二章学園生活の始まり

第6話 入学

「よろしいですか、みなさん。この学舎まなびやにおいて、『外』の世界での序列は意味を持ちません。なので、みなさんのことを家名で呼ぶこともなく、それは、みなさん自身にも徹底てっていしていただきます」


 学園に入るとまずされる注意がそれで、ようするにこの学園は王国内にはあるけれど、学園の外とは別な世界だと思え━━というような意味の言葉だった。


 しかしまったく外と切り離されているわけもない。

 卒業すればみな、外に帰るのだ。


 だから建前上は王族も下級貴族も平等とはされているけれど、それはそれとして、家格の低い者は高い者にへりくだるし、貴族としての通例みたいなものもそのまま維持いじされる。


定命じょうみょうの者らの権力構造、まことに不可解よな)


 ともあれ、アンジェリーナは一年生として学園に入り、これから十八歳になる年までここで過ごし、卒業後は大人として扱われることになる。


 しばらく寮生活をし、いくらかのオリエンテーションが行われて数日経ったころ、ようやく入学式があった。


 そこでは新入生代表のあいさつとしてオーギュストが壇上だんじょうにのぼり、見事にあいさつをして万雷ばんらいの拍手をもらったところだ。


『制服』という他の者と変わらぬ衣装を身にまとってさえオーギュストの存在感は強い。

 居並ぶ生徒の中に金髪の者は多い。瞳が青い者も多い。けれど、オーギュストのそれらは、その他大勢とは一線をかくすほどに深く、なおかつ、透明な色合いをしていた。

 顔立ちもまた、貴族たちが大勢いる中でさえ抜きん出て美しい。

 やや少女っぽさがあるものの、身長はこれから今より高くなり、体にも筋肉が増えてくるだろう。


 入学式を終えると、青空のもと、庭園で、一年生同士で自己紹介をするための立食パーティが催された。


 入学式まで期間があったので、すでに自己紹介を済ませている者も多かった。

 だからこのパーティは、『誰と誰がグループを形成しているのか』を他者に示す役割のものであり、ようするに、派閥の顔ぶれのお目見え、という色合いが強いようだ。


 ……というような『学園の暗黙のルール』はだいたいオーギュストからもたらされた情報で、そのたびアンジェリーナは「なるほど」と興味深くうなずいていた。


「それにしても」アンジェリーナは生徒の居並ぶパーティ会場を見回し、自分たちの周囲に空白地帯があるのを発見し、「王子たる貴様にり寄ろうという者がおらんのは、いささか問題ではないか?」


「いやあ、その……僕に近寄らないんじゃなくて、君に近寄らないんだと思いますよ」


 真っ白いブレザーで、女子はスカートをはき、男子はスラックスをはいている。

 それがこの学園の制服なのだが、一部の者にとって、制服は個性を殺すよりも際立たせる作用の方が強く働くらしい。


 オーギュストの金髪と青い瞳が、同じような特徴を持った生徒たちの中でも一際輝いて見えるように━━

 アンジェリーナもまた、目立っていた。


 美しい銀色の髪は長く、腰まで伸ばされている。

 鮮血のような赤い左目は見ていると吸い込まれそうな怪しい輝きを宿している。


 そして左腕はブレザーの袖をまくって前腕にびっしり巻いた包帯をさらしており……

 右目には黒い薔薇をあしらった眼帯を装備していた。


 なにより王子の横にいながら腕を組んでふんぞりかえるようにアゴを上げている、背は低いが胸と態度のでかい女は、異様な『あつ』を放ち、周囲の同年代の者を一足一刀いっそくいっとうの間合いより内側に寄せ付けない地形効果を発揮はっきしていた。


 だが、二人の周囲に空白があるのは、それだけが理由でもなく……


「僕は、君との婚約を破棄しなかったことを、もっとおおやけに、正式に発表すべきだと思うんですがね」


 オーギュストとアンジェリーナの婚約破棄は、なかったことになっている。


 だが、『誕生日会でオーギュストから婚約破棄があり、その時にアンジェリーナが精神をんだ』といううわさだけは広く一人歩きしていた。


 結果として貴族界隈かいわいにおいては『アンジェリーナが奇矯ききょうな振る舞いをして婚約破棄をうやむやにしようとし、オーギュストは責任感からアンジェリーナに付きあわざるをない状況になっている』というようにささやかれていたのだ。


 それはこれまでのアンジェリーナの評判と混ざって様々な解釈かいしゃくがなされたが、結果として『あの二人に近寄るのは、少し様子を見てからがいいだろう』というもので思惑が統一されていた。


