エピソード7 超情報管理社会

「これって…………」

 トーストを頬張りながらシャツのボタンをとめつつ、片手間にスマホを見る典型的な平のサラリーマン(26歳)なオレ。

 ニュースを見ても専門知識は無いのだから、分かりやすく解説したり、経済の動向を的確に分析する力などは一切ない。

 それでも、ネットの炎上の火種というのは、大衆にこそ理解しやすいものなのだ。


「オレ、だよな」

 見慣れたスマホに映ってるのはポイ捨て写真や『一名様おひとつまで』と書かれたお手拭きを一気に七個くらい持ち帰る盗撮?写真が話題になっていた。


 <日常に潜む軽犯罪。噓つきは泥棒の始まりって習った事ないのかな?>


 コメントに賛同したり、揚げ足取りだと擁護しているようで実際は燃料を投下している者もいるなど、今日も今日とてネットには大多数の人類が居座っていた。


 しかし今日は、そこにオレらしき人物がいる。

 いや、他人のそら似と決めつけたいが、残念ながら心覚えがある。二枚とも横顔ではあるものの、オレのことを知っている人間であれば、これがそっくりさんなどではないとすぐに分かる事だろう。


 さて、この世にはデジタルタトゥーという事態もあるように、こうして刻み込まれた糾弾は、文字通り『末代までの恥』となるのである。

 デジタルアーカイブスの進歩発展は、こういった弊害をも生じさせるものだ。テレビの評論家も、文明の発展が、人類を不幸にさせると言っていたのを見たことがある。


 文明論の成否は無視してとにかく今はネクタイにジャケット。

 ネットで炎上しようが、リアルには日常がいつまでも続く。



 はずだった。

 会社に着くや否や、上司に会議室に呼び出され、内辞が言い渡された。早い話が、もし特定されたり、取引先の方にバレるならば、企業イメージの破壊も甚だしいとして、対応という訳らしい。


 失業保険でしばらくは過ごすとして、また大学の頃みたいに、いや、それ以上に必死になって面接を潜り抜けるとなると、やけになってもっと重犯罪を犯しそうになる。


「大丈夫?顔色悪いけど」

「あ~あんまり大丈夫ではないかな、ははは」

 他人に笑われるのが嫌だからか、自然と乾いた笑みがこぼれる。

「じゃ、久しぶりに二人で飲む?」

 岡野さんは同僚というのもあって、男女の境なく、時折一緒に飲んだりしている。大学の頃ならデート目的で行動してたのだろうが、社会人になってみれば、ストレス発散、上司の愚痴で、あえて狙わなければ恋愛対象になりはなしない。

 これをして若人は、若さが遠き彼方に過ぎ去ったとカッコつけるのだろうな。


 *****


「ね、リストラってマジなの?」

「もう知ってるのかよ」

「マジなんだ」

「実はさ…………」

 説明すればするほどに、オレは大人からほど遠くなっていった。

 そして酔いの助けか災いか、岡野さんに母性を重ね合わせて自分自身を保っていた。


「次の仕事が見つかるまで、一緒にいてもいいよ」

 頭を優しく撫でてくれる岡野さんは、いつも知っている彼女ではなく、どこまでも甘えていいような、それでいて早く一人前の姿を見せてあげたいような温かみに溢れかえっていた。


「オレ、絶対頑張るから、だから、さ……え?」


 彼女がSNSに投稿するために写真を撮ったカクテルの次に表示されている写真は、今朝日本人の多くが目にしただった。

「それって」


「あ、ごめん!保存したとかじゃなくてね!」

 アルコールに顔を赤らめる彼女は手を大きく振って誤解だと言う。


 そう、彼女のフォルダにある例の写真はきっと彼女の言う通り、ネットから保存したのではない。

 だって、週刊誌や犯罪者みたいな黒い目隠しが、その写真には施されていなかったのだから。

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