07話.[絶対に来させる]

 入学手続きを終えて四月から大学に通えるようになった。

 そして歩の合格発表日も過ぎて、約束通り父が外食に連れて行ってくれた。

 泣いていたのは少し予想外だったけれど、楽しい時間を過ごせたと思う。


「ホワイトデーね」

「おい、どうして俺を見て言うんだ?」

「歩になにか用意しているわよね?」

「そりゃまあな」


 今日のこれは頼んだわけではない。

 何故か朝から家に来て居座っているのだ。

 歩は今日も学校からあるから大変そうだった。

 あと、濱田君の相手をすることも同じぐらい大変だろう。


「あ、そうそう、ある程度稼げるようになったらひとり暮らしをするんだけどさ、そうなったら歩を住ませてもいいか?」

「え、それは両親に言ってもらわないと」

「そうだよな、じゃあ認めてもらえるように頑張らないとな」


 それよりもそこまで長続きさせることに集中した方がいい気がする。

 高校で魅力的な異性と出会って~なんてことになる可能性もゼロではない。

 異性がいるのは高校だけではないのだ、いまはとにかく仲を深めることに集中するべきだ。


「で、相馬先生からは?」

「なにもないわ、必要ないわよ」

「なんだよつまらねえなあ」


 そんなことを言われても向こうにその気がなければ意味のない話で。

 私も少しばたばたしていたから仮にきていても再度お礼を言って終わるだけだった。

 だからいいのだ、へー合格したのかー程度でいい。

 あ、そもそも未登録メールからきたから見ることなく終わっているかもしれない。

 それならそれでいい、会えば会うほど気持ちが強くなってしまうわけだし。


「まあいい、俺からのお返しはこれだな」

「これを見ておいて私に聞いたの?」


『おめでとうと言っておいてくれ』というメッセージが彼に送られてきているのにこっちになにかが起こっているわけがない、もしなにかが起きていたら私が彼を呼んでいるところだ。


「あなたこそ私のこと嫌いよね、いてくれたのも歩と付き合うためだったのでしょう?」

「いや、十二月まで知らなかったしな」

「ふんっ、男の子はみんなしらばっくれるのよ」


 とりあえず一緒にいる意味がないから追い出しておく。

 歩とはまあ普通に自分の家で会えばいいだろう、それでキスでもなんでもすればいい。

 すぐに先生のことを出してくるから嫌なのだ、終わったことなんだからやめてほしかった。


「静は素直じゃねえなあ」

「な、なんで中に……」

「まあまあ、俺が協力してやるから頑張ってみようぜ?」


 大学に入学してからじゃ忙しくなるから、らしい。

 仲良くしたいなら自分がすればいいのではないだろうか?

 正攻法で先生の連絡先だってゲットできているわけだし、家だって教えてもらっていたし。


「今日の夜までいるつもりだから仕事が終わったら寄るように言うわ」

「あの人が来るわけないじゃない」

「絶対に来させる」


 それならこちらは来ない方に賭けて過ごしていることにしよう。

 それから数時間が経過して夕方頃に歩が帰ってきた。

 露骨にいちゃいちゃとし始めたので、こちらは気にせずに夜ご飯作りに励むことに。

 大体、十九時頃に父が帰宅、母が二十時頃に帰宅。

 家族揃ってご飯を食べて(もちろん濱田君もいる)、二十一時前には洗い物などを終えた。

 当然のように先生は来なかった、当たり前だ。


「おかしいな」

「いいから帰りなさい、歩にお返しだって渡せたでしょう?」

「じゃ、送ってくれ」

「嫌よ……」

「いいから、帰りは送ってやるからさ」


 なんでそんな無意味なことを……。

 まあでも帰る気がなさそうだったから仕方がなく外に出る。


「よう、ふたりとも」

「こんばんはー、それじゃあ静のこと頼みます」

「おー……おう」


 どうやらまんまとはめられてしまったようだ。


「なんか久しぶりな感じがするな」

「そうですね」


 あの頃と違うのはもう留まるのが嫌になるぐらい冷たくはないということ。

 どちらかと言えば夜でもなんでもゆっくり歩きたいぐらいの魅力がある。

 

「そうだ、合格おめでとう」

「ありがとうございます」


 仕方がないから来てくれたにしても普通に嬉しかった。

 努力をしたことには変わらないから、それも先生にこう言ってもらえるのはね。


「あと、今日はこれを渡すために来たんだ」

「なんですか?」

「ホワイトデーだからな」


 どうやらクッキーのようだった。

 お礼を言ってありがたく貰っておくことにする。


「あー……」

「明日もですよね、早く帰った方がいいんじゃ……」

「連絡先を交換しないか?」

「あ、メールを送らせてもらいましたけど」

「え? あ、濱田から聞いたのか」


 あ、この様子だと気づかれていない可能性が高い。

 最近だと大人でもメッセージアプリを利用している可能性の方が高いとか?


