第62話 ヒカルの過去(5)

アオイは家の中に入ったからと言って何もしないし何も言わなかった。


とりあえずちゃぶ台を中心に、その周りに座らせる。


「……何があった?早く教えてくれないかとっとと済ませたい」


ユウタは優しさの欠片もない発言をする。こんなんで大丈夫かな…助っ人がほしいからここに来たわけなんだが。


「……」


「なんで話さないんだ?話したくないことかそんなに?」


「……ひどい目にあった」


「ひどい目?」


この尋問みたいな話し方でアオイがやっと自分に起きたことを少しだが話した。


「……俺達はお前の記憶の中にあるひどい目に合わせた人と同じ目にしない。まぁその…味方だ。大丈夫だ話せ」


「でも…話したり逃げだしちゃ駄目って言ってた」


「え?逃げ出したからここにいるんだろ?じゃあ話してもいいじゃん」


ユウタの正論がアオイの心に刺さったのかアオイは…


「そのあの私、私は…」


「なぁ、これ以上は駄目じゃないか?」


思わず俺が止めに入るがユウタは


「いや、この為に俺のもとに来たんじゃないのかよ」


「いやまぁ、そうだけどやり方ってもんが…」


「俺は俺のやり方でいくから勝手にする。連れてきたのはお前だしな」


ユウタはそう言うとアオイに再び


「大丈夫。話していい。お前も分かるだろ俺達が敵…じゃないことくらい。なんで自殺しようとするまで追い詰められたんだ?」


「わ、私は……うん分かった」


ここでアオイは決心がついたのかとうとう話しだした。


「……私今まで辛かったの。なんでこんな目にあわなきゃいけないのかって……売られたの」


「売られた?」


「売るって言ってたから私を、私を…」


ここでアオイの目からは涙がでる。何があるんだ?ここから先?


「売られて…飛行機の中に乗せられて…そのあと怖い人達がたくさんいた。白いスーツを着てて金髪だった」


アオイは啜る。


「それで…それで私ね、いろんなことをされた。体中にいろんなことを。訳の分からないことを言いながら私の体を…なんて言うのか分からない」


「大丈夫。続けて」


ユウタはなんとも言えない表情でそう言う。話がきな臭くなってきた。


「おもちゃみたいに私を扱って…しばらくそんなことが続いた。私の他にもたくさんの女の子がいた。皆いつも泣いてた。私も泣いてた。私も彼女達も服すら着てない状態だった…………あとは分からない。しばらくしてまた飛行機に乗った時に逃げ出したの。服はその時は着せられてた。とにかく逃げ出した。人がいないところに。それで崖があった場所に着いたの。それでもう疲れ切って逃げられないと思ったからもう終わらせたいって…」


彼女は全て話終えたようだ。涙がポトポトと落ちる。俺とユウタは心底驚愕したんだと思う。あまりにも辛すぎた。


「と、とりあえず落ち着いて」


俺の声は震えていたし上ずっていた。そう言っても彼女は泣き止まない。俺はユウタに向かって言う。


「何…これ?どういうことだ?」


ユウタは今までのやる気ない感じとはうってかわり、真剣そうな表情へと変える。


「分かんない。多分相当辛かったと思う」


ユウタがそんなことを言うとは思わなかった。他人の気持ちを配慮しないと思っていたが彼にも人の心はあったのだ。


「相当辛いって…ほんとうかよこれ…」


「そもそも売られたってなんなんだ…」


ユウタの感情は珍しく起伏している。俺はかなり動揺している。話を聞いただけだぞ。


「う、売られたって誰に売られたと思う?ねぇ」


「知るわけないだろ俺が。…アオイだっけ?ほんとにそんなことあったのか?」


ユウタはアオイに問いかける。アオイは啜り泣きながら


「辛かった!辛いよ辛い…」


「あ……そうか」


ユウタはそれ以上何も言わなかった。彼女が泣くのをやめたのは彼女が泣き疲れて夢の世界に入った時だった。


俺達二人は彼女の涙で赤くなった寝顔を他所に低いトーンで話し合う。俺がまずユウタに話す。


「売られた…売春ってことかな?」


「多分そんなとこだろ。飛行機に乗ったって言ってたから海外に連れて行かれたのかもしれない」


「海外の大富豪が彼女を買った…そういうのかな?」


「さぁな。本人は記憶にないって言ってたからな。ショップで閉ざしているだけもかもしれないが」


「多分思い出せないだけだと思う。あまりにショック過ぎて閉ざしているとか…記憶喪失に近いんじゃないかな」


「そうだろうな…彼女どうするんだ?警察に届けるべきだろう。明らかに犯罪だ」


「犯罪者達がそれを言うとなるとまったく信用できないでしょ。…ユウタは今絵師やってんだっけ?それなら元犯罪者達だけど」


「…………俺が預かる」


「へ?」


「だから俺が預かるこの家で。別に二人だと生活できないわけじゃない」


「いやそういう問題じゃないだろ」


俺はユウタがそんな無責任な発言をする奴とは思わなかった。極度のめんどくさがり屋の癖に変なことに首をツッこむ矛盾を抱えていながらも一貫して自己保身を考える男のはずだ。それに同棲とか問題がありすぎる。まず16歳の少年少女がどうやって暮らす?周りは山奥、人の助けもなしに暮らせるのか?ユウタ一人でもよく暮らせるなと思えるのに二人でだなんて…


他にも彼女はこのことを望むのだろうか。もしかしたら何かが違うかもしれない。彼女が嘘をついているかもしれないのに。


「大丈夫かお前…病院に行ってこいよ」


「保険証がないから無理だ。それに俺は正常だ。別に俺のことなんだからお前には関係ないだろう」


ユウタはそう言うと


「明日にはここから出ていっていいぞ俺が説明しておくから」


「いや待てよ…まさかお前彼女に恋でもしたのか?だから」


「そんなわけない。どこが魅力的だ?それに俺は手伝いがほしい、彼女は助けがほしい。その条件をここで満たせるだろ」


ユウタは対等ではない条件を言ってきた。正論なんかではない暴論だ。


ユウタはその後も引き下がらなかった。


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