エピソード41 助手がマウスに私の名を付ける件

「結果は、タカヒロが生き残って、ミウラが死にました」

「うん…………」

 助手・加藤かとう咲来さくらは今日も淡々と実験結果を報告する。ただ引っかかるのは毎度、成功例となる実験用マウスの仮称が私・白木しらき孝弘たかひろを彷彿とさせるものであり、その反対に死亡例などの哀しき犠牲種の仮名を、他のラボメンバーにしている点である。

 無論、仮称などに意味はなく、記録にそのまま『タカヒロ』などと書くことは無いので、彼女の隙に呼べばいいのだろうが、やはり関係性は日々悪化しているように見受けられる。

「もうそろそろ、マウスに名前を付けるのはやめた方が………」

「白木先生見てください。ふふ、タカヒロ君、発情してますよ」

「やめなさい!?」


 彼女が研究員として所属するようになったのは、意外にもまだ半年前。特別講師として一度、大学で講義をし、彼女はそれを受講したことで、進路を定めたという。

 そして月日は流れ、気づけば彼女は私にしだした。有り体に言えば好意を抱き始めたらしい。

 それ自体は非常に光栄なことではあるのだが、その表れがこのような排他的なものであると、どうにも浮かれていられない。

 しかしそれはこちらの落ち度だ。

 もし私が彼女に対して、少しくも好意的に捉えていなければ、総合責任者として、どうして今もって彼女を助手として所属させているだろうか。

 組織の和を乱しているのは、案外、私の方だったりするのかもしれない。そう、ただ現象を待っている、あの『タカヒロ』と同じように。


「お悩みですか?」

 あくまでも彼女は科学者だ。ほんのわずかな機微もしっかりと観察している。

「……いや、同じなのは名前だけではないのかもなって」

「はい?」

「マウスの『タカヒロ』だよ」

「そうですね、白木先生も時々、小動物みたいで私好きです」

「おじさんに一番合わない言葉では」

「でも今さっき似てるって自分から」

「…………キモいね」

「ふふ、キモくないですよ」

 彼女は優しく微笑みつつ、マウスのいるゲージに歩み寄る。

 そして慣れた手つきで『タカヒロ』を抱きかかえ、そして―――――



「でも、私はやっぱりが一番好きです」


 意図して狂暴化させた被験体マウス・ナンバー019と同じカゴに入れられた。

 通称、『サクラ』というマウスによって、みるみるうちに生気を失う『タカヒロ』を見ていると、やはり私はと思ってしまった。

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