エピソード4 不審者と呼ばれぬ為には

「あの、これは…………」

 すれ違いざまに声をかけられたかと思えば、いきなり少し厚みのある茶封筒を握らされる。

「お兄さんは甘いもの好きだよね。きっと今からドーナツ屋さんで読書するんでしょ?でも、ドーナツって結構高かったりするよね。だからお兄さん、育ち盛りなのに、基本的に一つしか注文してないし」


 スーツ姿のビジネスウーマン風の女性がつらつらと語りだしたのは、人違いとは思いにくい、れっきとした事実。

 ホームズであれば、僕の所有している品々から、そう豪勢な遊び方をしていないという点から見破るだろうが、甘党に関しては?

 僕が糖尿病的な兆候を表している、もしくはお菓子の外装のゴミがポケットから覗かしているならまだしも、いかにして語りだすことができようか。


 その答えはむしろ、僕が名探偵ではなく、凡人だからこそすぐさま思いついた。

 つまりは、同じドーナツ屋の常連か、ストーカーか。

 では答え合わせといこう。

「あの、どこかでお会いしましたっけ」

「覚えてくれてたんだ!」

「い、いや、そういう訳では」

 妙なところで話がつまるので、仕方なく茶封筒を覗くと、やはり嫌な予感は的中するもので、まごうことなき札束であった。


「あの、お返しします」

「受け取って」

 ………こっわ。何この人。徐々にヤバさが脳髄を刺激してくるタイプの事案。

「それ、私が頑張って働いたの。だから別にやましいお金じゃないからね。強盗したお金を、安全のために渡したとかじゃないから」

 じゃあ、何のためなんだよ。マザーテレサ的な慈悲の心でもあるまいし。まさか心理学部の壮大な社会実験か?

「じゃあ………このお金はお返しするので、一緒に食べます?」

「いいの!!??」


 かくして僕は、新手の逆ナンパのような展開へと着地させた訳である。

 ところがどうだ、いざお姉さんとドーナツ屋へ行ってみると、例の茶封筒片手にホイホイ注文しまくる。

「あの……」

 よく食べますね?いや、遠回りな癖にデリカシーが無いな。

「食べきれなかったら、持って帰れば大丈夫だから」

 そうかもしれないけども。僕が義務教育下にある年齢なら、もはや通報されるのでは。

「帰るの遅くなるって言っとこ」

「ん、誰に? 彼女じゃないよね」

「母親です。勿論マザコンでもないです」

「あ、それならしなくていいよ」

「いや、そういう習慣なんで」


「君の家族は今日から、私になったから」

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