は情けないほどの小声だった。
実際、魔術師の権威は強大で、魔術の威力も絶大だということを冒険者たちも知っている。
だからこそ俺は魔術師の中でも、冒険者の中でも見下されているのだから。
金属魔術師は魔術師たちにとっては魔術師の面汚し。
冒険者からすれば偉そうな魔術師の中でもバカにしていい存在、そういうことだ。
「では私の指示に従ってもらう。ランクがシルバー以上の冒険者はこちらへ!」
指示を出し始めた先ほどの隊長らしき男。
俺は駆け出しなので、最低ランクのブロンズ。
その上、金属魔術師でパーティもいない。
どうせ肉体労働をするだけだ。
そんな諦観の思いの中で、俺はクズールと目が合った。
その瞬間、奴はニヤッといやらしい笑みを浮かべる。
「おや? これは、役立たずの金属魔術師、グロウ君じゃないか!」
嬉々として叫んだクズール。
その声に誰もが振り向き、そして俺を見た。
「金属魔術師?」
「魔術の中でも使えないって有名な、あの?」
「っていうか金属魔術師っていたのか?」
辺りの冒険者連中どころか兵士や魔術師連中まで俺に注目し始めた。
針のむしろだ。
心臓が締め付けられる感覚に俺は歯噛みした。
「おやおやまさか、魔術師協会から追放された後に冒険者に身をやつすとは! くくく! 本当に笑わせてくれるなぁ!? あはははははっ!!」
見事なまでの嘲笑を俺に向けてきた。
追放しただけでなく大勢の前で笑いものにするとは。
クズが。
畜生が。
ここまで腐った奴が本当に存在するのかと。
心の底から溢れる憤怒の感情に俺の体温は一気に上昇する。
周りの連中が俺を馬鹿にする。
遠くの魔術師が俺を指さし笑う。
兵士たちが蔑むように俺を見る。
ああ、ここは地獄だ。
金属魔術師はそこまで馬鹿にされ、見下されなければならないのか。
なんで、そこまで。
許せない。
全員、この世のすべてを、俺は許さない。
絶対に、おまえらを許してなるものか。
憎悪と怨嗟から握りしめた拳と、口腔からは血が滲んだ。
「やめなさい」
どす黒い感情が渦巻く中に、凛とした澄んだ声が響き渡った。
それほど大きくもない声が鼓膜に届いたのだ。
その場にいる全員が言葉を失い、突然にその場は沈黙が支配した。
白魔術師アイリスの声音だった。
「人を嘲るのは見苦しいですよ」
クズールがひくひくと頬を引きつらせた。
「し、しかしあやつは魔術の面汚しでもある金属魔術師ですよ」
「金属魔術を蔑む理由は何ですか?」
「そ、それは使えないからです」
「使えないと断じるほどに、あなたは金属魔術を知っているのですか?」
「し、知りはせずとも世界の常識です!」
「世界は愚かで無責任です。真実はその目で見て初めて見えるもの。知らず断じるは愚かな行為です。わたしも金属魔術に関しては見分が浅いですから何も言えませんが、それでも見下すべきではありません」
俺は呆気にとられアイリスの言葉を聞いた。
この娘はなんだ。
なぜこんな言葉を吐いているのか理解できなかった。
アイリスは自ら舞台を降りて、俺を真っすぐに見つめた。
小さく、細く、神々しさもある少女を目の前にして、俺はただただ狼狽えた。
「失礼しました、グロウ殿。五賢者ともあろうものが無礼なふるまいをしましたね」
「い、いや俺は……」
黙した。何も言えなかったのだ。
それは恥か、あるいは人は等しくクズであるという己の考えを否定したくなかったのか。
俺の沈黙を受け、アイリスは何か悟ったように緩慢に頷いた。
アイリスは舞台に戻り、そして声高に言い放つ。
「此度の魔物襲来に魔術師の総力を挙げて挑みます。ですが冒険者や兵の皆様のご助力なくしては成しえません。どうか力添えをお願いいたします」
アイリスの言葉に、誰もが鼓舞されていくのがわかった。
「「「「「オオ! アイリス様のために!」」」」」」
地鳴りのような気勢が生まれた。
俺はその光景を他人事のように見ていた。
感化はされなかった。
ただアイリスの嬉し気な、慎ましやかな笑みを見て抱いた思いがあった。
恋慕でも敬愛でも尊敬でもなく。
ただ見苦しいほどの嫉妬心。
不条理な世界で、恵まれ、すべてを得られた少女を。
俺はただただ妬んだ。
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