魔法省人事録(10)
「それで若いの、何故にここに来たんじゃ?」
「いやそれはさっき言って…」
「ああ、そうじゃった。疫病をどうにかしてくれるって話じゃったな」
「いやまあ拡大しないようにすることで精一杯なんですけど…」
「分かっとるよ。こう見えて私、この村の村長だから」
あんた村長かよ。
「…それで何の用なんですか?」
多少雑にそう言ってしまうが、気にしない。
「まあそうカッカするな。お母さん話長い割に要点全然言わないよねってことは息子にも言われることなんじゃ」
……どうやらこの人の子どもは男性らしい。そして要点ほんとに言わねえなこの人。
「さっきの話を聞いてたんじゃ。どうしてこの村に疫病が流行り、こんな風になったか。どうして私だけが元気でいられるのか、と言ってもこの村はほぼ死にぞこないしかいないんじゃが…」
「ヨモ婆それやめて…儂…まだ現役の魔導具職人…」
ここでいち早く会話に乱入してきたお爺さんが、ゼイゼイ言いながら婆さんに言葉を投げる。
いくら老人が多い寂れた村とは言え、死にぞこないしかいないというのはこの人含めて失礼ではないのだろうか。まだまだ現役の人だっているわけではあるし。
「あれあんた、もう辞めたんじゃなかったか?」
「あ、辞めてたわ儂」
……………………
「なんだか茶番を見てるみたいだね」
ロベルトは終始黙って、事の成り行きを見ている。とても面白いものを見る目で。やり取りは全部こちらに投げやりにして。
一方メアリーは黙々と作業をやっている。例の爺さんに絡まれながらだが。
「この村ももう終わりさ。何どうせ無くなろうとしてたもんだ。新しい試みができないってのはちょいと残念だがね」
「新しい試み?」
「若い頃に聞いた、昔あったものの復興。最も私にとっちゃあそれの呼び方も何だったかも曖昧だけどね。ただこう手を合わせるだけの…」
…何を言っているか分からない。そして意味不明なポーズになって目を瞑った。
「…新手の魔法ですか?」
「ハハッ、皆そう言うね。けどどうも違うらしい」
と、雑談もいい加減いいところの現場に訃報が舞い込んで来た。
「あー!大変だあ!森から魔物が来やがったあ!動ける奴は誰でもいいからこっちに来てくれえ!」
「ありゃあ私んとこの爺さんの声だ」
「あー、僕らの出番っすねえ」
ロベルトは意気揚々と外に出た。
-暗期の森-
暗期の森。生い茂る木の葉に日光が遮られ、昼間でも薄暗い森。だが単純ゆえ、そして人手が入りにくい場所なので度々魔物が現れるらしい。
そんな暗期の森の前の平野に俺、メアリー、ロベルトは案内役の爺さんと共にやって来る魔物の迎撃をしようとしていた。
「いざとなったら儂のこの鍬で…」
「絶対やめたほうがいい」
この爺さん、自分が杖を付いて歩いていることを知らないのか。婆さんの夫らしいが、整えられた白髪の婆さんと比べ、既に髪の毛一本なく、足元もかなり覚束ない様子だ。かなり痩せてもいる。おまけに汗をよく掻いている。
(どうしてこうも個性的な人が多いんだ!この村!)
村の名前はヒレェユィと呼びにくいわけだし、どうも普通じゃねえ。
だが悲しいかな。普通じゃないのは残念ながら地名だけではないらしい。わりかし普通の名前の森から出てきた魔物の姿は本来根の部分で歩く巨大花だった。
「あ、あれは!なんて恐ろしい…!」
爺さんが突然、杖を取りこぼし、地面に倒れる。
「あれは…この儂、マゲが70年生きてきた中でも大物…あんなの…あっては…」
どうやら名前はマゲと言うこの爺さんは、そのまま地面に膝を付き、ただ慄き始めた。
「そ、そんなにヤバい魔物かよ。メアリーあれ分かるか?」
「私もあの魔物は見たことない…」
どうやらメアリーにもな分からないらしい。と、ロベルトが突然バッと何も準備せずに動く花のほうへと向かって行った。
「ロベルト!?お前!?」
「あの魔物はね!ロディ!」
ロベルトは何故か喜々としているようにも見える。最後まで言い終えることなく、根っこ3本で歩く花の方へ向かって行く。よく見たら3匹こっちに来ている。
その巨大花一行はロベルトが近づいてきた瞬間、黄色い花粉のようなものを撒き散らしていく。ロベルトはその中に臆さず突っ込む。
「馬鹿!あれが何なのかも分からないのに!」
メアリーもこれには驚きを通り越して呆れているようだ。しかしロベルトは花粉の中に突っ込んでも何も変わらない様子で突っ立っている。
「ロベルト!!!!!」
何はともあれこちらもジーッと突っ立っているわけに行かず、同じく巨大花の方に向かって行く。
が、花粉を吸うか吸わないかの寸前、ロベルトがバッと出てきて「やめたほうがいいよ、君らは」と止めに入る。
「やめたほうがいいって、何が?」
「あの中に突っ込むの」
「…それお前が言うか?元々突っ込むつもりもないし」
あくまでロベルトに手を差し伸ばしに来ただけであの謎の花粉に突っ込むつもりは毛頭なかった。
「いやね、あの花粉が効くかどうか試したんだけどやっぱ効かなかったからねえ。だならまあ突っ込むのはもうしない」
「…やっぱあの花粉なんかあるのかよ、お前大丈夫か?」
「あー、うん。まあ大丈夫。見ても何とも思わないってことは」
と、ここでロベルトが先程からメアリーを凝視していることに気づく。
「…何?」
メアリーもどうやらそれに気づき、若干の不快感を表す。
「いや、効果があるのかなーって。あの魔物の」
「…なあ、その効果って何?」
「催淫」
…?
「意味、分かる?」
「…………」
メアリーは何も言わない。ただより一層ロベルトと顔を合わせなくなったような気がする。
「なんとなく分かるけど、もしかしてあの花って…」
「あの花はスアデラフラワーって言って、別名は誘惑の花。あの黄色いの吸ったら人目も弁えずに近くの人とおっ始めるから」
「…へぇ」
「まあ倒すのは簡単だよ。耐久力も攻撃力も全然だし、効果的なのは火だね。てか危なかったねー。マスク越しでもロディとメアリーが突っ込んでたら終わってたよ。まあ僕は大丈夫だけど」
「…なんで大丈夫なんだよ。そういう加護の魔法か?」
「まあ…生まれつき…かな」
何故かそう言うロベルトの言葉が澱んだように聞こえたが。
「もしくはメアリーに魅力がないかのどっちかだね。こいつ女かどうかも怪――」
次の瞬間、ロベルトはそこにマスクだけを残してどこかに消えていった。
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