魔法省人事録
本をパラパラと捲っては閉じ、捲っては閉じ、そしてまた捲るという意味のない作業の最中、頭の中に女性の声が響く。
『そろそろ行きなさい、ロディ』
「…分かった。行く」
『ちゃんと身なりを整えてね』
「…はいはい」
俺は口に答えてそう言うと頭の中の声の言うとおりに身支度を始め、自身の個室の壁の前に立った。まったく同僚というものは口うるさいものだ。
黒縁のメガネ、白味がかかった髪に魔法省の黒と白を基調に黄色が混じった足丈の長いローブを着て身支度をする。
-ベジリア・ミディアン公国-
この国はそう呼ばれていた。元はベジリア連合、ミディアン連邦というそれぞれの国が存在していたが、どちらともいつかの魔王軍侵攻により破綻を起こし、地図から名を消した。
しかし、時代が進み、人類の反撃が開始すると同時にあっさりとかつての両国の国土を安息の地へと戻し、それと同時に外資本目的の貴族一向によって再建、しかし諸々の問題から合併が行われた。
魔王軍がいる根城は近くではないものの、大規模な未開拓地が遠方に存在し、結界がすぐにでも必要と言う時にヴェルムート王国が結界の魔法使いを派遣してくれたおかげで魔王軍からの猛攻はなくなった。
しかしこれがヴェルムート王国に良いように利用される未来なのは明らかであった。それを打ち消すかのように魔王及び魔王城の消滅は一大のチャンスを与えてくれた。
さて、新しくできたこの国の歴史は32年と短い。そのため治安の悪化が著しく現地の治安当局だけでは抑えきれない。
そこで魔法省が公平な世界を作るべくして、各地に職員を治安維持として派遣されるというわけだ。まったく。
「……開け」
そう言うと目の前の壁に亀裂がはしり、大扉へと変化する。魔法省魔法院というふざけた名前の魔法省の施設では日常茶飯事のことだ。
ガランと開かれた大扉、その先は光で見えなくなっているがひとたびそこを通れば、人で溢れかえる巨大な白レンガ造りの建物に早変わりする。
中は明るい。照明がかなり強く照らされているようだ。俺は気にせずに外に出る。
「…ったく…やるか」
外はやはりというか…結構な夜だった。だがまだ夜更けではないらしい。背後は魔法省の職員の声で騒がしい。
俺は右手に持っているという本を開き、それを合図に自身の体を次の瞬間には大通りを挟んだ向かいの建物の屋上へと移動させる。
「おおっ!?」
「んだ!?今のは!?」
他の魔法省の職員は驚きながら俺が元いた場所を見ている。本来結界内での攻撃魔法の使用が禁止されているからだろう。
「攻撃魔法じゃないのになぁ」
俺は振り向きながらそう言うと建物の屋上を伝いながら移動した。
とまぁ、しばらくはこんな感じで見回ればいい。それが治安維持の貢献となるらしいがぶっちゃけそうは思っていない。
そう表立って犯罪なんか……
してる奴がいた。
ヒョイヒョイと建物の上で宙返りをしながら華麗に着地する。結構な速さで移動してたからおそらく魔法院の場所からかなり遠い。
「な、なんだ!?お前!?」
「…何してんの?」
現場はと言うと、まず身なりがボロボロの若い男が聖騎士のようなきちんとした白銀の鎧を着たこれまた若い男に足蹴りをいれられていた。
「そういうことはしたら駄目なのに分かってるよな?」
俺は多少咎めるつもりで終わらせるつもりだったのだが騎士の男は激昂しながら自分の胸に手を当てる。
「俺様に指し図する気か!?俺がアーニー グレインと知ってて言ってるのか!?控えろ無礼者めが!」
アーニー グレイン。下の名前持ち。ここは貴族が住み着く屋敷が多い地域だ。どうりで屋根が広く、落下であの世行きなどの危ない思いをしなかったわけだ。いつもこの辺りを見回ってたのにあんまり意識してなかった。
「アーニー グレイン。グレイン家の?」
「そうだ!俺様は下の名前を持つグレイン家の長男だぞ!こいつは役立たずの門番でろくに仕事もしねぇから俺が教育してやってたんだ!」
「はぁ…」
勝手に喋ってくれたおかげでなんとか話は掴めた。
「魔法省が下の名前を持つ者だからって態度を変えるとでも?」
「なっ!?てめえグレイン家が世界の貴族の10本指に入ることを知って言ってんのか!?ああ!?」
「いや…まぁ…」
「てめえなんかいつでも糞溜に送れるんだぞ!分かってんのか!」
「……グレイン家は確か名門の槍使いの家だったよね?」
「分かってんじゃねぇか。分かってんならさっきまでの無礼は土下座するってんなら許してや…」
「そういうのは実力で物言ってから言え」
俺はアーニーに最後まで言わせることはなく、本を開き石造りの地面に魔法陣を展開させる。
展開させた魔法陣から出すのは封印という文字が続く帯のような物をアーニーに巻きつける。
これらを一瞬で終わらせ、瞬きさせることなく、中で動けなくさせたはずだったのだが。
「…んがあああ!!!てめえよくも俺様を!ぶっ殺してやる!」
手に持っていなかったはずの槍、おそらく収納系の魔法から取り出した物を手にし、封印をぶち破って無理やり俺へと迫ろうとする。
「なるほど、確かに槍の名門と言われるだけある」
迫ってくる槍は想像以上に長く、何故か槍先が10本に増えていた。
「カスが!俺様を敵に回すからこうなんだよ!」
「なんで俺死ぬ前提?」
俺はこちらを突き刺そうとしてくる槍先のうち一本の刃を縦に摘む。
「は?」
その瞬間、今まであった槍先は消え、残るはアーニーが手にした槍だけだ。
「俺様の槍を止めた…?」
「なんだその程度か」
そう言うと俺は手に持った槍先を下げ、そのまま足蹴りで叩き折る。
「もう少し道具は大事にしな」
「…てめえ!!!」
「まだやる気か…よ?」
目の前の憤る男を制そうとしたが、後ろに唐突な殺気を感じすぐに横に避ける。
その瞬間、3本刃の槍が上から下に串刺しとなるような形で地面に突き刺さっている。俺が元いた場所に。
「に、兄様ぁ〜、大丈夫ですかぁ、大丈夫ですかぁ」
そいつは若い女だった。同じく白銀の鎧を着た女。今にも泣きそうな声でアーニーを兄様と呼んでいた。
「大丈夫だフェイ。それより俺様は今あいつがすごくムカついて殺してやりたい。魔法省の分際であいつは俺達に楯突く野郎だ!」
「兄様がそう言うなら私もあいつを殺してやります!」
「……マジか。こういうシスコンって…マジかぁ…」
普通そういう頭のおかしい兄妹はいねぇだろと心で毒づきながら俺は本を開いた。
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