第128話 如何にして悪へと堕ちたか(3)

「これよりギロチンのによる処刑を行う」


……


「どういうことだ!?ギロチンの刃が折れたぞ!」


「馬鹿な!新品同様のオリハルコン製だ!」


……


「ではこれより多重魔法による処刑を行うとする」


……


「な、何故だ…あれ程魔法を喰らって…何故生きていられる…」


「魔法による中毒もなし…次だ!」


……


「窒息死させよ!絞首、水攻め、何でもありだ!やれ!」


「ぬるい!釜茹でも追加だ!体中を煮込み、切り刻んでやれ!」


……


「何故だ…どうして生きておられる…貴様はもはや人ではない!」

____________________

-ヴェルムート王国 沿岸-


ザザーンと揺れる大きな船、その船のマストには何重にも巻かれた鎖。


「しぶとい…しぶとい…!何故死なん!おとなしく死ね!何故2週間飲まず食わずで生きておられる!答えろ!どんな魔法を使った!何故解除できない!答えろ!バルトシュタイン!」


白髭をボウボウに生やした海賊のような船長はそう言ってくる。


「だが…貴様はボロボロだ…今から行うのは投棄…貴様をこの大海に投げ捨ててやる!この世界の半分を占める広大な海で貴様は一人ぼっち…ぐふふあははは!」


私は全力で抗っていた。目の前の死に。刃では折れない体に変化し、魔法に耐えた。空気を大きく吸い込み、全力で窒息に耐えた。彼らはそれがただ耐えているだけとは気づかなかった。


魔法は使えない。特殊な鎖は魔力を奪う。だが私の日々の鍛錬は遂に魔力を奪う速度より回復する速度の方が上回っていた。


飢えと喉の乾きに苦しめば、ひたすらにあちこちから栄養をとった。それ程までに死に抗っていた。


死が怖いのかすら分からなかった。だがここで死んではいけないという焦燥に刈られていた。


だが…それも今日までだろう。既に体力は限界だった。


もうすぐで目的地だと言う。広大な海に私は捨てられる。まるでゴミのように。


しかし、船員の一人が慌てた様子で目の前にいる船長に伝える。


「大変です!見張りからの伝令より高速でこちらへと来る魔物を発見!」


「な、何!?魔法及び弓道具による撃墜をしろ!とっととやれ!」


「は、はい!」


直後に魔法や矢が空いっぱいに広がる。そして船長は船から身を乗り出し、様子を確認したかと思った瞬間、顔に絶望が走る。


「な……な、何故…あ、あの速さは…!ありえない!」


船長はガタンと地面に尻を着く。その顔には涙すらでそうだ。そこまでの恐怖が彼を襲っていた。


私はゆっくりと顔を上げる。そこいたのは緑色の悪魔だった。


そいつは空を飛んでいた。魔法や弓をものともしていなかった。


そいつはあまりにも速かった。一瞬にして船の上へと辿り着いた。


「う、上だ!上にいる!」


船員は驚き見上げながらそう言った瞬間、マスト上部の見張り台にいた船員が落ちてくる。


「うわあああ!!!」


ぐしゃっ!


