魔法省人事録(9)
-ベジリア・ミディアン公国 ヒレェユィ村-
そこは人口100人を越すか越さないかの小さな村。俺達、魔法省職員一同が元いた街からさほど遠くないためか、ここで産まれた者のほとんどは街のほうに住むことが多く、近々過疎化による廃村も決めかねているという村だった。
そんな村で流行った疫病、疫病の恐ろしさは長い歴史の中で語られているためか、有事の際にはすぐに動けるようにされている。
「…で、前任者というか、近くの診療所の医者曰くエイズではないんだって。要は魔物食べちゃったとかそういうわけじゃないらしい」
ロベルトは簡単にそう説明してくれた。
「エイズはないんだな」
「そうだね」
エイズを引き起こすウイルスことHIVは大半の魔物の体液に含まれている。これが魔物を食べてはいけない理由。食べたら最後、病に冒されてしまうからだ。
というわけで魔法が作り出す薄い膜を全身に覆った後、特注の黒い先の尖ったマスクを着けて作業を開始する。
作業と一括にしているが、これからやる事はかなりえげつないことだ。
それは…
「…んー、んー、んー、分かるわけないよね、疫病の病原体突き止めろーって言われても困る」
熱に侵された患者の元で病原体の特定、その他隔離の成立と高度数のアルコール水による消毒が基本となる。ロベルトはただ一人原因を探ろうとしていた。
「由来がどこなのか。環境的なのか動物とか植物とかか、もしくは…」
「魔物」
メアリーがサラリと答えた。こいつはこういうことをどこからともなく答えていくタイプの人間だ。それまで黙々と患者を診療所すぐ近くの街の広場に換気がてら担架で運んでいたと思っていたのにだ。
「大体元から無茶だってことを承知でやらせてると思うぞ。専門的な知識も道具もない。適当に人手を割いて、疫病が広がるのを単純に防ぎたいだけだろ」
「でもこういうやつの真相って追いたくなるものじゃん」
俺の見解はロベルトの探究心によって全て打ち消されてしまったようだ。しかしメアリーの言った魔物、ねぇ。
「魔物は何があるっけ?ガビガビキノコ、ジャイアントマウス、ポイズンドラゴン?あたり?」
「ドラゴンはないと思うぞ」
「この辺でドラゴンを見た若いのがいるんじゃが……」
唐突に地面から嗄れた声が聞こえ、そちらの方向を見る。と思ったら担架に乗せられたお爺さんが発した言葉のようだ。目を積むり、汗を大量に掻きながら続けた。
「あんたが言ったポイズンだかは知らんが、大きさも中々と聞いたのぉ……」
「…急に話すやん、何なん?」
俺が心の中で思っていたことをロベルトが代用して言ってくれた。だがハッキリ言い過ぎ。
「いや…若いのが二人話してると混ざりたくなるんじゃ。あぁ、そこの姉ちゃん、あんたみたいな若い女の子の膝枕で儂は元気になると思うんじゃが…」
メアリーの顔が徐々に引き攣れていく。あはは、と苦笑いしながら。ちょっと面白い。
「これあんた。あんたみたいなのがいるから若いのがドンドン抜けていくんじゃ」
「あぁ、ヨモ婆さん。冗談じゃ、冗談。けど胸の一つくらい揉ませてくれても…」
「胸、なさそうだけどなあ」
最後にそう言ったロベルトが視界から消えた。そしてこの一部始終を何も言わずに俺はポカンと見ていた。というか一人混じってきてる。
「あんたが魔法省から来たって言う人達かい?若いのにご苦労だね」
「はあ」
曖昧な返事となってしまった。いつの間にかお婆さんが一人、担架のすぐ近くに立っていた。
「こいつらはしばらく陽の光を浴びせておやり。病気だからってずっと診療所の中に籠もらせていたんだ」
「は、はあ」
「私は元気だよ。と自己紹介が遅れたね。私はヨモだ。御年68、この村で産まれ、この村で育ち、昔は冒険者としてバリバリにやっとったが、いまじゃあ歩くので精一杯。子どもはおるが、孫はおらん。子どもも今は街に…という寂しい者だよ」
「へ、へえ」
この人こっちが何も言わなくても喋るタイプだ。と思いながらどう躱そうかと思っているとロベルトが戻ってきた。何故か枝葉を体につけながら。
「イテテ、器用なことするなあ。マスクが壊れない程度にぶっ飛ばされちゃった」
「あなたが悪い。以上」
メアリーは端的にはそう言う。
「いいじゃんか、一歩間違えたら死ぬ現場なんだから暗くならないようにと…言っても聞いてくれてないやってこの人は?」
「私はヨモ。御年…」
そこからかあ…………。
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