エピソード9 生きる糧をアナタに
『早川さん、いつもありがとうね』
「改まって何ですか、水谷さん」
私はあくまでも、健康飲料をせっせと運ぶ<ヤンルトレディ>の仕事として、毎日お宅へ寄っているだけで、何も通い妻になろうなんてつまりはない。
でも、水谷さんにこうして笑顔で感謝されると、悪い気はしないっていうか、嬉しい。
『早川さんもおひとつどうですか?』
もう、自分が飲む為に運んでるって何だかバカみたい。でも、童心に帰れるというか、水谷さんの前なら、バカな女になってしまう私。
「こんなにおいしい飲み物を毎日運んでたんだ」
『でしょ?これは俺としても改めてお礼を言わなくちゃならない代物さ』
うっとり、という表現しか心の中にないだなんて、私の義務教育は少女マンガで終わってるのかしら。
「夏美、そろそろ仕事じゃないの?」
やば。こういう時だけは実家ぐらしで良かったと切に感じる。別に母はアラームではないけど、いい年してうっとりしちゃってるもうすぐ三十路には、こういう存在が精神衛生上、必要だったりする。
「行ってきます」
何万回と見たあの顔にキスを済ませて、いつも通り布をかぶせると、急いで原付バイクへ。
『行ってらっしゃい』
「夏美、最近しょっちゅう電話してるのね」
「え、してないけど」
「じゃあ、独り言?テレビってワケじゃなさそうだったし」
「そんなわけないでしょ。急ぐから!」
彼との話を聞かれていた。変な噂がたったら水谷さんも迷惑だろうから、今度からは気をつけなくちゃ。
でも、どこで話そうかな。
手鏡だと満足できないし、ん~悩むなあ゛あ゛――――
*****
「娘は、夏美は無事なんですか!?!?」
「車と衝突したダメージで右腕は骨折していますが、両車共、スピードが低かったため、重体には…………しかしですね、夏美さんの場合、独り言、まぁ、ある種の妄想の世界に閉じ籠ることで、今回の事故から精神を守っているようです」
「夏美は幼い頃からモノマネが得意で、二重人格?みたいな子だったんです。中学生の頃に亡くなった幼馴染の水谷君という子のモノマネを今でも続けていて」
「今のところ、精神科で治療するレベルの症状は確認できないので、問題ないですよお母さん。骨折と共にそっと見守りましょう」
「何卒宜しくお願い致します………」
「水谷さん、痛いの。とても怖いの」
『俺が一生、貴女のそばに居ますからね』
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