06話.[それでいいわよ]

「終わったわ」


 あっさりとしていた。

 合格したかどうかは卒業後にならないと分からないからなんとも言えないところだけれど、やはり不安になることもなくただ自分の能力というやつをぶつけていただけで終わった。

 そしてこれが終わったということは高校生活の終わりに繋がっているわけで、なんとも言えない気持ちになりつつ暖かいお店の中で温かいコーヒーを飲んでいた。

 三年間、あっという間だった。

 勉強をしていただけで終わっていた。

 それでも、先生達からすればいい生徒なのかどうかが分からない。


「ありがとうございました」


 美味しかった、やり終えた後だから余計に。

 バスを待っている間も、乗ってからもゆっくりとした感じで心地よかった。

 いまはなにもかもをやり終えた後だからそう強く感じるのかもしれない。

 なんとなく自宅近くに戻ってきたあともすぐに帰る気になれなくて公園に寄った。

 ベンチに座って青くて綺麗な空を見上げて、そうしたら終わりだという意識が強くなった。


「静」

「お、お父さん?」

「お疲れさん」

「あ、ありがとう」


 いや、今日だって普通に仕事だったはずじゃ……と困惑。


「帰るか」

「それより仕事は……」

「気になりすぎて早く帰らせてもらった」


 別に焦ったところで今日結果を知ることができるわけではないのに。

 早くても卒業式後だ、でも、こういうところは父らしくて可愛い気がする。


「合格したらなにか食べに行こうな」

「それなら歩の方にしてあげましょう」

「あ、そうだな、歩の結果が分かってからにしよう」


 多分、今日も家に帰って休憩したら普通に睡眠レベルの時間の間、ゆっくりしてしまうはず。

 不安がなくても疲れるのは疲れるもので、いまはとにかく解放感がすごかった。


「もう卒業式だな」

「ええ」

「翔吾はちゃんと来てくれるのかねえ」

「あれ、いつの間に仲良くなったの?」

「バレンタインデーの日に歩にチョコを貰いにきてな」


 いつの間にそんなことが……。

 バレンタインデーの日といえば放課後遅くまで残って勉強をしていたから……。

 濱田君も特に求めてはこなかったから今年も誰にも作らずに終わってしまったわけだけれど。


「いつの間に作っていたのかしら」

「あんまり邪魔したくなかったんだろ」

「余計なことを言わないでよ? 大切なのはふたりの気持ちなんだから」

「そもそも翔吾はもう歩と付き合い始めているからな」

「嘘っ!?」


 えぇ、それぐらいは言ってくれても……。

 別に受験に関して不安なんてなかったわけだし、姉と友達として把握しておきたかった。


「それを聞いたときは血管が切れそうになったけどな」

「い、いい子だから」

「ああ、そうでもなければ歩が気にいるわけがないからな」


 面倒くさい感じを出さないでほしい。

 父の、または母の対応次第でやっぱりなし、なんてことになる可能性もあるわけだし。

 見守っておくのが一番だ、そうすれば彼のよさにはすぐに気付ける。

 もちろん、私だって相手が悪い子なら止めようとする。

 そこは姉だからどんなことになろうと、歩に嫌われようとするつもりだ。

 でも、相手は彼だからする必要はない。


「それより静、いまからでもチョコをくれてもいいんだぞ?」

「ふふ、分かったわ」

「おう、ついでに相馬先生にもあげてやれ、あとは翔吾にもな」

「そうね、お礼をすると決めていたもの」


 とりあえずなにもトラブルが起きないまま受験を終えることができた。

 あとは合格することができればそれでいい。

 合格することができなくても、またできたとしてもバイトを始めることには変わらない。

 それで少しずつ返していくのだ、それが最新の私の目標だった。




「卒業、おめでとう」


 まだまだ暖かいとは言えないそんな日に卒業となった。

 幸い、雨が降ったりすることもなく窓の外には綺麗な青色が広がっている。

 そしてあっという間に解散の時間がやってきた。


「静」

「濱田君、今日までありがとう」


 まずは彼に、というところか。

 と言うのも、相馬先生は生徒に囲まれているからいま突撃は無理だからだ。


「おいおい、今日だけで終わらないだろ」

「あ、そういえばいつの間にか付き合っていたのよね、酷いわよねえ」

「いやほら、静は受験で忙しかったわけだからな」


 最後の方は少し忙しなかったと彼が教えてくれた。

 そうか、私も一応人間らしく対応できていたかと嬉しくなる。

 機械人間なんかではなかったのだ、それだけで十分というものだろう。


「あ、そうだ、これを受け取ってちょうだい」

「これは……チョコレートか?」

「ええ、いまさらだけれど」


 いつ渡せばいいのか分からなかったからこの日に絞って作ってきた。

 時間はほとんど経過していないし、気温はまだまだ低いから大丈夫なはず。


「ありがとな、ありがたく食べさせてもらうわ」

「あ、だけど歩の前ではやめてちょうだい」

「おう、分かってるよ」


 挨拶がしたいけれど邪魔もしたくない。

 やはり一方的にお礼を言って別れるのが一番だろうか?

