魔法省人事録(7)
天の声が頭に響く。
『人の子よ、この運命には抗えぬ。今貴方達が受けているのは我がもたらす運命であり、確実な死である』
…何を言ってるかはよく分からない。難しい言葉だがそれを理解しようとするのを脳が拒んでいた。それ程までに思考は淀み、意識は霞んでしまっていた。
もう誰も立っていない。何が起きたかすら理解できず、全員倒れている。ただ自分の生きている音が消えていくのを自覚しながら死を感じていた。
「メ…メア…ロベ…ル…」
掠れていく喉から発せられたのは、共に歩んで来た彼ら同僚の姿だった。その後は緩かやに目を閉じ…
「呼んだ?今呼んだよね?俺のこと」
「……」
「…あぁ、そんなこと言ってる場合じゃないや、ほいよっと!」
目の前にいる人物が掛け声のように頓珍漢な声を上げたあと、時が遡っていくかのような感覚に陥る。
全てが動き出す。体内の巡りが循環していくのが分かる。そして思考と意識は段々と鮮明になっていく。
やがて目の前にいる人物、ロベルトは顔を覗かせながらこちらを見ていた。知らぬ間に雲一つなくなった空からギンギンと光る陽の光を背景にして。
俺はしばらくの間、ロベルトに肩を貸してもらっていた。周りに人集りができている。どうやら近くの冒険者ギルドの人間が収集されて来たらしい。もうすぐでこの国の騎士団も到着することだろう。
「…何があった?」
声がまともに発せれるようになって俺はロベルトに聞いた。
「ん〜〜、俺もよく分かんないんだけどね。ただあの魔法省施設前で共闘してた人達は俺とロディとあと…」
ロベルトは名前の代わりにそちらへと目をやる。そこには瓦礫を掛け分け、生存者の救助に勤しむメアリーの姿があった。
「くらいかな生き残りは、ザッと半分ちょいが死んだ。あとは施設周辺に住んでた人も何人か巻き込まれる形で。この国を治める公爵は多分癇癪を起こすだろうね」
「それはどうでもいい。問題はあの意味もなく人の命を奪った魔族がどうなったかだ」
少し怒気を含めてそう言うとロベルトはわざとらしく肩をすくめる。
「まあ死んだね。ほらあそこで」
ロベルトが指を差した場所には確かに巨大な狼のような遺体があった。だがその遺体はどこか異質なものだった。
首が弾け飛んでいたのだ。そしてその首は体の近くとは言えない場所にあった。
「…誰がやったんだこれ?」
俺は気になってそう聞いてみる。そもそもあの場では全員倒れて死んで…そもそもどうして急に倒れることとなったんだ?予兆すらなかったというのに。それも合わせて聞いてみることにした。
「…あれをやったのはメアリー。どうやったのかはよく分からない。それでどうして皆倒れたかについてなんだけど」
そこからロベルトは「魔法学じゃなくて医学とかそういう問題」と前置きして説明してくれた。
「俺らの体の中にある重要な部分、器官のことを臓器って言うのは分かる?これ一つなくなるだけで死ぬこともあるくらい大事なやつね」
「まあ…」
幼少の頃、多少は通っていた魔法学校で聞いたことはある気がする。
「また血は体のあちこちを巡って臓器に酸素を送り、二酸化炭素を排出させる。同時に血流はありとあらゆる魔法の調整、魔力の調整も行うって言われてる」
「なるほど…」
「そんな偉大な血を体全体に送る臓器のことを心臓って言う。で、それが止まったの、だから倒れたの全員」
「…それってかなりやばかったんじゃ?」
「うん。やばかった。どうやって止めたかは俺の推測なんだけど雷喰らって死ぬ人のほとんどがその心臓とかが止まるから死ぬんだよね。まあラルゲイユスはそれをどうにか利用したんじゃないかな?例えば禁忌とされる体内に直接魔法を入れ込むとかしてね、あれができるのは相当やばい奴の証拠だけどやばかった奴だし」
「…………」
「…俺らが助かったのはメアリーのおかげだね。彼女は多分俺より早くその結論に気づいて心臓を動かした。そしてそのまま倒した。俺とロディは多分元の魔力とかそういう関連が高かったから生き残っただけ。その後メアリーに助けられて俺はロディを、即死じゃないだけ凄いことなわけよ」
途中からロベルトの話はよく分からなかった。聞き取れなかった。
俺は危うく死にかけた。その死を今実感していた。歩きながら話していた俺達の前にはほんの数刻前まで共に立ち向かった同僚の亡骸が転がっていた。
「いやー、やっぱり魔族が命の危機を感じると覚醒するって説は間違いじゃない。あれで立証されたうん!ねぇそう思うよね?」
ロベルトはいつもの調子だった。こいつに死という概念への恐怖がないのかもしれない。
だが事件はこれで終わりではなかった。むしろこれはまだ始まりに過ぎなかった。
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