ヤンデレ女子は健気に生くる

綾波 宗水

2021年①

エピソード1 名人、土に親しみ愛をこねる

「先生の作品はまさに当代随一の名に劣らぬ逸品ぞろいですね!」


『月刊△△』の記者の男はそういって、パシャパシャと横から写真を撮る。

 ろくろにあって、もう幾工程かを重ねる事で、いずれ催されるであろう展覧会などに陳列されるという事が想像に難くないこの茶碗だけでなく、きっと彼の写真には、私の姿までも収められているに違いない。


 陶芸特集として先日からこの男は、私のアトリエを歩きまわっている。幸い、薄っぺらいお世辞以外に目に付く行為は特になく、以前、某美術館で特別展を開いてくれたスポンサーの一社であるから、仕方なしに取材を受けている。


「『美人陶芸家』、うん、悪くないぞ」

 下世話な独り言も、ある意味では月刊誌の記者としてそれなりの情熱があるのだろう、と自分に言い聞かせている。

「ん、休憩ですか?」

「コーヒーでいいですか?」

「え、あ、お構いなく」

 とは言うものの、いい加減がうろうろしているのにも限界に近付いているのは、自分が一番よく分かっていた。


 どうせこの男は真意を見抜くことはない。


 それは多くの評論家とされる重鎮たちがそうであったからだ。

 確かに彼らの言う通り、自分の想いを込めて作陶している。でも、その想いが何であるかを喝破した人は誰もいない。


「じゃ、先生、お疲れ様です。明日、数枚お写真を撮らせていただいて、取材は終わりとさせていただく予定です」

「お疲れ様です」


 鍵を閉めると、そこには文字通り私だけの空間が再び生まれた。

 ここには私と、私の想いだけが詰まった陶器しかない。そう感じると自然と表情がほころぶ。


 今度は鍵のかかった引き出しを開けて、の写真の入った写真立てを取り出す。

 これで、いよいよ、に戻る事ができた。


 天才・北大路きたおおじ魯山人ろさんじんは『器は料理のきもの』と言って、美食の世界に食材と調理法だけでなく、食器にまでこだわったそうだが、それは真理だと思う。

 こうしてあの人を使、あの人の写真を眺めながらとる食事は、王侯貴族にだって、そう易々と再現できるものじゃない。

 陶芸家、それも自分で言うのは少しはばかれるけど、一流の人間でないと、こうも満足して使うことはできない。


 ましてや私はコレクターでもない。

 あの人が好きだからって、付き合ったり結婚するのは私の性分に合わないし、彼だってその内、別な女に誘惑されるかもしれない。

 私たちの子どもがいれば、私だけの愛じゃなくなってしまう。

 それは良いことでありつつ、とても辛いことでもある。


 だから私は陶芸家としての運命に、そして彼という生命に感謝をし、コレクターではなく、創作者として、彼を愛することにした。

 人間は衰え、やがては塵に還る。


 でも、あの人は私が死んでもなお、生き続けるだろう。それも私の名と共に。

 世間は私と彼を世紀のカップル、前世からの因縁のようにもてはやし、幾代にもわたって、一個の芸術として鑑賞し続けるに違いない。


 そう断言できるからこそ、私は彼を作陶窯のあるここに、土として、そして陶器としてした。

 彼が私の旦那さんなら、親しめば親しむほど、私に嫌気がさしたかもしれない。

 

 でも、陶器なら味が出てくる。それは作り手である私が彼の使用者であるだけでなく、その場にあった目的で使い分ける理解者であり、彼の汚れやメンテナンスをする妻であり母だからだ。


 そしてを模倣できる人間は誰も存在しない。

 彼の成分を含んだ土と私の腕が無ければ、金輪際、同じ風に仕上げることはできない。

 それはまさに、私たちが稀代の

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