七章 獣と魔
第44話 後半突入
長期の休暇は後半に入り、にわかに重苦しさを増し始めた。
アンジェリーナにとってそれは、息詰まるような暑さばかりが原因とは呼べない。
政争を、している。
アンジェリーナはオーギュスト第二王子の派閥として、その支持者をつのるべくあらゆる領地へと出向いていた。
オーギュスト陣営ははっきり言えば劣勢だ。
そもそも派閥の長たる王子が王位を本気で志し始めたのが遅かったこと。『歳上の方が有利』という法則、それになにより、敵対者が『予言者』とあだ名されるほど有能な第一王子であること……
様々な要因が絡み合って、長期休暇のはじめ、とても勝機のない状態だった。
そんな状況下で『休暇が始まったとたんに家に出向いてもいい相手』というのは『もとから支持してくれていた層』であり、ここへのあいさつ回りは、大きな失敗をしなければ、つつがなく終わる。
そして休暇中盤……
『水の都』での演説があった。
多くの有力者や民が、仮面をつけて身分の隔てなくおとずれるこの祭り。そこで行われる演説は大きな意味を持つ。
オーギュストは、それなりにうまくやった。
いや、用意されていた原稿をすっかり無視して、政策も公約も実績も延べず、ただ理想のみを語る……その『若さ』は賛否両論ではあった。
けれど、賛否の議論さえ行われなかった『血筋ゆえに参加させられているだけの、数合わせの、大人しい王子』というイメージはよくも悪くも払拭された。
オーギュストが王位を目指すのを『ただ、そういうフリをしているだけ』と思っていた者たちは、本気を感じ取り、オーギュストという『たった二人の政争における泡沫候補』について深く考察し、厳しい目を向けるようになったのだ。
これは間違いなく進歩と呼んでいい変化だった。
その活動は、長期休暇の後半に、たしかにつながった。
後半は、『もともと支持してはいないが、支持するかどうかを迷っている家』へのあいさつ回りがメインとなる。
優柔不断な家、中央の政争をどこか斜に見ている家、すでにどちらを支持するかほぼ本決まりの家……
そういった場所に顔を出して、相手側につくかもしれない支持者をもぎとるのが、休暇後半のあいさつ回りとなる。
前半に比してなんと重圧のあることだろう。
これより始まるのは『失敗しなければそれでいい』というものではない。『失敗しないのは当然として、なんらかの加点要素がなければいけない』あいさつ回りなのだ。
しかも、第一の家は、今や『親リシャール派』の最大武官たる者の家だ。
茎の長い、陽光のような花弁を持つ花が咲き乱れる丘を抜けつつ、オーギュストとアンジェリーナを乗せた馬車は進んでいく。
その進行方向には『ラ・ロシェル家』の、重厚そうな黒石でできた屋敷がある。
いかにも武門というようないかめしい金属の門の前には、この家の末弟……
バスティアンが炎天下の中、じっと立って、オーギュストたちの馬車を待ち受けていた。
◆
「すみません、父と兄は留守です」
謝罪のために。
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