第126話 如何にして悪へと堕ちたか

自分の死が近づく時、走馬灯というものが見えるらしい。


バルトシュタイン ヘルグレンは彼女の顔を見ながらかつての過去が流れてきていた。


あぁ、これが走馬灯というものか。彼女の笑顔の邪魔だ。あの頃の思い出など…いや良い物もあったな。


私は彼女の成長を思い浮かべながら意識を失った。

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-ヴェルムート王国 王都-


カンカンという鐘の音。馬でのご帰還。その先頭に私は必ずいた。


「その優秀さを讃え、勲章を授けよう」


王は昔、何回も同じことを言って、私に飾りをつけた。パチパチという拍手の流れも何回も聞いた。


いつも通りの訓練。その時に少女を見つけた。


「君…どうしてここにいるんだ?」


子供の扱いを知らなかった。だからどう話しかければいいか分からなかった。


だが少女は怖がることなく私に答えた。


「私は…ヴェルムート王国第4王女のカノン ヴェルムートです…」


少女は怖がりこそしなかったものの目には暗闇がかかっており、なんとなくだが嫌な気がさしていた。


そして、王女という言葉を聞いて私は納得した。少女は噂に巻き込まれたのだと。


王族の間では、女の子を産んだ場合、その王族は覇権を取れなくなるという噂があった。


今期の王はいわゆるかなりの性的欲求を持っていると聞く。子宝は2人から3人という歴代の王の記録を越え、4人目を作らせたのだから。


さすがの魔法でも生命や時、法則、身体構造の変化などこの世の理を崩すことは不可能に近いとされている。だが性別にはわずかながらの干渉ができる。


多大な魔力と人員を導入し、母親の胎内に魔法の光が入るのは何回見ても不思議としか言いようがない。一節には科学によって性別の変化ができやすくなったとか。


だが完璧ではない。例外はあるものだ。王族と言えど、魔法精度は完璧にはできなかったのだろう。彼女は理不尽かつ望まれない子として産まれてきてしまった。


さて、私は目の前にいる少女にどう話そうかと戸惑う。仮にも王族、過度な接触は打首になりかねない。


「あぁ…そのお嬢さんはこんなところで何をしているんだ?」


口調が部下の兵士に話す時とつい同じになってしまう。これではかえって困らせてしまう。


「…何もしてないです。何もしなくていい…からって…」


「あ、あぁ、そうなのか…い」


「……」


このままでは話が途切れてしまう。いや別に途切れてもいいのだが、私は中途半端というのが好きではない。


「…ご両親…王様とお妃様はどこに?」


「お父様もお母様も私を置いて…お兄様と共に…出掛けに…」


なるほど。如何にもあの王様がやりそうなことだが、大雑把すぎではなかろうか。仮にも王女、もし何かしらの事故があった場合、国民にどう言うつもりだろうか。


…いや、そもそも彼女が生きてるのは、またこれも噂、王族の身内が18歳以下で自然の摂理以外で死ぬと王族自体が破滅するというのがあるからだろう。


詰まるところ、この王家は噂に塗れた生活をしている。それが本当かも分からないのにだ。


彼女は王族の汚点だが殺せない。だが何かしら自然の摂理…曖昧なものだ。それが何かは分からないがそれで死ぬことを望まれ、ここに放置されているのかもしれない。


私はどうしたものかと悩む。だが彼女は私から離れない。何かに興味を示しているようだ。


どうやら私の手元…しまった、剣を持ったままだ。


私は急いで剣を片付ける。子供には悪影響極まりない物騒なものだ。だな彼女、カノンは私に聞いてくる。


「それは…そのピカピカ光ってる、それは何ですか!」


返答に困る。


「えぇ、これは…これは悪、魔物を退治する物だよ。これは誰かを守るための物だ」


「誰かを…?」


「そうだ。自分の大切な人をね」


「そんな重いものどうやって使うの?あの、私に是非教えて…ほしい…です」


敬語がうまく使えない彼女ははずかしそうにそう言ってきた。自分は騎士団長の身、これを王に見られたらどう説明すればいいのだろう。あの頑固な王に。


だが今、王はいないらしい。ならば少し彼女に付き合ってみるのも悪くない。


「…分かった。ただ危ないからこれは駄目だ。子供用の軽い木刀を買ってくる。それまで、ここで待ってくれ」


「あ、はい!」


それから彼女は度々私のところにきて、剣を学んだ。彼女の成長はすごかった。王城内の兵士に良からぬ噂が流れぬよう、秘密の稽古場で彼女に剣を教えた。


剣一筋の私が危険を犯してまで彼女に教えたのかは分からなかった。親からは幼い頃に捨てられ、生き抜くために強くなった。そのための努力を怠ることはなかった私が…


そして月日が経ったある日のことだ。彼女が12歳を迎えたあの日に私は密かに彼女を祝っていた。最近剣を教えることはなかったが、彼女に剣と鎧をあげた。彼女は喜んでいた。


しかし突然、王城にあった鐘の音がけたたましく鳴り出した。


「大変です!一部の魔物が王都周辺の結界を破り、侵入!既に多数の被害が!」


部下の兵士は慌てた様子でそのことを伝えた。既に王都の辺境では被害がでているらしい。


「すぐに騎士団を編成しろ!住人の安全を最優先にしろ!」


すぐに私達は対応した。ありとあらゆる魑魅魍魎を斬り捨てた。しかし数が多すぎた。先行した私達だけでは手に負えなかった。


無論この辺り全てを吹き飛ばすことは容易だ。だがそれはできない。まだ逃げ切れていない人達がいるからだ。


そして私はいつの間にか一人になっていた。私は剣を構えた。最後まで諦めることはない。私は最後まで守ると決めたのだから。


その時、周りの空気がざわつきはじめる。いや、魔物達が騒いでいる。


私の後ろのほうから何かがくる。その瞬間、魔物達は私を無視し、後ろのほうへ飛びかかっていく。大きい赤いトカゲのような魔物だ。


だがその魔物達は程なくして亡骸となって帰ってくる。応援が来たのだ、けれど誰が…


そこには私がさっきあげた剣と鎧を持った騎士がいた。後ろでは魔物の襲撃により炎が上がっていたはずだ。だが彼女はここまで来ることができた。


まさか、炎に飛び込んだとでも言うのか。それ程の勇気が…魔物達がざわめくはずだ。


「エエイ!モノどもナにをしてイル?ヤツラをころセ!」


リーダ格の魔物、筋肉質で二本角の生えた人型の魔物が声を上げるが魔物達は動かない。


魔物には感情がないはずだ。故に恐怖を感じない。だから生身の人間にはできないことをする。それこそ炎に飛び込むことだって…


だが魔物達は動かないでいた。次の瞬間、そのリーダ格の魔物の首は吹き飛んでいた。


「ガッ!?ぬわああぁぁぁぁ!!ぁぁぁ!!」


断絶魔を上げて地に落ちる。いつの間にか彼女は私の後ろに立っていた。


「…どうしてここに?あなたは王女だ。ここで死なれたら私が困る」


「大丈夫です。あなたを困らせることはしません。それにあなたが最初に教えたくれたじゃないですか」


「…勇気か?だがあまりにも無謀…」


「誰かを守るって」


彼女はおそらく笑った。





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