「悪い、メールアプリは最近全く使っていなくてな」

「やってもらってもいいですか?」

「俺がかっ? まあ……」


 濱田君が教えてくれたのはメールアドレスだったから送ったことになる。

 というか、これはどういう状況だろうか?

 聞いてくるということはまだ関わりが続くということなの?


「ほら、登録できたぞ」

「ありがとうございます」


 先生は少しだけ複雑そうな顔をしながら「普通に利用していたな」と言ってきた。

 家族が連絡するのに楽だからと登録をして、それなら私もと真似をしてみただけでしかない。


「じゃ、そろそろ帰るかな」

「気をつけてくださいね」

「おう、あ、チョコ美味しかったぜ」

「市販の物がそもそも美味しいですからね」


 なんなら直接それを渡した方がよかったのかもしれないとすら考えている。

 でも、わざわざ可愛げのないことを言う必要がないから黙って歩いていく先生を見送った。

 ただこれだけでも幸せな時間を過ごせて嬉しかった。




「大変なことが多そうね」


 学生がいる限りは仕事がなくならない。

 また、遠くへ行かなければならなくなるときもあるからいいことばかりではなさそうだ。

 生徒だけではなくその親とだって相手をしなければならないわけだし。


「お姉ちゃん」

「どうしたの?」

「高校生活で大変なこととかあった?」


 大変なこと……あ、班の子達と協力してなにかをやらなければならないときは大変だったということを説明しておく。

 そうしたら真顔で「それはお姉ちゃんだけだよね?」と言われてしまい黙ることになった。


「部活動には入る気でいるの?」

「うん、陸上部に入るよ」

「そう、走ることが本当に好きなのね」


 走り始めたのは歩の影響でもある。

 ただ、誘っても歩は一度も付き合ってくれなかったわけだけれど。


「でもね? 正直に言って不安なのは翔吾君がちゃんと来てくれるのかどうか、なんだよね」

「大丈夫……とは言えないわね、色々と忙しくなるだろうから」


 定時で帰れるようなところなら毎日会える余裕はあるものの、そうでもなくて不安定だと夜遅いからということで来なくなるかもしれない。

 休日だって疲れているだろうから休みたいだろうし、学生時代のようにはいかないのではないだろうか?


「もう一年ずれてくれていればよかったんだけどな」

「そうね、一緒に通いたかったわ」

「だよねっ、お姉ちゃんと一緒にお弁当食べたかったもんっ」


 彼だけではなく私ともと言ってくれるのは普通に嬉しい。

 歩は「不安になっていても仕方がないから勉強をしてくる」と言って二階に行った。


「はい」

「あ、いま大丈夫か?」

「はい」


 ゆっくりしているだけではない。

 手伝いと勉強とコミュニケーションと、しっかりやっていい春休みを過ごせている。


「今度、出かけないか?」

「え」

「四月になったら桜も散ってしまうからさ、一日になんかご飯でも買ってどこでもいいからさ」


 ……四月を選んだのは完全に高校生ではなくなるからだろうか?

 でも、せっかく先生がこう言ってくれているのだから受け入れておいた方がいい気がする。


「分かりました」

「おう、そのときに連絡するからさ」


 たった三分程度の通話だ。

 たった出かけるというだけの内容だ。

 だけどなんだろうかこの感じは。


「お姉ちゃんやったねっ」

「え……」

「聞こえてたよ? 相馬先生はやっぱり声が大きいね」


 どうやら面接の際の相手が先生だったらしい。


「それなら手作りお弁当を持っていこうよ」

「でも、相馬先生は買って行くって」

「いやいや、絶対にお姉ちゃんが作ってくれた方が嬉しいって、敢えて四月に元生徒を誘うってそれはもうそういうつもりでしかないじゃん!」


 そういうつもりなのだろうか?

 まあクリスマスのときなんかにはあんな拒絶をしてきた人だから分からなくもない。

 ただ、そういうつもりでいると勘違いだったときに恥ずかしいことになるわけで。


「じゃ、じゃあ、そのことを聞いてみるわ」

「うんっ、その方が絶対にいいよっ」


 出かけることは確定しているのだからそこまで不安になる必要もないと片付けた。

 四月になったらすぐに入学式がやってくるし、慣れない生活が始まる前に先生と一緒に過ごして心地のよさを味わえたらいいなとそんな風に思ったのだった。

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