エピソード35 革命と宣誓の諸相

 自分の血をこうもまじまじと見るのは、幼い頃にお風呂場で鼻血が出た時以来かもしれない。

 最大の違いは、中二病的な好奇心によって見つめているか、ではなく、目の前にが居て、一緒にゆっくりと流れる血液を目で追っているという点である。これは異常だが、彼女の話ぶりから察するに、仕方のないことらしい。


「つまり、学生の自殺というのは哀しいかな、今も昔も絶えることはありませんが、それでも華厳けごんの滝において、藤村ふじむらみさおが、近くにある樫の木を削り、『巌頭がんとう之感のかん』と題して哲学的な悩みを遺書に残し、投身自殺したという出来事は、当時から大きな話題となり、彼の講師であったあの夏目漱石にも影響を与え、その後数年のうちに藤村に追随する自殺が相次いぎ、いよいよ自殺の名所となるなど、もはや私たちを驚かすことの無くなった原義的センセーショナルな出来事も、一つまみの思想を含むことで、それは<a passionate few>、すなわち熱狂的な少数によって語り継がれるのです」



 僕が告白した女性・鮎川あゆかわ百合子ゆりこは革命家だった。


「私は一時代の産物としてではなく、れっきとした一個人として死にたいのです」

「それは、僕も同感」

「うんうん、流石ウッチーだね」

 ウッチーとは僕のニックネームで、本名は内田うちだ義介よしすけ

 少し優柔不断なところがある僕は、大学で彼女と知り合って以来、少しずつ好意を寄せていった。

 そして先ほど、僕は告白し、見事OKを頂いたと思いきや、なんと早速のプレゼントとして、親愛なるキスではなく、ポケットサイズのナイフをぐさり。


「そのためにも、ウッチーにはになってもらいたいの」

「血がどくどく出て、それを二人で、観察すれば、なれるのかな」

「成れるよ。私、ずっとウッチーが好きだったんだ。だから告白されて嬉しかった。ホントだよ。でも、それでOKして、今夜はお泊り、なんて腐るほどそこらで話されてるよね」

「まぁ」

「だから、私たちは血を交わして、本当の恋を俗世間に知らしめるの」

「お、おい」

 そろそろ僕も叫ぶ気力が無くなってきたが、少なくとも彼女が死ぬのは阻止したいという、伊達さは僕の中から流れ出てはいなかったらしい。

「僕が、死ぬだけじゃ、ダメなの?」

「ダメだね、ハッキリ言って。それは卑怯だし、批判にもならないから。単なる自殺、もしくは殺人ではなくて、思想犯として、革命家として、永遠の愛を本当の意味で誓った者達としてこの世を去るには、君が先に刺されて、ゆっくりと愛を語りつつ、私が君の血で血を洗い、そしてついに私の方が先に死ぬの。それでこそ、ゴシップとして語られる奇怪eccentricではなく、文学として人々に語り掛ける奇怪grotesqueになるんだよ」


 彼女の思想をもっと聞きたい。

 その想いは生存本能か、それとも愛か。

 だが彼女が僕のように腹の一部ではなく、首にナイフを構えている行動原理は、まぎれもなく愛と知れた僕は、幸福者なのだろうか。


ありがとね」

 最期の言葉は、思いがけないものだった。

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