エピソード11 人間は自由という刑に処されている

「あの!良かったら一緒にどうですか!」


 2018年4月6日、僕の学生生活は本格的に始まった。

 それを実感させたのは大講堂で行われた時間割に関する手続きや学長のお言葉でもない。

 サークル勧誘。


 学生の本分が学業であった時代とは日本の歴史上、一度でもあったのだろうか。

 明治時代から昭和にかけては立身出世、もちろん現代にもその要素は十分にあるが、むしろ現代社会の特徴をあえて言えば友人製造の場であるという現状であろうか。

 ともかく僕は定番から同好会に至るまで、興味があればチラシを貰った。この内何枚が精査され、決めた一枚にしてもゴミ箱へ向かうとなると、いよいよ自然界の鉄槌は近いのかもしれない。


 だけどもここは勧誘スポットじゃない。大学規則で彼女が罰せられるのかは一回生成りたての僕には分かりかねるが、ともかく非効率であるのは断言できた。

 大学生である実感がサークル勧誘であったのは、僕が早くも友人製造に失敗しかかっていたからだ。

 そうでなければ今頃、女子大生か男友達かで若さゆえの過ちというものを享楽的に経験していたはずなのだから。こんな大学のすみっこに居ることなく。


 そして彼女は別な意味でこの場に合っていた。

「リバタリアンサークルって何ですか」

 ベジタリアン的な何らかの主義者であるのは分かるけども、聞いたことの無い言葉だ。


「興味アリかな?リバタリアンってのはリバタリアニズムを主義にしてる人たちのこと!」

 小難しそうな話のわりにバカっぽいなこの人。まったく説明になってないんだよ。

「うんうん、ちょっと、お話しようか!部室へご招待だよ!」



 大学生活の充実をと沢山詰め込んだ勧誘チラシにこれといって良いサークルがなかったのと、勧誘してきた上級生の女が結構可愛かったのもあって、怪しげなサークルの本拠地へまんまと来てしまった。阿呆な僕。


「ふむふむ秋月くんね。私はリバタリアンサークルの姫、リサちゃんだよ~」

 今すぐ出て行こうと思ったが、名前を既に言ってしまっていたのでここは刺激せずに風化を待つ。

「冗談だよ、ジョーダン。三沢理沙みさわりさです。二回生です。心理学部です。よろしくです」

「よろしくお願いします」

 未だ宗教サークルの可能性は消えていないので学部までは言わないでおく。


「それで、リバタリニズムって?」

「リバタリアニズムね。ま~簡単に言ったら完全自由主義!もしくは自由至上主義かな!ほいコーヒー」

「ありがとうございます……」

 完全自由主義。やはり聞き覚えがないが、語源はリバティに近いのだろうことは高校英語の知識でも理解できた。


「それで、どういう活動を?」

「いろいろだよ~リバタリアニズムの説明会とかぁ、自由とは何ぞや!みたいな?」

「疑問形で言われても」

「とにかく自由だよ~それが重要だもんね」

 まあそうだろう。単なる自由主義ではなく、完全、なのだから。


「それで、他の皆さんは?」

「さ~分かんない」

「例会とかは……?」

「無いよ」

 自由過ぎる。それはもう自らをよしとするというより放縦ほうじゅうなほどに。


「ね、恋人は?いないよね。フリーは自由だよ。最近は束縛とかも凄い人が多いしね~恋愛そのものが拘束的だしね」

 突然の饒舌にたじろいだ。これが大学の知性なのかと、どこから得た訳でもない先入観と妙に合致してゆく。


「ね、私が本当の完全な自由を教えてあげる。その為にはさ、まずは不自由を体験してみない?」


 言っていることは滅茶苦茶だけど、不思議と僕は心惹かれた。彼女が病んでいる訳でもなければ、メンヘラそうでもなかったのが好印象なのかもしれないし、単純に今後訪れるであろう寂しさや孤独を前もって打ち消しておきたいという功利的打算かもしれない。

 だが、結構ですと断る選択肢は不自由ながら持ち合わせてはいなかった。



「一緒に自由になろうね。私たちの無政府で何の縛りもない世界の姫と王子様に。あ、もう少しコーヒー飲んでおいてね。になるから」

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