第53話 世界の中心は
アルナルディ家は騎士系貴族の名門であり、学園の休暇期間に合わせて多くの者を招いてきた。
けれどしばらくは来客も少ない。
……当主が政争にうんざりしていて政治的な影響力を手放そうとしていること、それから、次代の当主が血縁者ではない孤児であることなどが理由で避けられ、陰口を叩かれているのだ。
そういった空気はますます当主をうんざりさせ、それがますます政治的に軽んじられる理由となり……という悪循環の中にあった。
しかし、それでも、アルナルディ家が斜陽にあるかといえば、そうではない。
政治的な
『灰かぶり』のミカエルというのは騎士の中でも恐れられるアルナルディ家現当主である。
齢はすでに五十をまわっているが、現在においても並ぶ者なき『最強の騎士』とほまれ高い。
二つ名のもとになった『灰かぶり』とは、戦いの中でどれほどの大群を相手にしても、彼が通ったあとには、ただ灰が降り注ぐだけ━━ようするにすべてを焼き尽くすその戦いぶりから呼ばれているものであった。
それゆえに騎士系の、特にアルナルディ家を支持する家の中には、この強さに純粋に憧れている者も多い。
最強の者こそが騎士系の家をまとめるべきである、という熱心な想いからアルナルディ家に政治的復帰をしてもらおうとして……
これがますます当主のやる気を削いでいるのだけれど、それでも、アルナルディ家の権勢を支えていることには違いがないのだった。
というわけでもはやあらゆる訪問を断る方針と化しているアルナルディ家ではあるのだが、これが唯一歓迎する訪問者がいる。
それは、息子の友人だ。
長らく子ができなかったアルナルディ家にとって、孤児を引き取ったとはいえ、息子というのはかわいいものなのだった。
それゆえにリシャールは息子ガブリエルの友人という枠で招かれている。
……王子の訪問を許すというのが対外的にどう、ということを考えたくはないらしい。
「
王子を招くのに当主不在というのはよろしくない。
が、アルナルディ家は『息子の友人が息子をたずねてきたのだから、親が同席する必要もなかろう』という方針らしい。
「アルナルディ卿は相変わらず反抗期だな!」
リシャールはこれに笑う。
たしかにお茶会の席には『王子の訪問』なら同席すべき当主が不在で、しかもリシャールのおとずれとほとんど時を同じくして出て行ったというのだから、『無礼極まりない』と怒るべきところなのだろう。
けれどリシャールは、あの目が小さくクリッとした老人の無邪気さをよく知っているため、これをとがめる気にはなれなかった。
変わり者なのだ。いつも『私は武芸者として諸国漫遊したかった』とこぼすあの老人は、貴族のマナーなどという狭いものにおさまる程度の器ではない。
なので当然ながら茶会の用意もかかわっておらず、リシャールを招いての茶会の用意なんかもガブリエルが主導した。
騎士系の家が『硬く、黒く、四角いものを好む』というのはブームというのか、どこでもだいたい同じなのだが、ガブリエルは学園で使っている『柔らかく、白く、曲面の多いもの』で場を整えている。
なのでここは学園から離れた場所ではあるのだが、室内はまるで学園のような雰囲気になっていた。
向かい合って座る『友人同士』は、片方は苦り切った顔で、もう片方は楽しさをこらえきれないというようなニヤついた顔で、会話をしている。
苦り切った顔の方が言う。
「いや、反抗期もいいのだが、なにより困るのは、俺が学園を卒業したらすぐさま家督をゆずるつもりでいるところでな。……まだまだ『灰かぶり』は必要だというのに、まったく、親父殿は奔放というか……」
ニヤついた顔の方は、吹き出すように応じる。
「おいおいガブリエル、俺もお前も、その奔放さを愛し、奔放さに助けられているだろう? だいたい……この先にあの『灰かぶり』殿が必要になる事態は起きないと思うがな」
「『予言者』リシャールがそう言うのなら、そうなのだろう」
「どうした? 含むところがありそうだな?」
「いや。お前の未来予測は的確だ。だが……最近は、予想外もあるようだからな」
「ああ、オーギュスト」
「というより、ミス・アンジェリーナだろう。すべては
「とがめる者のいない茶会とはいえ、淑女を『あれ』呼ばわりはよくないぞ?」
「淑女というくくりで見ることに、拒絶反応が起こる」
「どうやらお前もミス・アンジェリーナのことが大好きなようだな! 参加するか、我らの競い合いに!」
「王子二人と女を巡って争えと? ……ご容赦いただきたい」
「愛は自由だぞ!」
「だが、貴族は自由ではない。騎士団長の家の次期当主である俺が、『離島のアンジェリーナ』争奪戦に手を挙げた、なんて風聞がたってみろ。武断の者どもがどういう反応をするか……考えただけで頭が痛い」
「お前が乗り気なのはよくわかった」
「乗り気でないという話をしているんだ!」