肉がひしゃげた音とともにその船員は動かなくなる。


「よくもぉ!」


船員はサーベルを取り出し、一斉にその悪魔を囲む。その姿は船を奪おうとする海賊と変わらない。


だが、悪魔は笑ったかと思うと凄まじい速さで甲板場を回る。


一瞬にして回る中、次々と船員を船の壁や床に叩きつけ、引きずりながらあっさりと殺していく。


気づけば、辺りには血の海ができ、恐怖の顔を浮かべた船長と私、悪魔以外に誰もいなかった。


悪魔は喜々として私に話しかける。


「王国の騎士団長、武神とまで言われた英雄がこのザマとは、な」


私はゆっくりと顔を合わせる。


「どうした?もう喋れなくなるほど弱くなったか?可哀想だな」


「可哀想…」


「おや、少しは喋れて安心した。そう可哀想、なんとも哀れな姿じゃないか、英雄よ」


「……」


「…まぁいいさ。俺はエルターゼ、魔王様の配下の一人にして幹部の一人、お前には用があったここにきた。単刀直入に言おう、貴様を勧誘しに来たのだ。我らが魔王軍にな」


「……」


「どういうことか分からないか?そうだろうな。お前達人間からしたら魔物が人間を誘うなどとは考えつかないか?」


「……そうだ。魔物と人間の仲が良いなら私はここにいない」


「だが世には魔物を躾ける者もいるそうではないか。テイマーなどという希少種が」


エルターゼは話を一旦区切ると


「昔の話をしてやろう。お前達が戦争を起こす前、世界にはエルフ、ドワーフ、竜人、魔族、そして人間が分けられた領土で暮らしていた。ところが強大な力を持つ魔族はこう考えた。そうだ世界を支配してやろうと」


「……」


「彼らは元いた魔物を増やし強化し、支配を強めようとした。魔族は固定された身体を持たないということを利用し、各々の個性を利用した軍隊を作り出し、他種族への領土進行を開始した」


エルターゼは一息に喋る。


「これに対抗するため、他種族は結託、エルフの魔法、ドワーフの技術、竜人の变化、そして人間という物量を利用し、魔族と戦った。その結果、魔族は大幅に数を減らし、戦いは終わった。だが魔族以外の種族にも多大な被害があった。ただ一つを除いて」


私はこの先を知っていた。だがエルターゼが話したいことが分からない。


「そう人間。他の種族に劣りながらも物量、さらには戦いで授かった魔法や技術で戦いで疲弊した他種族を支配していった。分けられていた領土の大半は人間が保有することになった。ここまでは人間が知っていることだ」


エルターゼはそう言うとニヤリと顔を歪ませる。


「魔族には支配するという本能が刻まれている。魔族は本能に従い戦った。魔物もまた本能で様々な種族を殺している。お前達には考えもつかないだろうな。魔物がどうして人を襲うのかを少しでも考えたことがあるか?どうして増えるのか考えたことがあるか?」


エルターゼは不気味にクククと言い出す。


「お前達はそれを人間の敵として容赦なく殺す。俺達に感情がないと思っているのか?だから平気で殺せるのか?人間以外の種族は長寿ゆえ、子が産まれないと言うのにお前達はあちこちで妊み、子を産み、湧いてくる。残酷だな、俺達はそっちのけか」


エルターゼは私へと近づく。


「人間は勝手な生き物だ。自らの支配を守るために勝手を通す生き物、お前もそれを味わったきただろう。そうでなければ何故ここにいる?お前は何故奴らの側にいる?そして奴らはお前に何をした?よく考えてみろ」


「…そう、あなたの言うとおりだ。私は尽くしていた人間に裏切られた」


「だが魔王様は寛大だ。そのようなことはしない。お前もこちらに来い。その心の闇、実に似つかわしい。鎖を今外してやる」


そう言った瞬間、エルターゼは鎖に触れる。直後鎖はパタンと地面に落ちる。


「契約の証だ。闇の衣、これを含めば絶大な闇の力を得る」


そう言うとどこからかエルターゼは三本指の手に禍々しい黒の塊を私に与えようとする。


私は解き放たれた体でそれをゆっくりと受け取り、それを一気に口に含む。


その瞬間、体中に巡る不思議な感覚、だがすぐに治まった。


「適応が早いな。だがこれでお前も我らの仲間だ。ではまず奴を殺せ。俺に証明して見せろ」


エルターゼは三角形の三本指を船長に指す。船長はこれまで黙っていたが、指された瞬間、「ひいっ」と情けない声を上げる。


「剣はこいつらのを使え」


エルターゼは船員のサーベルを拾い、私に投げる。


「ま、待ってくれぇ!た、頼む!助けて!」


船長は泣きながら懇願する。


「お、同じ人間だろ!そんな、や、やめてくれぇ!」


私は何も言わずに近づく。私はこの日、人間を捨てた。



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