エピソード6 破壊と創造と独占
「
日頃、大学で文学を学び、文芸サークルで自ら創作する僕らであっても、部員の女子を品評する言葉そのものは、中学生の時から変わっていない。
同じ近代文学専攻の佐々木だけじゃない、二年の先輩も密かに狙っているという噂だ。
それほどまでに、われらが文芸サークルでの女性比率のみならず、世間的評価であっても、彼女・
皆が皆、彼女の美貌と、華の女子大生らしい少し挑発的な色気とに、文学も実学も無しにほだされていたのである。僕もまた、影響が無かった訳ではない。和歌に手をのばしたのは単なる気まぐれではない。
それを察した同じく一年の山本は「恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか」という
しかしそれも、非モテ文学青年たちの儚い理想でしかなかった。
入部して僕らも幾分か慣れ親しんできた頃合い。
二年の
理由はこれぞまさに現代小説と、僕らは陰で笑ったものだが、愛憎のもつれという奴だった。
すなわち、一人の女性を彼らは愛しており、三角関係が発覚するや否や、溝内先輩は何を血迷ったのか、文芸サークルらしからぬ暴力的解決に打って出たのである。
結果は悲惨。
溝内先輩がサークルを去ったのは言わずもがな、喧嘩になった際、部室の窓ガラスを割ってしまい、僕らは部費から弁償する事となり、おまけに一ヶ月活動謹慎。それだけでなく、部費の大幅赤字のせいで、合宿旅行も中止。
宮本先輩は謝罪の意を込めて、サークルを辞めることとなった。そこには気まずさもあったに違いない。
なぜなら、その一人の女性こそ、他でもない、篠崎美央であったからだ。
事実上、彼女はどちらの先輩とも交際していない。
だが、火のない所に煙は立たぬ上に、大火事となった事をふまえれば、僕らの中で、篠崎美央は『魔性の女』と噂されるようになった。
これまで古今東西の文学によって、愛による破滅を空想の上で知っている僕たちは、相も変わらず心惹かれるのに、トゲ、いや、短刀をその身に隠している事に、魅力的に
そして、今回の事件。
いや、事件と言っても、今度は前回みたく暴力沙汰には発展していないものの、かえって、泥沼というか、つまり、三年の部長・
そして更にややこしいのは、その噂の元が、今回ははっきりしており、それがあの和歌で嫌味を言う公家的精神のある山本である。
実を言うと、これはかなり深刻な問題だ。
僕らの文芸サークルは、かなりの弱小で、三年は今年、畠山先輩しか残っておらず、四年はここの伝統的に進級と共にサークルを卒業するので、つまりは、僕以外の全員がいわくつきとなった訳である。
ネチネチとした上級生からの嫌がらせ。サークルという組織である以上、やはりそういった側面は無かった訳ではあるまいが、明らかにここ最近はエスカレートしている。
おまけに山本に関してはあたかも元凶の如く両者から嫌われており、なるほど、公家が煙たがられる訳だと、一つの縮図を目の前で展開されている。
「
本当の元凶である篠崎美央は、このように普段通り、僕にも話し続けている。その様子を見ていると、ともすれば、非モテ共が勝手に舞い上がているだけなのでは、と少し呆れも思わせる。
何よりこの距離感。僕にボディータッチするたびに、畠山先輩は舌打ちをしている。
きっと、ミニスカなどに惑わされた彼らが、より近づけばサークルだしヤラせてくれるなどと邪推した結果に違いない。
嫉妬も色欲も罪であるのを知らぬ彼でもあるまいに。
*****
「ねー聞いた? 畠山先輩、飲酒運転で捕まって、停学処分だってさ」
部室に入ると、そこには篠崎美央しか居なかった。まずいなと思ったのが本音だ。
本来なら、美人JDと二人っきりなんて夢心地でしかないが、この場合、誰かほかのサークルメンバーに見られたなら、山本どころか、僕こそが真犯人のように恨まれるに違いないからだ。
だがそんな身勝手な保身安堵よりも差し迫った事実が、更に僕を困惑させた。
「馬鹿だよね、大学生の飲酒運転なんて。一番捕まりやすいのに」
同感と言えば同感だが、彼女は一体誰から聞いたのだろう。
プライドの高い先輩だ、こうして現にあざ笑っている彼女にうち明かすだろうか。僕が知らないということは、もちろんグループL〇NEにも書かれていないし、仇とは言え、佐々木がその情報を仕入れているなら、僕にも何か言ってきたに違いない。
「実はね、私が先輩を呼んだんだ。お酒飲んでるって知ってるのに」
ゆったりと耳元へ語りかける彼女に、少しの興奮と強い恐怖を感じていた。
「どうして先輩は君の所に?」
「誘ったから」
彼女の言う誘うとは、おそらく、『夕食に』ではなく、『夜の相手』としての方なのだろう。いや、ダブルミーニングに悩まされたのはそれこそ畠山先輩の方なのかもしれない。
「悪い先輩は私が通報しておいたの」
この言葉が決定打だった。つまるところ、彼女にふさわしい呼び名は『魔性の女』ではなく―――
「サークルクラッシャー」
「それは酷いよ~。私はただ、邪魔者の居ない、私たちだけの王国を作りたかっただけなのに」
「私たち?」
「うん、私たち。椎名君の事が新歓の時から好きだったの。でも、全然二人っきりになれないし、しかもアイツら、私の事イヤらしい目で見てくるから、排除したの。でも、セクハラはダメゼッタイだもんね。私、悪くないよね。だから、そんな顔しないで?これからはいっぱい二人でサークル活動しよ?」
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