「はっはっは! 人生は楽しいなあ、ガブリエル!」
「お前は人を翻弄して楽しむ趣味をどうにかしろ!」
「こんなふうにお前を
「……あの一件について、ミス・ヴァレリーの心労を思えば、笑い事にするというのもどうかと思うが」
「ああ、いや、失礼した。その件じゃない。別な周回の話だ」
「ミス・アンジェリーナにもっとも感化されているのはお前かもしれんな」
「それはそうだろう。愛とはそういうものだ。彼女のことを考えて市場を回るたび、手土産が増えていく。そろそろ送りつけてやろうか、という頃合いだな。一品一品渡すより、土産物だけで作った家でも与えた方が早いかもしれん」
「……」
ガブリエルが『なにかを言い募りたいが、なにから言っていいかわからない』という顔をしていると、部屋の扉がノックされた。
メイドさえも下げている『二人だけの空間』の来訪者に、友人たちは顔を見合わせ、意外そうに首をかしげあった。
……『予言者』リシャールもこんな顔をするのだな、と思いながら、ホスト側であるガブリエルが「入れ」と許可を出す。
すると扉を開けて入ってきたのは、鎧をまとった兵であった。
「失礼いたします! オヤジへの手紙と、オヤジからの伝令であります!」
……アルナルディ家当主のミカエルは、兵たちに自分のことを『オヤジ』と呼ばせている。
なかなか子ができなかった寂しさがそうさせたのだ、というのが理由と目されているのだが、実際はそうではなく、あの親父殿は『ミカエル様』だの『アルナルディ卿』だの呼ばれると照れてしまうので、というかわいい理由をクリッとした目を伏せて語っていた。
「あー、そのなんだ、なぜ親父殿への手紙をこちらに持ってきたのかを、一応、リシャール様の前でも言ってくれ」
「は! 『手紙のたぐいは面倒なのですべて息子に任せる』というオヤジの指示であります!」
「なるほど『灰かぶり』らしいな!」
リシャールが大爆笑している。
ガブリエルは頭痛を覚えながら、まずは手紙を受け取る。
その封を割りながら、
「伝令を聞こうか。リシャール様の耳に入れてまずいこともなかろう?」
手紙に視線を落とし、うながす。
すると伝令は「は!」と元気よく応答し、
「『面白い獣が出た。鎧をまとって見に来い』と」
視線で文字を追う。
それは、バスティアンの実家であるラ・ロシェル家からのものであった。
当主印のある正式な手紙である。
だが、時候のあいさつや貴族的な言い回しやらのいっさいが省かれて、極めて実直に、要点のみが並べられてあった。
いわく、『知恵を持つ獣が出た』。
ガブリエルは手にした手紙を無言でリシャールに回すと、伝令兵を見てたずねる。
「その『面白い獣』というのは、人のように戦術を用い、隊列を組み、ともすれば陽動からの奇襲など行う獣か?」
「は? ……は! そ、その通りであります」
「……リシャール、すまないが」
「俺も行こう。こんな楽しそうな事態は近くで見たい」
「親父殿が喜ぶほどの危険な事態だぞ。ラ・ロシェル家も危機的状況とのことだ。かなり強く注意喚起をしているし、援軍も求められている」
「アルナルディ卿の喜びがわかるのか」
「伝令の言葉でわかるだろう。頭を抱えたくなるほどのはしゃぎっぷりだ。敵陣に特攻してすでに死んでいてもおどろかん。……だが、『灰かぶり』に死なれるわけにはいかんのでな。援軍よりこちらを優先する。あの親父殿の手綱を握れるのは俺かお前しかいない」
「まあ自領優先は貴族家のならいだからな。それにしても、そうか、同時にか。この異常事態……」
リシャールは席を立ちながら笑う。
━━経験したことのないことが、起ころうとしていた。
前回まで世界の中心にいたはずの『四重属性に目覚めた平民の少女』エマは完全にどこかに置き去りにされて、世界の中心がどこか違う場所へと推移している。
エマとどういう関係性になるかが命運を決めていた前回までと違い、なにか別のものが世界の命運を決めようとしている。
世界の系統が変わった。
なぜだか浮かんだこんな表現がしっくりくる。
そして、世界の中心に今、いるのは━━
(たしか、ラ・ロシェル卿のもとには今、オーギュストがいるのだったか)
(そしてオーギュストとともに、アンジェリーナもいる)
アンジェリーナを世界の中心だと思いたがる自分がいた。
彼女を獲得した者が、前回までのエマを獲得した者のように、世界の中心となってすべてを得るのだと、そう思いたがっている自分に気付く。
でも、この感覚は願望であり、直感とは少し違う気がした。
なににせよ……
「楽しいな、人生は。未経験のことがたくさんだ」
リシャールは笑う。
未知の獣を前にして兵や民が犠牲になっているかもしれない。それでも、リシャールは楽しいという気持ちを堪え切れずに、押し殺すように笑い続けた。
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