第8話 生徒会

 生徒会室は縦に長い空間で、中には会長専用の文机と、会議などで使うであろう長机があった。


 華美な装飾品も派手な色合いのインテリアもないが、質のいい木材を上品に加工した椅子や机は、それだけでも芸術品のように目を惹く。


 生徒会のメンバーはみな多忙のようで、中にはただ一人が待ち受けているのみだった。


 赤毛の人物は長机のもっとも上位の者が座る位置におり、オーギュストとアンジェリーナが入室すると、席を立って両腕を広げ、出迎えてくれた。


「やあやあ! 俺こそが生徒会長のガブリエルだ! 君たちを歓迎しよう!」


 太く大きな声は、それだけで胆力たんりょくの弱い者をすくませる響きがあった。

 体も大きい。それが両腕を広げながら近づいてくるのは、なかなかどうして、迫力がある。

 一方で浮かべる笑みは人懐っこく、どこか子供っぽい無邪気さがある。

 骨太で大柄だけれど、童顔なのも印象に影響しているだろう。


(活力があるな)


 アンジェリーナから見て、その男の第一印象は悪くなかった。


 現代、人類の権力構造はその複雑さを増しているようではあるが、学園において、学園長を王とするならば、生徒会長は将軍のようなものであろう。

 その将軍の第一印象として、あの活力に満ちた様子は好ましいと、王であった身として判断できたのだ。


 だが、それよりも気になるのは━━


 アンジェリーナは、隣にいるオーギュストに小さな声でたずねた。


「オーギュストよ、どういうわけだ?」


「え、なにがです?」


「あの者……制服が黒いぞ」


 そう、生徒会長ガブリエルの制服は━━黒かった。


 この学園の制服は上から下まで真っ白なのが当たり前のはずなのに、だ。


 するとオーギュストは「ああ……」とどうにも微妙な声を出し、


「生徒会役員はね、黒い制服を身にまとうことが許されるんですよ。あの黒一色の制服は学園生たちの憧れ……らしいです」


「ほう。生徒会に入れば我もあれを着られるということだな」


「ええ、まあ、入れば……ただ、正式加入は二年生になってからですよ」


「黒はいい。我が属性の色だ。かつて我が『魔王』として生きた時代、属性の色に合ったコーディネートをするのが一流の洒落者としての条件であった。我が属性は闇。すなわち我が色は黒。であればこそ、あの制服は我にこそふさわしい……」


「あの、僕の話、聞いてます?」


 たぶん聞いてない。


 ひそひそと不審なやりとりをする一年生たちを見て、その会話が終わった雰囲気を察したのか、ガブリエルが近寄ってくる。

 大柄で人懐っこい笑みを浮かべた生徒会長ガブリエルは、まずオーギュストの手を握り、大きな手でバンバンとオーギュストの肩を叩いた。


「ようこそオーギュスト様! 一緒に生徒会をやれて嬉しいよ!」


「む? 二人は知り合いなのか?」


 黒の妄想から戻ってきたアンジェリーナが問いかける。


 オーギュストは苦笑を浮かべて、


「ガブリエルは現騎士団長の長男でしてね。卒業後は近衛このえに入り、ゆくゆくはその長になる予定なのですよ」


「つまるところ王家護衛役が内定しているということか」


「ええ。まあ、兄の護衛役になる予定ですけれど」


 という話を聞き、ガブリエルは片手をあごに当てて考え込むように目を伏せ、


「うーむ。いや、俺としてはオーギュスト様も弟のように思っているのだがな。それはそれとして、仕えるならば自分より強い者に、と決めているのだ! だから生徒会長なんぞやっている! 自分より弱いやつの下につけられるのは好ましくないのでな!」


 わっはっは、と肩を震わせて豪快に笑う。


(ふむ。なるほど、言うだけあって、なかなかできる・・・男ではあるか)


 立ち振る舞い、体つき、呼吸、足運び━━

 なにより燃えたぎるような強大で色濃い魔力から、アンジェリーナはガブリエルのだいたいの実力を察する。


(たしかに、こと戦闘において、今のオーギュストではまだ及ばぬ。……とはいえ、たかだか戦いでこの男に臣下の礼をとらせることができるならば、オーギュストを鍛えるのも一興か)


「ところでオーギュスト様、そちらのレディがミス・アンジェリーナか? ずいぶんとケガをしているようだが」


「ああ、いや、その……彼女のこれはケガではなくって」


「む? 我が包帯と眼帯のことか。これは魔王の魂よりあふれ出る魔力が魔眼まがん呪印じゅいんとなり周囲に害を及ぼすのを防ぐための封印だ。なに、前世の肉体と現世の肉体との差異のせいか、我が力を十全には操れぬようなのでな。いたずらに周囲に被害を及ぼさぬための措置そち、というわけだ」


「わっはっは! なるほどパンチの効いたお嬢さんだ! 入試では一位だったのだろう? その知力でオーギュスト様を助けてやってくれ!」


無論むろん、そのつもりではある。というか、一位だったのか」


「なんだあ? 天才肌か! うむ。天才の名を冠する連中は、どうにも浮世離れしているというか、己のしたことの結果に興味を持たないところがある。あいつ・・・も……まあ、それはいいか」


 口にしかけて止める際に、ガブリエルは一瞬、オーギュストを見た。

 話題になりかけた『あいつ』はおそらくオーギュストの前で話すのには少々ばかり気をつかう相手だった、ということだろう。


(オーギュストの兄かな)


