エピソード2 清く正しい交際

「へ~なかなかカッコイイじゃん」

「えへへ、でしょ?」

 ミヤちゃんは僕の彼女だ。その向かいに居るのは友達だそうだが、交流はない。聞き耳を立てていた訳ではないが、偶然にもこうして褒められると、どういう顔をすればいいのか迷う。

 相手の方がもし、聞こえると承知で言っていたなら。その時こそ、面倒と言える。


 ミヤちゃんは同じ文芸部の一員で、これまた同じ大学一年生。知り合いのいない僕らは、仮初の友情を演じることで、なんとか『大学ぼっち』なる蔑称を避けようと、自然に近づいたのだが、いつの間にか僕らは恋人となっていた。


 我ながら容姿の方は、ミヤちゃんの友人のお墨付きであることからも、それほど卑下しなければならない悲しき運命を背負った『みにくいアヒルの子』ではないようだが、ミヤちゃんの隣に立てば、それも彼氏として行動するとなると、今のように色々と思案せざるを得ないのが実際の所だ。


 サブカル女子。

 ミヤちゃんの事を説明する時には、もしかするとこの言葉を使うといいかもしれない。

 顔立ちは可愛い系、背も低め。ちょこちょこと歩きまわる様はまさに小動物。

 だが、彼女があざとい系でなく、あえてサブカルとしたのは、その出で立ちにある。

 某国の軍帽のような、あるいはアメリカンポリスのような重厚な仕上がりを誇る漆黒の帽子が第一に目に付く。

 真っ黒なのはそれだけでなく、今の時期はもうすぐ前期末に当たるが、それでもなお、毎週欠かさず、様々な種類の黒衣をまとって、キャンパス内を歩き、人目をはばからずに僕にひっついてくる。


真魚まおくん、さっきの子とボク、どっちが好き?」

 もはや今となっては、ボクっ娘というのも気にならず、ベルトコンベア作業の如く、「ミヤちゃんだよ」と言う体たらく。


 彼女と付き合ったのも、思えば先ほどのような詐欺まがいの文言からだった―――

『高木………真魚くんって読むんだ。珍しいね。カッコいいね。ねえ、何か好きなモノってある?』

 新歓で隣になった彼女は、既に酔いが回っているのか、立て板に水の如くまくし立ててきた。

『いや、読書以外にこれといって趣味はないかな、ははは』

『そうなんだ~ね、この中で誰が一番可愛い?』

 初対面と言って差し支えない間柄で、こうして切り出してくるとは、ぞろいかと思われた文芸部も流石は大学サークルの一端か、と幾分か感激したが、先輩女子二名は、無礼千万な事ではあるが、お世辞にも可愛いとは言い難いように感じられた。


『松尾さん、かな』

『ミヤでいいよ~、ていうか、口説いてる?』

『い、いや、そんなつもりじゃ』

『ボクは真魚くんのこと、好きになっちゃった』

『え!?』

『他に好きなモノが無いなら、私が一番ってことだよね。じゃあさ………付き合お』



 当然『付き合います!』と即断できる男らしさは、名前と違って持ち合わせていないので、新歓後も少し話し合うことで、めでたくお付き合いがスタートした訳だ。

 彼女の屁理屈、いやワガママの方がこの場合響きがいいので、そう捉えるが、とにかく、彼女の問答法はソクラテスもびっくりな似非三段論法が主流であって、気づけば僕は彼女のロジックにがんじがらめという有り様である。

 世間で奥さんの尻に敷かれている旦那様連中は、案外、こういうのが実態なのだろうかと早くも世情を知りつつある今日この頃です。


「ところで、さっき、ほんの少し聞こえたんだけどさ」

「な~に?」

 右肩に彼女の帽子と顔があたる。うん、イマジナリーフレンドではない。ならば、ここはしっかり聞いておかねば。


「夫って紹介してなかった?」


 付き合って数ヶ月が経ち、ようやくミヤちゃんは僕との間柄を紹介してくれた。というのも、彼女はしばらくの間、誰も寄せ付けないかのように、僕の行動を規制(束縛)していたのだが、いざこうして解禁となると彼氏ではなく、夫と表現していた。幸せな日々だからといって、何もそのようなお花畑な聞き間違いをするはずもなく、ならば言い間違いか?

 それも違う。なぜならかの女友達が微笑ましげに相槌を打つだけで、訂正などの反応は見受けられなかったからだ。


「ホントに言ってるの」


 ヤバい。僕らは基本的に喧嘩はしない。あるとすれば彼女からのだけだ。変な意味ではなくて。

「い、いや、彼氏の方がこの場合は………」


 彼女は僕を論破せんとして何かをリュックサックから取り出す。国語辞典か?それとも古文書か?


「婚姻届」


 婚姻届婚姻届婚姻届婚姻届婚姻届婚姻届――――


「ちょっと話しよっか」

「うん、ボク、ずっと真魚くんとお話してたい」

「そういうことじゃなくて」


「死がふたりを分かつまで、ずっと一緒だよ」

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