魔法省人事録(2)
狂った兄妹との戦いは長引いた。誰の物かも知らない大きな家の屋根で槍と魔法が弾け合う。
(厄介厄介。どうしてこうなるんだ?)
兄の方は槍を折って無力化したかに思えた。しかしその槍はどうやら魔導具の一種のようで折れた部分が元通りに修復され、刃となって俺を突き刺そうとしていた。
対して妹の方…
「…またか!?」
俺は慣れない攻撃を宙高く飛んで避ける。身体強化のバフをかなりかけているがそれでも反射神経がうまく反応するのはかなり後手となる。
妹の姿は見えないのだ。影が薄いのか何なのか分からないが気づけば不意を付かれ、槍で一突きされてしまいかねないほどに。
(速いとかそういう話じゃなさそうだ。妹の方が技量も高い)
それと言っておかないと
「つーか俺を殺したらかなりの問題になること分かってる?」
「はぁ!?意味分かんないんすけど!?」
あー、駄目だこりゃ。兄貴も妹も馬鹿だ。どうせ屋敷暮らしで外の世界も禄に知らず、自分の思い通りになると思っている質だろう。
「…そうかい。だったら俺もマジでやる」
俺は本を開く。真ん中のページに挟まってある魔法を使うべき時だ。
「[紙吹雪]」
途端に本の中から紙が溢れ出し、それが吹雪のように吹き荒れ、二人を建物から落とそうとする。
「解除の技はないのか?もう終わりだな」
「クッ、ソガァァァ!!!!!」
兄貴はそう言いながら声が遠ざかって行く。紙吹雪で吹き飛ばされたようだ。
「ちょっ!やめ!嫌ぁぁぁ!!!!!」
どうやら妹の方も落ちたようだ。これで一件落ちゃ……
ブワッ!
「…!」
途端に紙吹雪がなくなる。まさか本当に魔法を解除…いや違うこの感じ
「ロディ、何かと思って見に来てみればあなたやりすぎ」
「…んでここにいんだよ」
あーあ、目の前に降り立った女はめんどくさいぞ〜。歳もそう変わらないってのに上司気取りで頭に声掛けてくる奴だ。
見ればあの槍の二人は建物の屋根上に戻されている。
「ロディ!この人達殺す気なの!?」
「いや、そっちが仕掛けてきたから」
「だからと言って!」
「勘弁してくれメアリー。俺殺されかけたんだぞ」
「…詳しくはこの人達に聞くから、あなたはもう帰って」
「ええ…」
「あなた本当に人と話す事が下手なんだから、こうなったのもあなたが話そうとしなかったからじゃないの?」
それは絶対違う。少なくとも俺は間違ったことはしていない。
「あっそ、はいはい分かったよ。でも一つ言わせてもらうけどな」
「何?」
「そんな感じでいるといつか死ぬぞ」
「……」
「じゃ、言われた通りに帰らせてもらうな」
そう言って俺は屋根上から飛び立った。かくして消化不良のままこの事件は終わった。
-2時間後-
「…で結局あいつらは?」
「またか…って言われてた。貴族の子孫だから厳罰が下せないみたいよ。やっぱりこの国の貴族は結構腐りかけてるわね」
「厳罰に関してはお前が邪魔しなかったら多分いけてたぞ」
「あなただったら殺すでしょ!?」
目の前の藍色の髪を後ろで一つにまとめ、魔法省の正装になっている少女ことメアリーと魔法省内部の図書館、向き合うようにして座れる椅子でそんな話をしていた。
メアリーはマジで細かいタイプの人間だ。杖やら本やらの魔力を一時的に集める武具がなくとも魔法が正確にかつかなりの量を扱える珍しいタイプの人間で、俺と違ってかなりうるさい。
「…ああいう奴らには一度大怪我くらいさせとかないと懲りないんだよ」
「だからと言って…」
その時、ひょっこりと横から顔を覗かせる奴がいた。
「「わっ!?」」
二人同時に驚き、顔を見上げる。
「よっ!何の話?」
「…ちょっロベルト!そんなに驚かさないでよ!」
メアリーが顔を赤らめそう言うとひょっこり現れたロベルト、またこいつも曲者で寝癖を直そうともしないピンク色の髪をした少年もまた同僚であった。
「気配全消し成功。それより何の話してたん?」
「俺が昨日関わったやつ」
「…?例の魔族のやつ?」
「いやそれじゃなくてだな…」
俺はロベルトに手短に事情を説明すると、彼はポンと手を叩き
「そいつら今すぐ殺しに行かね?」
「駄目に決まってるでしょ!」
「なんてな冗談。それよりお前ら魔族の話聞いてたりする?」
「…いや?こいつに早く見回りしてこいって急かされてたもんでまったく」
「ちょっ…私のせいなの…!?」
「仲が良いことで…」
ロベルトはそう言うとこれもまた手短に説明された。
1ヶ月程前にこの国のこの街で魔族が出没しているという噂があった。単に噂だろということで片付けようとしたらしいが本当だったらまずいってことで調査の結果、いるにはいるらしいがどこにいるか分からないということが分かった。ところが昨日の昼間ついに魔族らしき物を見かけたということらしい。
「…そもそも魔族って絶滅危惧だのなんだの言うし、地上には滅多に出ないんじゃねぇの?」
「最近は魔王がいなくなってピリ付きがなくなったからね〜、あいつらも活動時ってことなんじゃないでしょうか」
「だとしたらまずいわよ。犠牲が出る前にどうにかしなきゃ。この街にはもう結界すら張られていないんだし」
「まあ俺としては万々歳ってわけなんだよ。なんでもその魔族…噂ではあれに近いらしい」
「あれ…?」
俺がロベルトにそう聞くとこいつは待ってましたとばかりに話し始める。
「あれはあれ、サキュバス!空想上の魔物とかって言われてるけど俺は絶対、その魔族はサキュバスだと思ってる!」
「…お、おう」
「一体誘惑されたらどんな気持ちになるんだ…あぁ、一度でいいから会いたい…そしてあんな事やこんな事…」
そこから語ることはなかった。そう言えばこいつが魔法省で働いているのって魔族に会うためだって聞いたことがある。
「でもそういうのは…なんて言うんだっけ?悪魔だっけか?何かの宗教のやつだよな?」
「そう!魔族が形を持たないことは悪魔とかの伝承的な存在が関係しているとされてるんだ。進化の過程で奴らが生き残ったのは…」
「そういうのはよく分かんないからもういいわよ…」
メアリーが頭を抱えながらロベルトの独壇場を制する。
ロベルトの異常は悪魔、堕天使、死神やらの負の伝承的存在に関しての膨大な知識と彼自身の性格から生み出される饒舌さがなんとも自分達とはかけ離れた存在だと認識させられる。
しかし魔法省にとっては必要不可欠な存在なのだろう。彼の知識で固有した体を持たない魔族への対策がいくつもできているのだから。
「で、その魔族がどうしたってんだ?」
「あぁ、何でもこの魔法省のすぐ近くで遺体で見つかったってよ」
「へぇ…………何故それを早く言わない?」
こうしてこの日は終わった…かに思えた。
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