第20話 エマ

「殿下、ああいったことは、人の来ないところでなさった方がよろしいかと」


 エマとともにやってきたバスティアンが、そんなふうにあるじをたしなめている。


『どうやら自分たちは玄関まで転校生を迎えに行っていたらしい』とアンジェリーナが知ったのはつい先ほどだ。


 詳しい手筈てはずはオーギュストが手にした書類にまとめられているらしいのだが、それを見る機会は逸してしまっていた。

 これはオーギュストが見せる気がなかったというわけではなく、アンジェリーナが色々質問をしたせいでタイミングを逃した、ということなのだろうと推測できる。


 さて、そうして落ち着いて書類に目を通してみれば、やはりに落ちないことがあった。


「貴様は世話役として名前が載ってはおらんぞ、バスティアン」


「さすがご慧眼けいがんです、ミス・アンジェリーナ。私がミス・エマと遭遇そうぐうしたのは、偶然ですからね」


 バスティアンは肩に乗せて体の前側に垂らした濃い青の髪をぎゅっと握った。


 それは彼がいらだっている時によくやる仕草で、なにかろくでもない事情がありそうだな、というのをこの時点で察することができた。


「立ち話でするには都合の悪い話がふくまれるかもしれません。まずはお疲れのミス・エマにお茶でも振る舞うことにしましょうか」


 オーギュストが提案して、バスティアン、アンジェリーナ、エマもそれに従うことになった。


 いったん校舎こうしゃから出ると、普段昼食をとっている第一庭園を目指す。

 ただし、バスティアンだけは別行動をとった。お茶とお菓子の用意をするために、食堂方面へ向かったのだ。


 だから三人で、第一庭園を目指し、歩く━━


 そのかんにアンジェリーナはまず、オーギュストに質問した。


「授業は出なくていいのか?」


「事前に想定されていた手順では、このあと、ミス・エマを職員室へ送り、僕らは授業に出ることになっていましたね。ただ……なにか、トラブルがあったようです。僕らはミス・エマにかんするトラブルの解決を一任されています」


「ふむ。生徒会からの『一任』は、場合によっては授業免除というぐらいの権限はあるのか」


「ええ。それに、バスティアンから事情を聞くなら、僕らがいいでしょう。彼はなんというか……まだ、僕ら以外を相手にすると、緊張してしまいますから」


「そうだったな」


 オーギュストと微笑み合う。


 バスティアンがお茶の支度をしに外していなければ、彼からアンジェリーナに文句の一つもあっただろう。


 三人は庭園にあるいつもの天蓋てんがい付きのテーブルに着いた。


 エマは状況に戸惑っているようで、どことなくそわそわしている。


「ミス・エマ。まずは学園にようこそ。今しばらくお待ちいただければ、とっておきの茶葉とお菓子でのおもてなしが叶います。どうか、お時間をいただきたく」


「は、はい」


(ずいぶんと、かわいらしい声だな)


 声だけではない。全身まるごと、かわいらしい少女だと感じた。


 髪はふわふわのピンクで、小顔で、肌は白く綺麗だ。

 新品のまだ硬すぎる白い制服に身を包んだ彼女は、さっきからちょっとだけ長い袖口を指で握ったり離したりしている。


 落ち着かないのだろう。視線もきょろきょろとあたりをさまよっており、しかし、あちこち見るのがいけないことだと思っているのか、不意に思い出したようにピタリと真正面で止まる。

 ちなみに彼女の真正面には誰もいない。

 視線を泳がせるのもいけないが、初対面の人を真正面から見るのもどうかな、という迷いがうかがえた。


 その瞳が。


 あまりにも美しい虹色の輝きであるのを確認して、アンジェリーナは口のを上げる。


(本当に、本物の四重しじゅう属性ではないか……! 魔法が弱まり、魔族が消え去ったこの時代に、まさか本物が現存するとはな……!)


「ミス・アンジェリーナ、ミス・エマがあなたの名乗りを必要としていますよ」


 オーギュストに言われて、まだ名乗っていなかったことを思い出す。


 アンジェリーナは鮮血のように赤い瞳でエマを捉えた。


 エマはきゅっと唇を引き結び、姿勢を正し、アンジェリーナの方を見る。


(わかりやすく緊張しているな)


 微笑ましい。

 自分より背が高い少女に対して、アンジェリーナはそう感じた。


「転校生よ。歓迎しよう。我が名はアンジェリーナ。魔王という出自を前世に持つ者にして、闇の魔力を宿せし者よ」


「え、えっと……よろしくお願いします! エマです!」


「うむ。貴様も現代においては希少な属性を持つ者。色々と苦労も多かろう。……我には見えるぞ。四つの属性がたしかに貴様から放出され、それらは『我こそが筆頭属性だ』と言わんばかりに強さを増し合っている……このぶんでは、肉体の方にもきしみがあろう」


「そうなんですよ! よく、頭痛が……ひょっとして、アンジェリーナ様のそのケガも、希少属性のせいで……?」


「…………眼帯と包帯か。これは、我があふれ出す闇の魔力が魔眼まがん呪印じゅいんとなり他者に悪影響を及ぼすのを防ぐための措置そちよ。ケガではない。案ずるな」


「え、ええと……」


「あの、アンジェリーナの話については、聞くのにちょっとしたコツがありますので、あまり正面から受け止めすぎないようにね……?」


 オーギュストが補足する。


 エマはパチパチと目をしばたたかせて首をかしげる。


 アンジェリーナがさらに言葉を重ねようとしたところで、校舎の側からワゴンを押してバスティアンが現れた。


 なのでアンジェリーナは、


「そういえばバスティアンも授業に出ておらんようだが、いいのか?」


「ああ、まあ、特例の手伝いということで、僕から伝えておきますよ。実際、彼を拘束して事情を聴取ちょうしゅする必要もありますしね」


「生徒会の権限はそのような融通性ゆうずうせいまであるのか。学内においてかなり強いのだな」


「あー、まあ、その。どちらかと言うと、そちらはまた別の力、ですね」


 会話をしているとバスティアンが近付いて来て、ワゴンに載せたお茶とお菓子を給仕していく。


 その所作は執事だと言われても納得してしまうぐらいさまになっていて、アンジェリーナは彼の美しく流麗な動きに嘆息した。


「見事なものだな、バスティアン。その動き、一朝一夕いっちょういっせきに身に着くものではあるまい。貴様の努力が目に浮かぶようだぞ」


「あなたに褒められるために積んだ努力ではありませんがね。未来の主人の伴侶はんりょのお言葉です。一応、お礼を申し上げておきましょう。ありがとうございます」


 言葉とは裏腹に、輝ける翡翠ひすい色の瞳は嬉しそうにアンジェリーナを見ていた。


 給仕が終わり、バスティアンの着席が許され、エマとの名前交換が終わると、改めて事情聴取の時間になる。


「バスティアン、では、うかがいましょう。まずは……あなたが僕らと昼食をとってから、ミス・エマと会うまでに、なにをしていたか」


「はい」


 バスティアンはティーカップを静かに起き、語り始めた━━

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