 明後日に合格発表があるから少し落ち着かないし、ささっと帰ってしまおう。


「安斎っ」

「あれ、よかったんですか?」

「おう、みんなで飯を食べに行くんだってさ」

「そうですか」


 それなら一方的に挨拶とこれを渡して帰ろう。


「今日までお世話になりました、ありがとうございました」

「いや」

「それと、これを受け取ってください」

「ん?」

「どうせもう卒業ですし、受け取ってください」


 それではと特に返事も聞かずにその場から逃げた。

 先に出てもらっておいた父と合流をして帰路に就く。

 いまさらながらに不安になってきた、これで合格できなかったらかなり悲しい。


「渡せたのか?」

「ええ」

「ふっ、そうか」


 とりあえず合格発表日まではゆっくりできる。

 手伝いをすることができなかったからゆっくりと父の手伝いでもしようと決めた。

 不思議なのは明日は火曜日なのに登校しなくていいということだ。

 いまの私はどこにも行きようがない迷える人間、みたいな感じ。


「翔吾はやっぱり歩にしか興味がないんだな」

「それでいいわよ」


 私が好きなのはやっぱり相馬先生だから。

 その好きなままの先生でずっといてほしいと思う。

 いつかきっと忘れて私は他の男の子、人を好きなるだろうけれど、それまではずっと抱えたままでいたかった。


「最後に告白ぐらいしてくればよかったのに」

「いいのよ、チョコを渡せたし」

「まあ、静にしては勇気を出せたな」

「でしょう? だからこれでいいのよ」


 告白して逃げるなんて卑怯だ。

 もしするのであれば振られるところまできっちり受けなければならない。


「あ、一回家に帰ったらスーパーに行かないか? 食材がなくてさ」

「分かったわ」


 珍しく甘いお菓子を食べたい気分だったから丁度いい。

 手伝いもすることができるから悪いことばかりでもなかった。

 お昼頃だからか先程よりも暖かい中、スーパーへ向かって歩いていく。


「ケーキでも食べるか?」

「お父さんが食べたいなら買えばいいじゃない」

「いや、静がだよ」

「私はいいわ、お菓子を見てくるから」


 どうしてこうもわくわくするのだろうか?

 本当にたまにしかお菓子なんかを購入することはないけれど、こうしてたくさん並べられたそれらを見ているとテンションが上がる。

 そして何気にチョコ系の甘いお菓子が好きだから必然的にそれらばかりを見ることに。


「これね」


 歩も好きだから悪くない選択だと思う。

 あとはこれでは手伝いにならないから父のところに行ってかごなどを持たせてもらった。

 受験生だからということでろくにやらせてくれなかったからやらないと気がすまないのだ。


「よし、帰るか」

「そうね」


 少しだけ持たせてもらいながらなんとなく土曜日とか日曜日の気持ちになっていた。

 だけど実際は月曜日で、しかも高校を卒業してきたばかりなのだ。

 明日から間違えて行かないように気をつけなければならない。


「もう会うこともないわよね……」

「相馬先生か? そうだな、会える可能性は低いだろうな」


 まあ、最後に振られて悲しい思い出になるよりはよっぽどいいのかもしれない。

 メンタルが弱いからそれで区切りをつけて前へ、とはすぐにはできないだろうから。

 だったら好きでいられているこの状態のままいられた方がいい。

 またあんな冷たい顔と冷たい声音で拒絶されても嫌だから。




「いいな~、お姉ちゃん学校ないんだ」

「そうね」


 明日は合格発表日だ、それと同時に歩の公立受験一日目となる。

 だから仮に在校生であったとしても明日はお休みということになるわけだ。


「今日は早く帰ってきなさいよ」

「うん、風邪を引いても嫌だから。行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 両親ももう少ししたら仕事で家を出てしまう。

