第127話 如何にして悪へと堕ちたか(2)

気づけば魔物の死体が重なっていた。火は鎮火し、他のギルドから冒険者の応援もやって来た。


「おい!あんた大丈夫か?」


若い冒険者はボロボロな私を見て、そう声をかける。


「平気だ歩ける。それより彼女…もう一人の騎士は?」


「もう一人の騎士?ここにはあんた一人しかいなかったぞ」


「なっ…まさか魔物に攫われたのか…」


彼女に背後を任せ、目の前にいる魔物のみに集中していた自分を悔いる。もっと周囲を

見ておけば…だが冒険者は慌てる様子もなく


「いやそれはない。ここに来るまでの間、魔物達は一匹残さず俺達が狩っといた。人一人攫って逃げ出す量は見てないぞ」


「それは…本当か?」


「ああ、嘘じゃねぇよ。それよりあんただ。魔法省で治してもらったほうがいいだろ」


「いや、大丈夫だありがとう。悪いがちょっとここを離れていいか?」


「あぁ、構わないが?」


どうやら彼女は無言で立ち去ったらしい。せめて一声かけてくれればよかったと思ったが。


いや、もし彼女がこの場で剣を振るったことがバレればまずいだろう。王族は野蛮という話がでてもおかしくない。ましてや城を抜け出してまで魔物を斬りにきたとなれば。


もちろん好意的に国民を守ろうとしたと捉える人もいるだろう、いやほとんどそうだろうがあの王族はかなり批判されるのが嫌いだ。彼女という芽は紡ぐはずだ。


私は周りの冒険者達を尻目に王城へと帰った。


それからは事は早く進んだ。


「多くの国民がこの国を死守したお主を讃え、そして希望している。彼に下の名を与えよと」


王城にて王は威厳ある声でそう言った。


下の名。いわゆる家名、貴族などの身分の高い者にのみ使われれ、区別用語として生まれた新しい名前。


下の名の制度は国によって違うが、ほとんどの国が採用し、功績ある者の中から少数与えられる。


そしてヴェルムート王国という名は、彼ら一族の下の名、ヴェルムートからきていた。


「今日からお主はヴェルムート創設者の親衛隊隊長の名であるヘルグレンを与えよう。心して受け取るがよい」


なお、この国では下の名は王族と貴族が決める。


「バルトシュタイン ヘルグレンよ。これからもこの国のために尽くすのだ!」


それから私は多くの国民に王都を守った英雄として讃えられた。街に行けばその名を知らぬ者はいなかった。その勢いは英雄話に無頓着な者が多い冒険者にまで広がった。


だがそこに彼女の名前はもちろんなかった。この功績は私一人の者ではないことに後ろめたさを覚えることもあった。だが彼女は名がでないことを望んでいた。


そして私は一人の英雄としてしばらく讃えられ続けた。その勢いは止まなかった。


ある日、私は王城へと呼び出された。だがいつもとは様子が違った。周りの近衛兵は騎士団長の私が見た事のない者だったのだ。


そして王は静かにこう告げた。


「貴様を国家反逆罪の罪で捕らえる」


一瞬何を言っているのか分からなかった。私は思わず聞き返した。


「…今なんと?」


「聞こえなかったのか?貴様は大罪を犯したと言ったのだ!」


「わ、私は断じてそんなこと…」


「ええい!黙れ!」


その時、周りにいる持ち上げ貴族が声を上げた。


「貴様は脅威だ!この偉大なる王国の脅威だ!いらぬ女が増えた王の気持ちが分からぬか!?王は危惧しておられる。この国が滅び、国民が嘆くことを…」


「…は?」


「よいか!貴様は国民から讃えられ、称賛されている!貴様が国民を先導し、我々を叩きのめすかもしれない」


「なっ!?私はそのようなこと…」


「もうよい。貴様の処遇は既に決まっている。この者を牢に連れてゆけ!」


王は一喝した。言っていることが矛盾している。王国の脅威で国民の安全が脅かされたと言ったかと思えば、国民を先導しクーデターを起こす脅威になるなど。


そして私は剣や鎧を装備していない。王の御前だからと言う理由で外されたのだ。


「お、お待ち下さい!話を…」


私は必死に弁解しようとする。だが耳を貸す者はいなかった。


その時、バン!と扉が開かれる。そこにいたのは彼女、カノンだった。


「お父様…?何を…?」


「な、何故貴様がここに!?」


周りの貴族が驚きながら言ったかと思うと王は戸惑うことなく


「何をしている。ここはお前が来てよい場所ではない。早く帰れ!」


「か、彼に何を…」


「お前には関係ない!帰らぬか!それ以上ここにいるなら貴様も牢に入れるぞ!貴様のせいで我々王国が破滅するというのがまだ分からぬか!?」


「で、でも…」


「ええい!クソッ!早くどちらとも連れてゆけ!」


王は等々堪忍袋が切れたのか、激昂してそう言うと近衛兵は私とカノンを無言で連れて行こうとする。その近衛兵の目には生気が籠もっておらず、ただただ無言で事を行おうとしてくる。


「せ、せめてお話を…それに彼女は関係ないはずです!」


私はせめてカノンを庇おうとする。


「貴様は王族に意見する立場か!?貴様には関係ない!」


「私に下の名を与えてくれたのはあなただ!ならばせめて…」


「あれは仮だ!仮!国民の馬鹿共を黙らせるためだ!称賛されるのは我々だけでよい!我々だけがこの立場にいるのだ!」


「そ、そんな…」


近衛兵には魔法が何重にもかけられているのかビクリとも反撃できない。だがそんなに強化の魔法をもらっては痛みでまともに…


私はその時、近衛兵の目を見る。そして彼らに如何恐ろしいことをしたのかを悟る。


禁忌の魔法だ。魔法省の人間のみが使用できると言われる魔法。その効果は魔法省によってかなり激減されているものの強力な…


洗脳と記憶改竄。それは人の道理から外れたとされた上位魔法の中の上位魔法、人の根本を破壊するそれらはこう呼ばれていた。


禁忌魔法と。


「か、彼らに何を…まさか禁忌魔法を…」


「そうだ。魔法省などという我々より立場が上にいる気の奴らから盗んだ物だ。これで我々はクリステルなどという糞溜の隣国より上だということが証明できる。いやそれよりだ…我々が世界を握るのだ!その夢を壊す者は…いらぬ」


王は恐ろしい目でそう言った。暴論だ。全てが暴論だ。納得が一つもできない暴論。


王は狂っていた。自らの野望のために自らの娘と騎士を牢に入れるほど。周りの貴族は疑問に思わず、ただただ王の言うとおりにする。


私は気づかなかった。王の野望に。王が何故私に勲章を渡す時に笑わなかったその理由に。


「次の騎士団長は私の第一王子だ。異論は…ないな、反逆者よ」


私はもはや何も言えずにいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る