八章 子と親

第54話 アルナルディ領にて

 イノシシが人間めいた戦術を用いる一方、人間はイノシシめいた突撃をした。


 ミカエル、ガブリエル、リシャールという貴族・王族がそれぞれ一軍を率いて先頭に立ち、そのまま突撃したわけである。


 もっと安全に、もっと相手を観察して戦術を練ることもできたはずなのだが、アルナルディ家当主たる『灰かぶり』のミカエルが発案し、『予言者』とあだ名される第一王子リシャールがこれに乗った。

 アルナルディ家次期当主でしかないガブリエルにこれを止めるほどの力はなく、あえなく突撃とあいなったわけであった。


 そして蹂躙した。


 三つの軍は横並びになり突撃した。

 突出するのは『灰かぶり』のミカエル。

『彼が通り過ぎたあとには敵の灰が舞うのみ』と言われるその突撃にはすさまじい熱気があった。士気の比喩的な呼び名としての『熱気』ではない。そのまま、『熱い空気』である。


 ミカエルに率いられた部隊は武器を赤熱させ、馬の蹄が踏んだあとには炎のわだちが残る。


 恐ろしいのはこの自部隊強化効果が『灰かぶり』の余波・・でしかないことだろう。

 先頭を行くミカエルとその馬は炎と化していた。

 これもまた比喩ではない。肉体はおろか、鎧、槍などの武装にいたるまで火と化す━━火炎変化・・・・こそがミカエルの戦技である。率いた部隊が高熱を帯びるのは、『自分の熱に味方が巻き込まれないように』とミカエルがかけた保護の余録よろくでしかないのだ。


 獣どもは戦術を用いてこれに対処を試みた。


 指揮官を先頭に突撃してくる縦に長い部隊への対処法としては極めて教科書通りの『左右から挟んで後続をすりつぶす』という動きであった。


 しかし、やや遅れて出たリシャールの軍がこの挟撃の片方を引き受けた。


 戦技もない。魔術も用いない。おまけにリシャールは戦うために来ていないので鎧もなく、戦馬いくさうまはアルナルディ家からの借り物で、武器は護身用の、馬上で扱うにはあまりにも短い剣だ。

 だが、リシャールの部隊は中央のミカエルの隊を挟み込もうとした敵軍のうち、右の軍をさらに右から挟んで削っていった。

 こうなるとミカエルの軍に対する挟撃は成立しない。


 さらに左側からはガブリエルの軍が同じような動きをする。


 こうして三軍同時突撃しつつ、なんの事前相談もなく自然と連携する軍団により、『知恵もつ獣』の軍はほぼ壊滅した。


 ほぼ、というのは、すさまじい速度で突撃した三軍が前方の部隊を壊滅させたころ、慌てたように背後から伏兵が出てきたからであった。


 しかしすべての軍が同時に突撃し、さらにほんのわずかな時間で前方部隊を壊滅させてしまうというのは、『獣の軍』指揮官にとって予想外の事態であったらしい。


 伏兵はたしかに意表を突くようにして三軍の背後に出現した。

 しかし、三軍はすでに伏兵出現地点の遠くにおり、反転しふたたびくつわ・・・を並べるのに充分な時間が確保できた。


 隊列を整え終えれば、あとの状況は『先ほど殲滅したものより規模の劣る獣の部隊と、それをにらみつける準備運動・・・・を終えた軍』である。


「あとは若者に手柄をゆずろう」


 ミカエル・ラ・アルナルディは小さいクリッとした目を細めて言うと、義息むすこであるガブリエルに自分の槍を投げて渡し、


「使ってみろ。我が火搔き棒・・・・に若者の戦いを味わわせてやってくれい」


 ……もちろん火搔き棒デレッキと呼ばれるそれは、暖炉だんろの中を整えるために使うものを指さない。

 戦場で『灰かぶり』が使う槍の愛称である。

 彼がぶち当たった敵がすべて灰となること、そして根本から穂先まで真っ赤な金属でできた片鎌槍かたがまやりの形状が火搔き棒にも見えることから、そう名付けられたのだ。


 これは先祖伝来の武具ではないが、当代最強の騎士とされる『灰かぶり』が愛用したことで、この世代から家宝になっていくだろうと言われているものだ。

 これを使えるのはおそらく当主を受け継ぐ者のみ。

 すなわち火搔き棒を貸すという行為は、家柄のはっきりしない養子ということで次代を継ぐかどうか明確ではなかったガブリエルを、次期当主だと指名するにも等しい行為だ。


(が、親父おやじ殿はそこまで考えていないだろうな……)


 ガブリエルは頭痛をこらえながら笑う。


 なんというか……世の中は『灰かぶり』ミカエルや、『予言者』リシャールに、とてつもない深い考えがあり、それを言葉にしないだけで、一挙手一投足のすべてが計算づくだと思う者も多い。


 しかし、これら二人がいかにその場のノリで動く暴れ馬なのか、ガブリエルは身に染みてよく知っていた。


(……ともあれ、すまん、オーギュスト……この戦いは勝ってしまうし、親父殿を別格とすれば、戦果第一はリシャールだ)


(騎士系の家で『ともに戦い、活躍した』というのはあまりにも大きな加点・・になる……アルナルディ家にお前を支持させるのは、難しいだろうな)


 機を掴む者・・・・・━━


 ガブリエルはリシャールや義父ミカエルをそのような者だと思っている。


 緻密に計画を練らずとも『なんとなく』成功してしまう者。熱心に注意をはらわずとも『なんだか』致命的な危機に陥らない者。

 思慮がないわけではない。慢心しているわけでもない。充分に考え、学び、鍛え、それでいて、己が積み上げた思考時間のいっさいを捨てて、その場の閃きに身を委ね、ことをうまく運んでしまう者━━


 リシャールもミカエルも、それ・・だ。


(オーギュスト……リシャールは本当に手強いぞ。お前もどうか、機を掴んでくれ。俺のような凡人では、リスクを減らすことしかできん。王になるにはそれだけでは足りんのだ。少なくとも、リシャールと競うなら、それだけでは……)


 などと考えつつ、まだ目の前に『知恵もつ獣の軍』が残っているこの状態で、すでに戦闘後のことを考えている自分に気付いた。


 思えば最初から、この戦に負けることをまったく考えていない。


 ミカエルとリシャールは、そういう者でもあった。

 すなわち、『ともにいるだけで、勝利をもたらしてくれる者』である。


 その心強さは『戦闘』という数瞬間の不運・油断が死をもたらす局面において、異常なほどの力を発揮した。


 本当に、相手が強すぎる。


 オーギュスト陣営のガブリエルはため息を最後に一つつき、火搔き棒を掲げ、述べた。


「第一王子に手柄をゆずって差し上げることはない。かかれ!」


 リシャールが隣で笑う。


「では、勝利した部隊には、俺の蔵から褒美を出そう! 各々方おのおのがたの忠勤に期待する!」


(……こいつ、ただ楽しんでるだけだな……)


 リシャールは政争を見てさえいない。

 ただ、目の前に起こっていることを楽しんでいるだけだ。


 それでいて結果を出すのだから、これに真面目に勝利しようとしている側は報われない。

 ガブリエルはオーギュストを憐れみ、この手強い政敵を本当にどうしてやろうかと悩みながら突撃を開始した。

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