第117話 香港襲撃事件(4)

ビルが崩れる音を聞きながら俺は最初に崩れたビルへと向かっていた。


「どうなってる?これ?」


ヒカルと合流するのに時間がかかってしまい、状況がよく理解できない。


「さぁ?分かんないけど」


「女の子達がいないよ。倒壊したビルに行ってたはずだけど。ガイムってアナリスと一緒じゃなかったの?」


「なんか分かんないけど逸れた。悪い」


そう言った俺にヒカルは呆れた顔をするも


「まぁいいや。とりあえず先に行こう…」


ヒカルの言葉を遮るようにして、すぐ真横のビルを何かが突き抜けていく。


「ヒカルあれは…ミサイルか?」


「知らね」


思ったよりあっさりとした感情だが、ビルを突き抜けてそのまま落ちてきた何かに目を引く。


「あれカノンじゃん!」


「マジ!?」


ヒカルも今気づいたようで驚いている。俺は咄嗟にカノンに駆け寄る。


カノンは止まってあったパトカーの上に落ちていた。パトカーのパンパーは衝撃で凹んでいる。


「カノン…えっと、大丈夫?」


「…なんと…か大丈夫で…す」


カノンはよろよろと立ち上がる。


「何があったん?」


「魔王…幹部です」


「マジ?じゃあさっきの爆発って…」


「ああ〜、これはやばいやつだ。俺は知ってる」


俺はかなりやばい出来事に陥ったことを悟った。ここにいるのは負傷したカノン、魔法がそもそも使えないヒカル、自分で言うのもなんだが、あまり役に立たない俺しかいない。こういう時は知恵を絞るべきなのだが…


「ヒカル、この国の軍隊であいつどうにかできないの?」


「中華人民解放軍とコネなんか持ってない。ただまあ警察なら…」


ヒカルはそう言うとスマホを開くが…


「…あれ?警察に繋がらない」


「え?」


「マジで、どうなってるんだ…。日本のモバイルwifiでも繋がる設定にしたはずなのに」


これには俺もヒカルも訳が分からないと言った表情になる。


「とにかく、また行かないと、アナリスさんやキルアさんが…」


「もう戦ってるの?」


そんな呑気なことを聞いてた時、後ろを警察車両が通り過ぎる。


「香港特殊部隊…」


ヒカルはそう呟いた。

____________________

アナリスは目の前にいる化け物じみた男と戦っていた。


ただ剣を振っているだけではない。しっかりと考えたうえでの行動が一層厄介だ。


「なるほど、ある程度の卑劣さもさることながら、実力もかなりのものだ」


「失礼だな。ドラゴンくらいなら私一人で倒せるレベルだってのに。君は随分と考えて行動するから、困るよ」


私が話している間にストレイターに地面のコンクリートをめいいっぱいぶつける。


「武神たるもの常に考え、行動する。ただ突っ込んでいくのは魔物と同じものだ」


「へぇ〜〜、人間やめた動きした奴がそれ言うんだ〜〜」


ストレイターはコンクリートを目に見えない斬撃で細切れにした後、私に距離を詰めてくる。ただこちらに突進するだけでなく、大剣からの衝撃波を出しながら進んでくるため、隙がない。


