第14話 魔王眼
「ええ⁉︎ バスティアンのことを本当にまったく知らずに、あそこまで色々言ったんですか⁉︎」
学園の『外』での
第一庭園でもっとも見晴らしのいい位置にある、天蓋付きのサロンスペースがオーギュストの『指定席』であり、ここに王族でもない者が座っていると周囲から
学園は『外』の権力構造を中には持ち込まぬというお題目を掲げながら、その実態はまったくの逆だ。
これは学園の異常性というよりは、人類の権力構造の
……さて、そんな『指定席』は他のテーブルから離れた場所にあり、これは、いわゆるところの『内緒話への配慮』がなされた位置関係(アンジェリーナの家の庭にある池などと同種の配慮)なのだが……
そのような配慮がされていても庭園中に響くような声でオーギュストがおどろきの声をあげたもので、庭園中の注目が一瞬、集まった。
しかし貴族たちもさるもの。
『なにも聞いてません』という顔色を作るのがみなうまく、注目は一瞬で消え去り、あとには耳をそばだてる気配だけがひしひしと伝わっていた。
オーギュストは失態をさらしたことを恥じるかのように、額に手を当てて首を左右に振ってから、
「……僕は心配になってきたんですけどね。アンジェリーナ、君、僕が普段側仕えにしている執事の名前ぐらいは……」
「……………………」
「……なるほど。今度、名前の一覧表を用意する必要がありそうですね」
「ごめんなさい」
現在のアンジェリーナはかなり人間関係の把握に気を遣っているが、魔王インストール前のアンジェリーナは、本当に、様々なことに興味がなかった。
特に興味がなかったのが『他者』というものだ。
すべての人類は自分の要望を叶えて当たり前で、誰になにを言おうが自分を気分よくさせてくれて当たり前なのだから、個人の判別など必要がない━━アンジェリーナの哲学を言語化するなら、そんなところであろう。
だが、アンジェリーナが本当に誰の名も覚えていなかったかといえばそんなこともなく、もちろん両親やオーギュストの名前は覚えていた。
そしてもっとも強く記憶していたのが、『自分の気分を害した者の名』で、一度アンジェリーナの機嫌を損ねると一生記憶されて一生報復されるというのが貴族
その基準で語れば、アンジェリーナがバスティアンの名前を記憶していなかったのは、いいことだとも言える。
(ただ……魔王としての自覚を持つ前の我であれば、バスティアンのような性分の男など
こういう、自信なくおどおどしていて、卑屈で、猫背なやつなど、いかにもかつてのアンジェリーナが嫌いそうな感じだ。
こうして同じテーブルに着いても目も合わせず、それどころか目の前に弁当を置きながら手もつけず、もじもじ指を擦り合わせて、たまに視線があったかと思えばヒクついた笑顔を浮かべたあと、サッと目を逸らす。
バスティアンは無表情でいれば理知的で穏やかに見える顔立ちだと思うのだけれど、あの卑屈な、口もとをヒクヒクさせる笑みが、顔の
深く濃い青の髪も艶めき、瞳などはおのずから輝くような
(内面は外見に現れる━━ということだな)
アンジェリーナは自分の容姿を思い出した。
輝ける銀の長髪は手入れが行き届いており、腰まであるというのに、毛先まで艶めいている。
鮮血のような赤い瞳には妖しい輝きがあり、年齢以上の色香がたずさわっていた。
背は低いが体の起伏は大人顔負けで、貴族としての教育のたまものか、姿勢がよく、どのような衣服をまとっても、服に負けることがない。
だが、相手を見下すような傲慢さが滲み出た目つきと、自己中心的な基準でしかものを判断できない世界の狭さを象徴するかのような口もとが、その
(過去の己を改め、多少は改善できたとは思うが、長年かけて身についた性格と、それが現れた顔立ちとは、そうそうよくなるものではない)
人は変わることはできるが、変化するには長い時間と、遅々として変わらない己に絶望することなく変化を志す忍耐力が必要不可欠だ。
(世界を見る━━人を見る目。魔王として目覚めて以来、身につけようとしてきた『他者への関心』……どの程度身についたか、確認してみるのも一興か)
「……少し、推理を披露しようか。バスティアンという人物についてだ」
アンジェリーナがそう提案すると、オーギュストは「へえ」と興味深そうに声を発して、