 話の流れや、うっすら見えている彼らの関係性から、アンジェリーナはそう判断した。


 オーギュストの兄について、なんとなしの噂と、もちろん名前ぐらいは記憶にある。

 だが、アンジェリーナにとって『いずれオーギュストに追い落とされる人』という程度の扱いだったせいか、さほど印象はない。

 もちろんなにがどうなってどのように追い落とされるのか、そのプランはアンジェリーナの中にはない。『自分がお妃様になるのは確定事項だ』という、いつものハッピーな思い込みの一種だ。


「ああ、そうだった!」ガブリエルは大げさにのけぞってから、「いちおう、意思確認をせねばならん。オーギュスト様、ミス・アンジェリーナ。生徒会に入っていただける、と思っていいのかな?」


「今の僕には断る理由がないですね。もちろんです」


「なんであろうと我が背を向けることはない。制服も黒いしな……が、その前に、生徒会に入ってなにをするのか、そこの説明があってしかるべきではないのか?」


「なるほど! ミス・アンジェリーナのげんは、もっとも! 生徒会の仕事というのは、イベントの運営や予算の管理といったものだな。つまるところ、生徒たちが円滑に学園行事を行えるよう、教師やパトロンたちとの橋渡しをしたり、生徒間の問題を仲裁したりという、調整役というわけだな」


「ふむ。……つまり、生徒という『たみ』、学園外にいる大人たちという『国家首脳』……そのあいだに立つ諸侯であり領主が生徒会、といった立ち位置か」


「おお、話が早いな! 実際には少し違うし、貴族しかいない学園生徒を比喩ひゆとはいえ『民』と呼んでしまうのはやめた方がいいが、おおむねその通りだ」


 話を聞いて、アンジェリーナは思う。


(面白い)


 魔族の王であったアンジェリーナにとって、人類の中間管理職ポジションというのは未経験の立場であった。

 また、魔族は交渉でもなんでも、持っている力━━暴力を見せつければ強い方が弱い方を従えることができるが……

 人類は、個々の力よりも、目に見えない、背負ったものの方を『強さ』として扱う種だ。


「なんとも、人類らしい役割よな。よかろう。我も生徒会入りを承諾しょうだくする。力なき生徒たちのため、この身をにして尽くそうではないか」


「うーむ? …………ミス・アンジェリーナ。ずいぶん、その、なんだ。風聞ふうぶんと違う様子だ。まあ、人の噂はあてにはならんということだな!」


「参考までに、その風聞とやらを聞かせてもらおうか」


「わっはっは」


 ガブリエルは笑ってごまかして、


「では、二人は生徒会入り決定ということで。オーギュスト様は俺について生徒会長の仕事を学んでくれ。ミス・アンジェリーナは……今はいないが、書記の者について仕事を学ぶといい」


「つまるところ、我らの役職はすでに内定ないていしているということか」


「成績上位者はたいてい書記になるな。そして王族がいるならば、それがゆくゆくは生徒会長になるのが通例だ。オーギュスト様の生徒会長就任は、来年だな」


「ほう。貴様は王族ではないようだが?」


「俺の代には王族がいなかったために選挙になった。もっとも、来年も選挙自体はするだろうが、どうせオーギュスト様にしか票が入らんので、最初から未来の生徒会長として扱うというわけだ」


「……なるほど。『外』に帰ったあとのために、忖度そんたくが働くというわけか」


「わっはっは! まあ、そうだな! 王族がいて、なおかつ結果のわからない選挙をするケースもあるが、それは継承権の等しい王族が同学年に二人いた場合だ。おおっと、このあたりの話は、あまり言いふらさないほうがいいぞ。暗黙の了解とはいえ、はっきり言語化してしまうと、印象がよろしくないからな」


「無論。それが政治というものであろう」


「それにしても、いや、すごいな! ミス・アンジェリーナ。あなたの質問にはついつい答えすぎてしまう!」


 それはおそらく、闇属性の魔力が影響している。


 アンジェリーナは眼帯や包帯を魔道具化して『魔力が勝手に魔法になってしまう症状』を抑えてはいる。

 だが、張鎰ちょういつする闇の魔力は、魔法とまでいかなくとも他者の精神にいくらかの影響を及ぼす。

 少しばかり質問に親切に答えたくなったり、少しばかり要求に真摯しんしに応じたくなったり━━

 反対に、溢れ出す闇の魔力からの干渉に対する無意識の防御反応として、むやみに反抗心がわいたりといったことさえ、ありうる。


 どういった反応が出るかは各人の個性によるところが大きいので、なんともいえないが……

 ガブリエルは見たまま、接したままに、『おおらかで他人とのあいだに心理的な壁を作らないタイプ』のようだから、闇の魔力に対しても拒絶的にはならないのだろうとアンジェリーナは推測する。


 そしてこれらの『闇の魔力の影響による他者への軽微な精神干渉』について、アンジェリーナはいつもこのように表現してきた。


「それなるは、『魅了チャーム』の効果よ。我が前世は魔王である。我が闇の魔力は強大ゆえ、いらぬ影響を他者に及ぼす場合もある……我に魅了されぬよう、ゆめ、気をつけよ」


「わっはっは! いやあ、こいつはいいな! 俺はすっかり、あなたのことが気に入ってしまったぞ、ミス・アンジェリーナ!」


「僕の婚約者であることを忘れない範囲で、仲良くしてあげてくださいね」


 オーギュストが目を細めてそう述べると、ガブリエルはまた「わっはっは」と豪快に笑った。

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