エピソード5 廃仏毀釈ノ気運アリ

「あれ、千佳ちかちゃん?」

「あ、智也ともやくんだ」

 コンビニで今晩のお供であるプリンを買った帰り道、恋人に偶然遭遇した。恋人とは親友以上家族未満の親密度を指すが、こうしてふと出会うと、不思議な感覚に陥る。際限なく寄り添う存在であるからこそ、偶然性が二人の仲に介入してくるのが目だってならない。


「寄ってく?」

「いいの?」

 プリンはあいにく一つしかないので、最悪の場合、今夜破局してしまうかもしれないが。

 とにかく、僕らは街灯と人影が少ないのを良しとして、腕を組み合って夜道を歩いていた。こういう時、和服文化が日常から消え去ったのが惜しくてならない。

 自由恋愛とは情緒至上主義者たちによるものであり、わが国特有の文化は案外、この愛し方を輸入するのに適していたのであろう。


「火事?」

「この辺りなのかな」

 そんな情緒が破壊されたのは、これまた残念なことに消防車のサイレンであった。火事と喧嘩は江戸の華というくらいだ、やはり今夜はプリン争奪戦が展開されることとなるに違いない。


「ん、おいしい」

 紳士でジェントルマンでそして彼ぴっぴな僕は、可愛い彼女にプリンをあげた。糖分の摂取予定が消失しようとも、甘い生活が保障されたのだから、この世は案外甘っちょろいと、甘い考えに至った訳だ。


「あ、近くじゃん。これ……さっきのやつかな」

 小型テレビに映っているのは、真っ赤な炎と真っ赤な消防車と焼け落ちる近所のお寺。

「よく燃えてるね。撮ってないで、リポーターもバケツリレーすれば、テレビ局の株も上がるのに。イメージだけじゃなくて株式市場でもね~」

 そういう僕らも、ジュース片手に、ぼんやりとテレビを見続けている。そしてテレビが『原因は放火とみられます』と言えば、愚直にも腹を立てる。


「ちょっと不安になっちゃった」

 彼女は僕にべったりとくっ付く。甘い香りがすることを、シャンプーのおかげだとすることが多いが、トリートメントの努力も認めてあげたいような気になる。これをしてフェミニンと言うと、セクハラもしくは差別発言になりかねないのが昨今。

 いや、考え過ぎか?しかし配慮というものには終わりがない。

 告白をゴールのように捉える学生が、いざ結婚してみると、やっと果てしない道のりがまだまだ続くのを悟るように、愛の表現も『好き』の一点張りではやがて差し支える。

 何も言わずにハグし、サラサラのショートボブを撫でるのもまた、彼氏からの愛の表現であると信じている。



 それから数日後、彼女はお巡りさん二人組に連れていかれた。

 消火活動のしなかったテレビ局は千佳ちゃんの犯行動機を放火魔のようだと言い、シリアルキラーのように報道していた。あんなに可愛い子がサイコパスなはずがないのに。



『智也くんがいてくれるなら、神も仏も用済み』

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