エピソード10 鏡
「殺したいほど好き。でもそんな事をする女は
とろとろとした表情で語る女子高生。
きっとそれはどこまでも本心で、決してイタズラでも罰ゲームでもないのだろうという気づきが更なる絶望へといざなう。
どうしてこんな可愛い子が僕に話しかけてくるのだろうか、そう感じた数時間前の想いは今でも変わりない。
ただそのベクトルが若干、修正されただけで。
「ごめんね、変な事はしないし、痛いことも趣味じゃないから。だから安心して少しの間、お話しよ?」
ファーというかモフモフの毛がついたファッショナブルな手錠?によって椅子から身動きが取れない以上、いかにこちらが男子大学生といえども、反撃のしようがない。ちなみに手は背中側にあるので、本当はモコモコな動物が近くで寝ているだけというメルヘンな可能性もありうる。
「怒らずに聞いてほしい、君とはどこかで会ったっけ?」
「うん怒らないよ。ちなみに答えはYESだよ」
マジか、まったく見覚えがないし、こういう再会を果たす因果も思い当たらない。
「ちょ、オイ!怒るなって!?」
口約束なんてやはり信用できない。彼女はスカートのポケットからハサミを取り出した。
「怒ってないよ?だって私を支配してるのは伊吹さんへの恋心だもん」
そもそも今思えば、危険な質問をせずとも、ある種の通り魔的に僕がこうなった訳ではないことくらいすぐ分かった。
「君は伊吹さんって呼ぶけど、僕は憶えてないんだ。だ、だからさ、失礼だけども名前を知りたいな」
手をあごに据えて『ん~』と少し唸る様子に、別な違和感を覚えずにいられない。本名を言うのを躊躇するというには、日常において数限りある状況。
勿論僕にとっては非日常に違いないが、彼女にとってもやはり後ろめたさがあるというのなら、必ずしも彼女の言葉をそのまま鵜呑みにしてはならないという事になる。
ところでここは彼女の家なのだろうか。少しばかり殺風景なのもあって、その住人が男でもあり得る感じだが。
「ここ、気になる?」
「まあね。もしかしたら他にも誰かいるかもしれないし」
「誰もいないよ。だってここは伊吹さんの部屋だもん」
「僕の!?」
おかしい。見知らぬ女子高生に拘束されている以上に。
自分の部屋を記憶していない。
これは何よりも異常な、非日常な指標に違いなかった。
「最初から何もかもやり直すの」
「最初から………?だめだ、わかんないよ」
「伊吹さんは何も心配しなくて大丈夫だから。私が寄り添うから。ずっとずっと、ね」
こんな状況でも女の子に抱きしめられて少しドキッとする余裕があったとは。
でも、右手のハサミに映ってる女の子は誰だろう。
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