1965年(19)

「ステパーシン…死んだ?」


「そうだ」


シェレーピンは冷酷に…短く肯定の言葉を発する。


「…そうですか」


彼とは1週間前に会った。その前までは他人なわけだが…何故だろう。なんだか虚しさを感じる。この虚しさは…そう、カシヤノフを亡くした時と同じだ。


「多臓器不全でどうにもならない状態だったらしいが…」


「もう寿命は近かったと…」


「ああ、愚かにも私の前に来たことでその寿命を削ってしまったわけだが…」


「本当に愚か…だったのですか?」


私は思わずそう聞いてしまった。だがシェレーピンはそれには触れず


「…機密会談が行われた。スイスのジュネーブでな。貴様にその時の話をしろと書記長殿が言っていた」


「話?」


「私達はナーガその他の情報をアメリカに渡し、警戒体制を解除。最後までアメリカに非はないとほざいていたが、アメリカはベトナム戦争時代の一部兵器の使用を控える正印を印した。これで決着は着いた」


「それは…良かった」


「だが、アメリカとしては納得がいかないらしい。そもそもこちら側が攻撃を仕掛けてきたと解釈し、CIA諜報員が…ドラゴンについての情報を私達に公開したと言った時、アメリカ側は明らかに不服そうだった。情報を勝手に漏らされた上、戦艦が撃墜されたからな。要件はもう一つある」


「……」


私は黙る。アメリカは私に対して不服を抱いている。そして今日まで私が生かされているということは…


「アメリカは貴様の身柄を渡してほしいらしい」


「……そうですか」


「こちら側で死刑という訳にはいかず、アメリカは貴様が手に入れたありとあらゆる情報が欲しいらしい」


「それで私は?」


「アメリカに渡す。もともとナーガの情報は渡したわけだ。尋問には何も話さなかったそうだが…。キーロフには私が知る限りアメリカが知りたい情報は今の所ないからな。両者の要件は若干不一致だが…」


…完全な関係修復とは行かなかったらしい。だがこれは私の思った以上の良い関係となった。アメリカ側は戦艦沈没での被害的にまだ不服、ソ連側としては誤解を突き付けられた上、アメリカから様々な圧力を掛けられるという事態となったが…


彼らはそれでも決めたのだ。この星、地球を守ろうと。戦火に覆われないようにすることを。


「行け。話は終わりだ」


「もういいのですか?」


「…ステパーシンの死は私も残念だと思っている」


「…そう聞けて彼も天国で喜ぶでしょう」


「……」


シェレーピンはそれ以上何も言わない、私は扉を開ける。


外に兵士はおらず、代わりに一週間ぶりに会う男、ジョーヒンがいた。


「…ジョーヒン、まだあんたに本名を伝えていなかったな?」


「…そうだろうな」


「私はナイジェル ブライアン。よろしく頼む」


これがソ連の地において本名を明かした人物の二人目である。

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1965年 アムチトカ島でドラゴン出現。アイオワ級戦艦沈没。28人死亡。東西関係悪化。リアリティの問題及びその機密度の高さによる情報統制により世論の感知できない表面化の緊張状態突入


同年 悪化原因のアムチトカ島のドラゴン、アラスカ州に接近。F-5の迎撃により阻止するが、1機撃墜される。デフコン2に引き上げ。戦略空軍がグリーンランド、フォックス諸島にて確認


同年 スイス ジュネーブにて緊張機密会談が行われる。アメリカ、ソ連の2ヶ国の交渉により緊張緩和


同年 ソ連軍原子力潜水艦、アムチトカ島のドラゴンに核攻撃。アメリカのソ連に対する攻撃疑惑の一部消失。しかしベトナム戦争での両者の支援が増大。米国は北ベトナムへの爆撃の増大を要請。


1967年 Top Sercet Agency(TSA)発足。設立者 ナイジェル ブライアン及びミハイル ジョーヒン。


1967年 EC(ヨーロッパ共同体)の設立


1969年 アポロ11号、月面着陸


1971年 インド パキスタンで全面戦争勃発


1973年 第四次中東戦争勃発


1975年 ベトナムの首都 サイゴン陥落。ベトナム戦争、事実上の終了


1976年 ベトナム統一


1977年 ニューヨーク大停電発生


1980年 モスクワオリンピック、西側諸国がボイコット


1984年 ロサンゼルスオリンピックで東側諸国が報復のボイコット


1988年 イラン イラク戦争勃発


1989年 ベルリンの壁崩壊。東西ドイツの統一。一人の男の勘違いが生み出した




1991年 ソビエト社会主義共和国連邦の崩壊。冷戦の幕が閉じる

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2014年 5月28日 現地標準時

午後1時3分

スウェーデン ストックホルム南総合病院

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白い病室。シンプル。花の置かれている。赤いラベンダー。誰が置いたのか分からない。病院で働く人が置いたのだろうか。


「ミスターブライアン…」


隣にいるのは誰だろうか。いや、見たことある。私の組織の人間。声を掛けられている。


「君は…新しく私の座に就くものか…私の命の終わりも近いようだ…」


「あなたは頑張りました」


「そうか…言ってもらえて嬉しいよ」


「キューバ危機、ソ連の潜水艦が核攻撃を行おうとした時があった。だがそれを止めた人は同じ潜水艦に乗っていた副艦長だ。だが彼の名前をほとんどの人は知らない。彼は世界を救った英雄なのに…あなたも同じです。あなたは英雄だ」


「英雄か…」


そう聞ける人生があるとは思わなかった。既に私の体は徐々に浮いているような感覚へと陥っていた。


ジョーヒン。10年前に亡くなった彼のもとに行くのは近いようだ。


「私も…そちらへと行くよ」


ーナイジェル ブライアン 老衰により死亡ー

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君が新たなKGB局長に就くことをまずはおめでとうと言おう。まずは我々の最重要情報を君に…ナーガの非じゃない物だ。


ブルガリアの修道院で17世紀の文献が見つかった。内容は魔法使い、これは奴らTSAに渡す情報だが、魔法使い存在を裏付ける物だ。多次元宇宙、またの名を異世界の存在もこれから確認されることだろう。


だが、まだ発見された物はある。我々が1965年、ドラゴン騒動と同時期に発見した文献は一つだけじゃない。


儀式と言うべきか。彼、17世紀の魔法使いはこちらの世界にやって来るために儀式を行ったそうだ。その際に用いたのが半径10km以内の爆発エネルギーを一箇所に収集する道具だったと未知の言語とされている…だが私達でも理解できる謎の言語で書いてある。


…ここまで聞いて、君も疑問に思ったことがあるだろう。ドラゴンは何故こちらの世界にやって来たのか?と


私達の考えでは、多次元宇宙と仮定した世界とこちらの世界にはなんらかの因果関係があると推測されている。つまり、儀式以外でもこちらの世界に来る方法はあるわけだ。


ならば、こちらの世界からあちらの世界に行く事も可能になる。その方法…そのヒントとなる物は私達のみぞ知る。おそらく大量のエネルギーあるいは力によって次元が歪むことでの移動。


TSAには魔法使いが発見されたことのみを伝える。奴らがそれをどう見るかは分からない。一方通行あるいは両方に通じる門があると考えるかは分からないが…


私達があんな交渉で良しとしたと思うか?いやそんなことはない。奴らは私達を舐め腐っている。


多次元宇宙…異世界という新天地の行き方をアメリカが知る必要はない。ソビエトの光は永久に失われることはないのだ。


1968年 ルビャンカビルにて行われた前期KGB局長が次期KGB局長に向けた発言


前期KGB局長名 レオニード シェレーピン



















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