エピソード49 その日、シリアスはリアルを僭称した。

「ホント好きだよね」

「いや、だってさ、バッドエンドの方がこう……本質をついていると思うんだよな」

「語るねぇ~」

「話を始めたのはユリの方だろ」

 俺はいつからかバッドエンドと呼ばれる作品へと傾倒し、そしてそういった物語を蒐集するのが人生における大方の楽しみとなっていた。

 サブカル趣味とメンヘラ気質が混ざった男子大学生に、残念ながら友だちは少なく、むしろ要らない派に近い価値観へと拗らせていった。

 そんな俺にとって、ユリが帰国したのは、ひとつの、そしてそれなりに大きな変化だ。


 ユリとは幼稚園から小学校低学年まで一緒で、自宅も近所だったことから、結構仲良くしていた。拗らせる前どころか、自我もまだ確立する前の話なので、男女の違いなど関係なく、素直に僕らは笑いあっていた。


「あ、飾ってくれてるんだ」

 バッドエンドだらけの本棚に、異質にも手乗りサイズのクマの人形が座っている。

「え、あぁ、他にいい置き場もないし、だからって引き出しの奥に入れてたら怒るだろ」

「さっすが、よく分かってるね」

 ユリは小学3年の春に、父親の仕事の都合で海外にいった。それがイギリスだったということは、このお土産を貰うまで知らなかったのだけれど。


「それにしても背のびたね~」

「親戚のオバサn」

「は?」

「ンがくれたクッキー食べる!?」

「ありがと~でもお腹いっぱいかな」

 冗談が通じないのは昔からだが、今の方が威圧感がある気がする。そうそう、質問攻めの時とかも結構……

「なぁに?」

「いえなんでもー」


 思えばバッドエンドにハマりだしたのも、ユリが引越した後辺りだったかもしれない。気心の知れた友だちが失うのも、それは『シナリオ』のせい。

 不条理というものは、ホモ・サピエンスが知性を得た瞬間からきっと存在していたはずだ。それを乗り越える為に儀礼や社会が生まれていった。

 そしてそれをより強く感じるために、コロセウムでの血まみれの剣闘や、コンテンツが溢れる現代におけるバッドエンド作品の享受。

 全ては脳の容量だけがデカくなった人類の不幸中の幸いで成り立っている。


「どうしたの?」

「ユリは…………」

 希望は人を狂わせる。ハッピーエンドが待っていると思うからこそ、余計に絶望が目に染みるんだ。

 だから僕は口から出かかった、寂寞せきばくの念を飲み込み、今ある日常を束の間のセーブポイントとして堪能することにしたんだ。

 いずれユリが居なくなっても辛くないように。

「どうしたの、何かヘンだよ」

「たしかにな」


 その夜、僕は妙な夢を見た。

 ユリが再びイギリスへ戻ることになったと打ち明けてきた際に、あれほど達観していたはずの僕が、ユリに告白していた。

 でも印象に残ってるのは、そのあとだ。

 ユリはなぜか、あのクマの人形を抱えて、手招きしている。そこはもう先ほどまでの場所とは違って、どこか真っ暗闇で、可視光線がないはずなのに、しっかりとユリとクマだけが見えている。

 僕はその場の恐怖と告白への返事知りたさに、ずっとユリを追いかけると、気づけば僕は檻の中。

 クマが鍵を飲み込んで、それから永久とわにユリに監禁される夢。


 それで言うんだ。

『バッドエンドについて考える余裕があるうちはまだ大丈夫。な~んにも頭に言葉が出なくなったらときこそゲームオーバーなんだよ?だから……』



「おーい」

「うわッッ!!??」

 目が覚めたのに、どうしてまだの中なんだ。

「汗びっしょりだね、着替える?」

「ユリ……どうして」

「う~ん、それはきっと君のバッドエンド好きと同じ理由なんじゃないかな。私もね、ずっと寂しかったの。知らない、何を言ってるかも分からない土地で、兄弟もいない私は悟ったんだよきっと。


 ユリが得たのは威圧などという生半可なものではなかったらしい。

「ずっと私だけをみてれば、苦しまなくて済むんだよ」

 それが幸福は相対的だが、快楽は普遍的だ。

 不条理と一緒に過ごしてきた人間は、やがて本能を改めて意識することとなる。

「そう、私だけを」

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