「[石化]!」


私が叫んだ次の瞬間、ストレイターの体が一瞬、灰色の石像へと変化する。そこに錬金術を加えれば死ぬまで石化させることができる。


だだしこれは小型中型の魔物において、もっと言えば強さもそこそこの奴程度でないと意味がない。こいつ程の奴となると…


「フン!」


ストレイターは両手を目一杯開き、石化を強引に解く。ここまでは予想通り。私が手をかざした瞬間


ストレイターの足元に魔法陣が展開される。あの短時間で展開されるのはさすがのストレイターも予想できないだろう。


魔法陣からは光に包まれた黄金色の巨大な拳がストレイターの体を宙に浮かす形で打ち上げられる。


それを逃すまいと、続いて切り裂く風での連続攻撃。トドメの地面に叩きつけるかのように[滝壺]、そして[焔]を一気に発動させる。


「なるほど…[光の鉄拳]からの[旋風]…随分と早いものだ」


しかしそれらの攻撃を喰らっても、ストレイターは立ち上がる。傷はいくらか見えるが。


「そうあっさり立ち上がられると賢者の名が廃れるんだけど」


「上位魔法を連続で唱えられるあたり…あんたな賢者なのは理解できていたが、まだまだ私は死なんな」


「そう、ならもっと喰らえ!」


私が次の魔法を準備した時、人の気配を後ろから感じる。魔力はない、この世界の住人。


「SDU!?早!」


「またまた来たというわけだ」


HK53カービンを手にしたもはや軍人かとも思えるような緑に黄色味がかかった防護服と黒のヘルメットを着たおよそ14人の部隊が私達の周りを素早く取り囲んでいた。


SDUこと香港特殊部隊。香港市内での人質救出作戦や対テロ作戦を主とする約150人程度の部隊。不本意な香港市内でのドンパチとは言え、用意が万端すぎる。

私が暇で調べていた部隊の動きがここまで早いことはWikipediaには載っていなかった。


「武器を降ろせ!5秒以内に地面に伏せなければ撃つぞ!」


真ん中にいる隊長格の男はそう脅してくる。本当に5秒以内に伏せなければ撃ってくるだろう。それに私もおそらく含まれているに違いない。


「5秒、か。敵と遭遇した時は容赦なく殺さなければいけない。相手に油断を与えてはならないことを…」


私は前を向いてストレイターと目を合わせる。


「死を持って教えてやろう」


私は自分とストレイターの立っていた地面ごと空中に浮かした。


「なっ!?」


「浮いた!?」


既に下と言える位置で特殊部隊は上空へと銃を構えているが、あまりの出来事に驚愕して動けないようだ。


当然だ。なにせこの世界では地面が突然、重力を無視して浮かび上がることはない。


高度25m程度まで一気に上げる。私はストレイターの立っている地面のみを崩し、落下させる。


「ほう、だがぁ!まだまだだ!」


ストレイターはそう言うと空中で剣を振るう。直後衝撃波が私の浮いた地面を壊しにかかる。


「マジか!地面に足が着いてない状態でもできるとか」


ストレイターは何も言わず、ただこちらを意味深な笑みを浮かべながら、落ちていく。


(まさかローブの中身覗かれてる?)


しかし、ローブははだけることなく、ピタリと張り付いていたため安心する。


「あ、えっとそんなこと考えてる場合じゃないよね」


もうすぐで地面に着く。それまでにストレイターに一発ぶちかまして華麗に着地したいところだが。


「どりゃぁぁぁ!!!」


突然の叫びと共に、ストレイターの横から何かがひょこっと現れる。


「よくも投げやがったな!」


キルアはそう言うと持っていたナイフを器用に回しながら、首裏、背中、足膝裏と這うように斬っていく。これで奴の大剣は大丈夫なわけだが…


「あの高さでも生きているとは…」


「あたしの張り付く力舐めんなよお!」


「う〜ん。う〜ん」


私はずっとこの様子を見ているわけだが、一言叫びたい。


「タイミング悪すぎ!もう!」


これじゃあキルアも巻き込んでしまうので魔法が使えない。仕方ないので…


「ほい!よっと!」


「え?」


キルアが素っ頓狂な声を上げる。当然だ、落下スピードを上げて、キルアの足をがしりと掴み上げたからだ。もちろんその這うようにしていた宿主ことストレイターは目の前だ。


「カノンのぶんだよ」


私はそう言うとストレイターの鳩尾目掛けて思いっ切り蹴りを入れた。ストレイターの落下スピードが上がっていくのが分かる。


私は蹴った反動を利用し、バウンドするように近場のビルの窓を割りながら入り込む。デスクやら椅子やらが目の前にある。


バリーン!


「痛い痛い痛い」


ガラスの破片が突き刺さるが、手首から血が出るだけで済んだようだ。掴んだキルアを見てみると明らかに恐怖の表情へと変わっている。


「おおおおい!死ぬとこだったぞ!壁にぶつかって!」


私は無言でキルアを下ろす。キルアは不服そうにフーフー言ってるがそれどころではない。


「あいつ死んだかな?」


私がそう言った瞬間、ビルが傾いた。床全体が傾き、段々と角度が広がる。


「まさか!?」


おそらくストレイターがこのビルの土台を斬ったのだろう。このままだと生き埋めになってしまう。


でもこの感じ…


「ニューヨークと同じじゃん!もおお!!!」


ビルは灰色の煙を上げながら側面が地面へと落ちていく。


あいつ、ストレイターはワイバーンことザッヴァーのぶんだよとか思ってそうだなと思いながら私は魔法を発動させようとした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る