エピソード34 嘔吐、稲妻の如き愛を

「うおぇっ…………はぁはぁ」

 後頭部を殴られた痛みはどこへやら、今となっては吐き気が脳内を支配し、もはや動物以下の思考能力すら怪しい。

 船酔いのような、あたかも永続的に続きそうな吐き気。

 それを転校生の女の子の前で見せることとなるとは。


「わたし、まだから、もう一回聞いていい?春子はるこちゃんとは付き合ってるのかな?」

 春子と比べれば少し短めの髪型なので、言っている本人の目は、たとえ僕が体勢的にうずくまっていたとしてもハッキリ見える。それは狂気という他ないのが、高校二年の語彙の限界にして、この状況の証拠だ。

 僕は転校初日の女子に痛めつけられている。

 だが彼女の容姿も、常軌を逸した発言もやはりヤンキー的な、いじめ的なものではなく、それ故に僕もどう対処してよいか定まらない。

 例えば相手が僕より強い暴漢だったとしよう。

 対処法は、金か、やり返しか、逃げるか、生配信で晒すか、警察を呼ぶか。

 だが今回はそのどれもがしっくりこないというか、正攻法に思えない。吐き気のせいだとしても。


 第一、手足を縛られているため、ろくな方法はとれないという、嘔吐マシーン状態なのだ。

 ちなみに縛られた原因は後頭部の打撃による気絶。吐き気の原因は―――

「ゔッッ!」

「いじわるしないでよ」

 スカートの丈など気にしない強いキックがローファーと共に僕の腹部に繰り出される。

 思わず目に涙がにじんだことも、決して見逃さず、再び彼女はほんのりとピンクがかったリップを塗った唇でふき取ってしまう。

「………だから、う、幼馴染だって」

「幼馴染って弁当をわざわざ作ってあげる仲なんだ、ここ地域って」

「いやそれは春子が」

 目元から耳元へと彼女は顔を動かし、そっと告げる。

「もう名前呼ばない方がいいと思うよ」

「はい…………」

 負けた。だがこのまま完敗にもっていくわけには。


「サキちゃんのことも、聞きたいな」

「え?」

 効いたようだ。やはりこの状況で、このフレーズは想定外らしい。

「本当に聞いてくれるの?」

「う、うん」

「ありがと………!」

 寝転がった体勢で抱きつかれて、少し胸があたってるどうこうより、やはり腹の痛みに響くのでそっと抱きついてほしいという気持ちが強い。

「じゃ、ゆっくり話そっか」

 はじめて見た笑顔に心を許した途端、今度は正面から殴られた。


 以降、僕は彼女と日々を送っている。

 どうも二か月後には籍を入れるとのことだ。二人だけの世界が完成するって、彼女喜んでたな―――――

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