第178話 過去のおはなし(14)
ブッという擬音。
「え」
彼女は安心したような顔付き、そして口を開いて、閉じた。言葉の続きを言おうとしたが言えなかった。
「…は…れ?」
私もベラドンナも何が起きたのか分からなかった。しばらくしてその事態に気づいた時にはもう何もかもが遅かった。
「い…あ…あ、アアアアアアアア!!!!」
ベラドンナは絶叫した。私も何が起きたのかうまく分からない。彼女の魔法は使えなくさせたはずだ。
けどまだ操りは解けてない、ならば体自体は操れた。あの一瞬で見て取れた…彼女は…
舌を噛み切った。
ベラドンナの口から血が湧き水のように溢れる。それは地面にボダボダと落ち、すぐ様立っていた緑の芝を赤色に染めていく。
『舌は人間の弱点の一つなんだってね。いずれ窒息か出血で死ぬよ。だからそれまで君が看取ってあげなよ』
天の声が忌々しく聞こえる。
「がっ…ゴボッ…ゴボッ…」
濁った音がするたびにベラドンナの口から血が溢れる。彼女の噛み切った舌…どこにいった?くっつけることは…いや無理だ、失った部位はそれそうと戻せるものではない。
「ア、アラリス、わ、わらし…」
うまく喋れてないベラドンナが涙を流しながらなんとか言葉を絞り出した。
「まら…死にたくない…やだ…やだよ…」
悲痛だ。悲痛な叫び。彼女はこうも助けを求めている。けど私は何もできない。さっきからその場に立ち尽くす限りしか。
「…ど、どうするの…待ってやめてよ…私だって死んでほしくないんだからさ…ねぇ…」
やっとの思いでベラドンナに近づくことができた。
「…私がどうにか止める。だからじっと…して…」
生命の事切れる音がした。あれからしばらく経った…はずだった。
死因は多分出血多量とかなんかだろう。ショック死かもしれない。もうまともに考えることができない…
『おやおや、なんとも汚れた姿になったね。
でもかわいいなぁ』
ファランクスの声が響く。
「ハ…ハ…アハハ…」
乾いた笑い声、私の喉から出ている。
『……壊れたかな?だとしたら君達の姿を直接見に行けないのが実に残念だ』
誰だろう。
『それじゃあね。バイバイ。君と会える日がいつか来るといいな』
私は…誰だろう。
「……雨」
ザザーッと降りしきる雨。ポタポタと何もかもが落ちていく様。
「……良いな雨って……ア…ア」
けど気分が悪い。吐きそう。何も食べてないのに。
「声…雨。ザザーッの日…」
私、今あなたに笑ってほしいと思ってるの。心の底から………
「笑顔で…」
全て戻っただけだ。私は一匹狼。賢者は死んだ。ただそれだけだ。
「…うっ…オエッ……ガ……ア」
私は膝を付き、とうとう嘔吐してしまう。地面にびちゃっと落ちていく粘液。
口が熱い。衣服や身体は汚れておらず、何も食べなかったのも相まってすぐに吐き気は収まるかに思えた。しかし私はかなりの間地面に手を付き、えずいていた。
「ハァ…ハァ…」
すごくきつい。疲れた。口先を拭いながらどうにか立とうとする。
「……雨、水…、花が…」
水が飲みたい。ザァーザァーと降りしきる雨、その後謎の声は聞こえてこなかった。そして私は何もせずただそこにいて数時間経つばかりだった。
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夜になってようやく足がまともに動けるようになった。雨もとっくに止んでいるが、立ちぱなしだったせいで何もかもがズブ濡れになっている。
「……帰ろ」
何も考えずにその場を去っていく。何か…そこに魂の抜けた殻があるが…今は何も考えたくない。
いや私にも魂は既に入ってないかもしれない。
街が見え、舗装された道路に入り、静まった街の中でただアパートに向かおうとしていた。
そう、していた。だが目の前に見た事のある五人が路地裏に入って行くのが見えた。その時、不意に女の子の声が響く。
理不尽で奪われる命があるなら私はその命を助けたい。
どこかで聞いたセリフだった。なんだろう、そして頭の中にそれが浮かび、そして何故だか彼らを追っていた。
「…あの賢者とかいう馬鹿女に喰らった傷がまだ治りゃしねぇ」
「ほんと邪魔しなけりゃあ…」
「あんな奴とっとと死ねばいいのに…」
声が耳に入ってきた、あいつらの…死ねばいいのに、か。そうだ、死ねばいいのに。
だよね。そうだ。そうに違いない。
「……!誰だ!?」
一人の男が後ろを振り返る。その声をきっかけにあの時の荒くれ者集団は一斉にこちらを向いている。
「あ!てめぇは一匹狼!俺達に…何の用だ!?」
丁度真ん中のリーダー格の男はそう言うとこちらへ歩み寄ることなく、距離をとる。
こいつらはまともに勝てないから卑怯な手を使う。だからずっと小物なのだ。コイツラはまだやり直せると思い、同じ事を続ける。
そんな奴らはもう生きる意味も価値もない。
そう、ない。
「おい…!…って何だよ…なんか言えよ!」
ない。
グシャ
リーダー格の男がそう言った時、右隣にいた二人の男の全身がネジれる。
「は?え?は?」
リーダー格の男は困惑する。そうして二人の男はその場にバタンと倒れる。果実を絞った、あるいは潰したようにして。
「ひいっ…!や、やめ…」
「だ、誰か…助けて…!」
左隣にいる奴らは逃げ出した。走ってる。
ジュワ
「は…ガッ!ギャッ…!」
「グググガァァァ!」
絶叫と共に二人の男の体は走りながら溶け出した。そして骨格が見えるまでに溶け出し、倒れる。
「……お、おい待てよ…。な、何だよやめろ!…待て!もう何も悪い事しない!頼む!殺すのだけは…!そうだ!治安当局が黙ってないぞ!人殺しのお前なんか…!」
カッカッカッ
「何だよ…なんで何も言わないんだよ…。こっちに来るな!よ、止せ!頼む!
ア、アガ、アガガ…!ゴッ…ガッ!」
リーダー格の男は細い手によって首を締められる。目と鼻、口から体液が溢れ出す。男は少女と目を合わせていた。感情一つ何もかもがないその少女の眼球と。
男の体は宙に浮き、バタバタと足を振る。そして足は少女の体に当たる。しかし動じない。
「…イヤ…死ぬのは…だ、だの…む、やめ…………………」
……………………………………………………………………
バタン
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「…おい、コラ君達!こんな所でボール遊びなんかしてたら危ないだろ!」
「ご、ごめんなさいって…あっ…ボールが!」
「私が取りに行くよ!」
スタスタスタスタスタ
「確かこの辺に…あ!あっ………ひっ…いっ…きゃあああああ!!!」
「な、どうした君達!?って…!」
「ひっ…ひっ…あああああ!!!」
「おい!泣いてる子供を早く離せ!やばいぞ誰か!」
「辺り一面血の海だ…うわあああ!!!」
「治癒魔法使える奴は!?それと早く治安当局に!」
「もう駄目だ…とっくに死んでるよ…」
「潰れてる…溶けてる…何が…!」
「誰がこんな事…」
「オ…ウェッ!………」
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