エピソード42 喪致乎“愛”而止。

 子游しゆうが曰わく、喪は哀をいたして止む。


「それ、綺麗だね」

 今日は三回目のデートだ。さり気なく、とはいかずに率直に俺は彼女―月宮つきみやはな―のペンダントを褒める。あえて誇るなら、これは低俗なデートマニュアル本の受け売りではなく、れっきとした本心からそう伝えたという一点である。

「ふふ、私の一番のお気に入り」

 ドキッとした。その笑顔もさることながら、彼女が『一番』という言葉を使ったことにだ。

 というのも、ゼミで知り合って、いつしか親密な異性の友達になり、そして先日、正式に恋人となった僕らであるが、いささかオーバーなほどに、彼女は僕のことを『一番』という。いや、これは惚気ではない。マジで、事あるごとに『でも一番は』という枕詞が付くのだ。


「あ、ごめん」

「え?」

「嫉妬しちゃった?」

 ニヤニヤしながら上目遣いでそう尋ねる。策士め。マインドコントロールや『パブロフの犬』とはこのような状態を言うに違いない!

「でも君も、この宝石も、私にはかけがえのないものだから」

「もしかして………誰かの形見、とか?」

「うん……」

 僕はアホだ。馬鹿だ。

「ごめんな」

「ううん、謝ることないよ…………ね、モーニングジュエリーって知ってる?」

「朝の宝石?」

「ふふ、違うよ。発音は同じでも、つづりはMourning。朝だとMorning。これは悲しむ、とか喪に服するとかの意味がある「Mourn」の名詞形なんだって」

「喪に服する………つまり形見専用の宝石、みたいな?」

「うん、それも特別な」

 そう聞くと、いかに自分から綺麗と言った真っ黒のペンダントであっても、何だか別のモノに見えてくる気がした。


「モーニングジュエリーにはね、遺髪が中に入ってるの」

「い、遺髪!?」

 映画などで、故人の写真がロケットの中に入っているのは観たことがあるが。

「誰のだと思う?」

「へ」


 パカッと空いて、先ほど連想したような感じで、中は鏡になっていた。


 違う。



 てっきり自分がそこに映し出されたいたために、鏡だと錯覚したが、そこにはまぎれもなく、自分のが張り付けられていた。それも黒い一本の髪と共に。


子游しゆうが曰わく、喪は哀をいたして止む」

「呪文………!?」

「ううん、今のは『論語』の一節だよ。意味はね、[子游が言いました、

 <喪においてはただ心を尽くして悲しむばかりで良い>]」

「悲しむばかり」


「そう、無理に忘れたり、別の恋を探す必要なんてない。こうして一生、この世とあの世も一緒に添い遂げれば、ね」


 彼女が僕にべったりだったのではなかったのだ。

 僕が彼女から離れることができなかった。もはやこの世ならざるものであるから。

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