 この不名誉な状態を打ち消すには、少なくとも、オーギュスト名義で正式に場をもうけ、『婚約破棄なかったことになりました会見』をしないといけない状況ではあるが……


「くどい」


 それを、アンジェリーナが、止めている。


 彼女の論法はこうだ。


「我との婚約もその破棄も権力闘争の一部として貴様の権限と判断で行われているものとするならば、それこそ、意見を何度もひるがえしたのだと他者に明示すべきではない。貴様はとりあえず・・・・・王を目指す身であろう。ならば風聞には気を遣え」


「そうは言いますがね」


「『継承権争いに負けたなら負けたでいい』などとは言うまいな?」


「……まあ、実際、悪いとは思っていませんけれどね」


「負ける可能性を考慮こうりょすることと、負けてもいいと捨てばちになることとは、まったく違う。……貴様はそもそも王位を欲さぬゆえ、いかなる心境で挑んでも結果は変わらぬかもしれん。が、最初からあきらめて活動しては、貴様は生涯、逃げてもいい場面で『逃げ』を選択肢の最上段に入れることになるぞ」


「……」


「そして人生において、『逃げる』という選択をとりえない状況など、そうそうないものだ。……もっとも、貴様の人生である。我は貴様の選択を尊重しよう。我らの友情は永遠不滅という言葉にも嘘はない。だが━━こちらとしては、友情を捧げるに足るうつわを見せてほしいという願いはあるがな」


「……ええ。わかっていますよ。王位ぐらいとれないようでは、君にとって『ただの友人』におさまるのがせいぜいでしょう。『数多いる君の友の一人』で終わる気はありません。ってみせますよ。王位ぐらい、自力でね」


「ならばよい」


 口の端をわずかに上げる笑みを見せながら、アンジェリーナは心臓の鼓動の高鳴りを感じていた。


(クククク……! ずいぶんたけった目をするようになったではないか……!)


 気弱な優男。線の細い、少女のような美少年。

 そこから時おりのぞく猛々たけだけしい光は、このうえなくアンジェリーナの『乙女』を刺激し、自分が恋愛小説の主人公になったかのような高揚感を覚えさせる。


 だが、自分たちの関係はあくまでも友人だ。


 それを思えば寂しくもなるが……


 むしろアンジェリーナがさんざん迷惑をかけて、無理やり結ばせた婚約を破棄されたというところを、ほんの短い期間で『まあ破棄はまだいい』と保留にしてもらえるぐらいに関係改善がなされたのだと思えば、とてつもない偉業であるようにも思える。


(我も誇ろう。友よ。夢を叶えるのだ。貴様の役に立てることが、我の喜び……いずれ貴様と誰かが結ばれる姿を離れたところからながめるであろう我に許された、これまでの迷惑に対する『埋め合わせ』よ)


 王子と令嬢は見つめ合い、微笑みを交わした。


 そのただの微笑の裏に隠れた情報量が異様な空気となってあたりに漂い、結果として、二人が二人ともに、周囲の者の近寄り難い雰囲気をかもし出しているのだった……



◆◆◆◆



(あの二人、復縁しているように見えるな)


 入学式のあとの立食会━━


 一年生だけではなく、給仕役や、その会場を遠目に見る在校生、式典に招かれて別な場所で立食パーティーをしている来賓たちのいる中で、そいつは、アンジェリーナとオーギュストの様子を見ていた。


 その様子はなんども同じ時間を繰り返しているそいつにとってさえ異様なもので、ついつい、注目してしまう。


 もっともオーギュストたちの異様な雰囲気に目を向けている者は非常に多い。

 そいつにとってだけではなく、誰から見ても、あの二人はおかしいのだ。


(なんの介入もなく、オーギュストと復縁したのか? 今までの周回では、誰から見ても悪役でしかなく、誰からも嫌われていたアンジェリーナが……)


 そいつはしばし考え込み、それから、ふと、気付いた。


(そういえば、なんどか繰り返ループしてきたが……アンジェリーナが破滅しなかったことだけは、なかったな)


 ━━ひょっとしたら、そこに、ループを抜ける鍵があるのかもしれない。

 そいつは、そのように考えた。


(それとなく、破滅回避に手を貸してみるか。……あいつが本当に魔王にせよ、魔王を名乗る痛い女になっているにせよ、まだ、こちらの事情を知られたいとは思えない。しばらくは離れたところから経過を観察して、こっそり手助けすることにしよう)


 そいつは活動方針を定めて、ゆっくりとその場をあとにした。

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