「うん、僕は興味があります。君はいいですか? バスティアン」
「え、ええ。それはもう、オーギュスト殿下がよろしいのでしたら、わ、私には、
二人の承諾を得てからアンジェリーナはうなずき、背もたれに腰をあずけると、脚を組み替えた。
「まず、バスティアン。貴様のその性格は、生来のものではないな? ある時点で、卑屈になるような出来事が起こった。そうだな、少なくとも……我と初めて会った時には、もう少し自信があったのではないか?」
「へえ」
オーギュストが感心したような声を漏らす。
だが、その声音には、不正解をとがめるような色合いも、正解を称賛するような色合いもない。
……どうやら、アンジェリーナがすべての推理を語り終えるまで、ヒントになるようなものは態度に出さないようにつとめる方針らしい。
一方、当人であるバスティアンは、推理を承諾したにもかかわらず、おどおどしている。
アンジェリーナが語るたびにビクビクと身を震わせるので、こちらもこちらで、正誤の判断に役立つような情報は落とさない。
二者二様の内心を隠すような態度を、アンジェリーナは『面白い』と判じて、続ける。
「貴様が『そう』なったきっかけはおそらく、貴様が懸命の想いで成し遂げたものが誰にも評価されず、それどころか、ひどく
「どうしてそう考えたんですか?」
質問を口にするのはオーギュストだ。
アンジェリーナは鼻を鳴らし、
「人格は『反応』の積み重ねにより形成される。幼いころから愛されて育てられ、なにをしても
「……なるほど」
「もっとも、多分に我の『魔王』としての経験則からの推測であることは、否定せぬがな。我は王であった。そうして知っての通り、王とは敵味方問わず様々な者と会い、これを見抜く目を養わねば━━」
「アンジェリーナ、続きをうかがっても?」
「……むう。そうであるな。話が逸れた。……そして、そしてだ。バスティアンが己自身とも言えるほど打ち込んだものが世界のすべてから否定された時、唯一、バスティアンを肯定した……いや、否定しなかったのが、オーギュスト、貴様だったのだろう?」
「……」
「ゆえにこそ、バスティアンは己に価値を認めていないながら、オーギュストに恩を返さずにはいられないというわけよ。……だがな、『価値のない己』がなにをしたところで、恩を返すことにつながるとは信じられぬ。ゆえにこそ、宮廷魔術師候補だと言われながら、こそこそと弁当を作るなどという、ちぐはぐな恩返しにせっせといそしむ現状におちいる、というわけだ」
「……なるほど」
「我の推理はどこまで当たっていた?」
「お見事です。否定するところがありません」
オーギュストが拍手をする。
アンジェリーナは目を閉じて口の端を上げ、右手のひらを左目にかざし、
「これが魔力に
「とはいえ、僕は正解に思いますが、本人の視点では全然違うかもしれません。特に彼の内心への推測については、僕では答えようがない。どうでしょうバスティアン。アンジェリーナの推理は、君から見ても合っていますか?」
「そうだな。我が推測の正誤は、バスティアンにこそ判断してもらうべきものであろう」
二人の注目がバスティアンに集まった。
バスティアンは視線をひとしきり泳がせたあと、
「あ、あの、
「アンジェリーナにですか?」
「あ、は、はい。ミス・アンジェリーナというか、お二人に、なのですが……」
オーギュストとアンジェリーナは顔を見合わせて首をかしげる。
それから、オーギュストが代表して、
「いいですよ。なんでしょう?」
「あ、あの……お二人は、その、復縁されている、と思って間違いない、のでしょうか……?」
「はい?」
「あっ、いえ、その、オーギュスト殿下が婚約破棄をうやむやになさっているので、お、お二人の関係性について、その、どういうふうに受け止めたらいいのか、ずっと、困っておりまして……先ほどから、どういう立場でミス・アンジェリーナに接すればいいのかわからず、気が気でなくて……」
オーギュストとアンジェリーナはまた見つめ合って、うなずいた。
━━僕たちには相互理解と情報が足りない。
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