 そうしたらなにをしようか? 掃除などは日頃からやっているから綺麗だし……。


「濱田君を誘うのは……」


 歩の彼氏なんだから微妙なような関係ないような。

 とにかく相手をしてもらえる可能性があるのは彼しかいないからメッセージを送信。


「確かに、平日なのにお休みなのは違和感しかないわね」


 私達が行っていないだけで高校には普通に生徒が登校してきているのだから。

 まあいい、遊びに誘ってしまおう。


「珍しいな、静から誘ってくるなんて」

「することがなかったのよ、あと、歩のためになにか買ってあげたくて」

「そうか、明日は本番だからな」


 たった二日だけで終わること。

 でも、これからそれを迎える身としては落ち着かないだろうから。

 彼がくれたシャープペンシルのように、効果的な物をなにかあげたい。


「ちょいとあれかもしれないけどさ、俺は明日、歩と一緒に高校近くまで行く約束をしているんだ。だから少しでも力になってやれればいいんだけどな」

「あなたがいてくれるのなら大丈夫よ」


 消しゴム……は持っているだろうしどうしよう。


「静は歩と似てないな」

「え? どうして急に……」

「でも、歩とよく似ているところがある」


 それは姉妹だからだ。

 歩のいいところが少しでも私にあればいいと思う。

 私は姉らしくいられていないから申し訳ない気持ちしかないけれど。


「静は不安な感じとかを出さないで向き合えるだろ? 歩は違うからさ」

「これまで一応真面目にやってきたわ、だから不安になる必要がなかったのよ」

「そう、それは歩だってきっとそうだ。でも、歩の場合は思いきり表に出るからさ、一緒にいる身としては分かりやすくていいというか」

「……どうせ可愛くない人間よ」

「いや、そういうことじゃ言いたいんじゃなくてさ、やっぱりその方がいやすいんだよ」


 ということは歩みたいに元気で可愛い存在だったら先生も多少は……ということ?

 自分から相談を持ちかけることなんて滅多にしなかったし、弱音を吐くことすらもしないように徹底をしていた。

 同情を引きたいわけではなかったから、私は頼りにされたかったのだ。

 だからひとりでいるしかないのをいいことに勉強を頑張ったり、係の仕事とかそういうのを率先してやったり、なにか頼まれたら自分のできる範囲で手伝ったりということを繰り返した。

 いいのかどうかは分からない、点数稼ぎだとかそういう風に捉えられた可能性もある。

 けれど他の生徒からの意見なんてどうでもいいのだ。

 大事なのは先生がどういう風に私という人間を認識してくれているのか、ということだった。


「私は相馬先生が好きよ」

「はは、最近は少し違うのかもな」

「卒業したから、それに本人に聞かれているわけではないし」


 濱田君が気軽に他人に話してしまうような子だとは思っていないし。

 歩が気に入って好きになったような子だ、信用できる、なんでも……は無理でも吐ける。


「本当は何度かチャンスがあったと思うの、相馬先生とふたりきりでいるときは少しだけ多かったから」

「ああ」

「でも、そういうことに関しては奥手だったのよね……」

「歩と同じで乙女だったってことだよ」

「ふふ、そうね」


 よし、なにか受験時に助かるようなものを買うとプレッシャーになりかねないからドーナツでも買って帰ろうと決めた。

 全員分買えば違和感もない、何気に私にもちゃっかり買っておくことに。

 今度気をつけなければならないのは食べすぎて太らないようにしないと、ということ。

 明日の結果次第で変わる、合格できなかったらやけ食いをすることだろう。


「少し高校を見に行かない?」

「いいぞ」


 三年間は長いはずなのにあっという間だった。

 私にあったのは勉強勉強勉強行事勉強行事みたいな感じだ。

 それでも楽しかった気がする、寂しくなかったのは間違いなく先生のおかげだ。


「今朝なんて制服を着て行きそうになったぐらいだぜ?」

「ふふ、行ってくればよかったじゃない、三月いっぱいまでは高校三年生よ」

「奇異な目で見られるだろ、やっぱり静は俺のこと嫌いだよな」

「そんなことないわよ、だから名前で呼んでもなにも言っていないじゃない」

「そういえば一度だけ凄え怖い顔をしてきたときがあったよな」


 あれは先生がそう呼んでくれていたからでしかない。

 ま、家族だって呼んできているのだから意味のない抵抗ではあったけれど。


「それに大切な妹の大切な相手があなたでよかったわ」

「おいおい、姉妹で同じ人間を好きになって――」

「それはないわ、私が好きなのは相馬先生だもの」


 彼は露骨に拗ねた顔になって「そんな速攻で否定しなくていいだろ」と。


「可愛いわね」

「うるさい」

「ありがとう」

「なんだよ急に……」


 こうして付き合ってくれる彼のことは好きだ。

 チョコ程度ではしてくれたことに対するお礼ができていない気がする。


「濱田君、なにかしてほしいことってない?」

「ある、いまからでも相馬先生に対して真剣になってほしい」

「もう会えないじゃない」

「家を知っているだろ、突撃すればいい」


 そんな勇気があるならとっくの昔に告白をして振られているところだ。

 興味がないと言われればそれまでだけれど、彼は私のことを知っているはずなのに……。


「録音して送信しておいたから大丈夫だ」

「え、あなたは連絡先を交換しているの?」

「おう」


 まあそのことはどうでもいい。

 録音云々のことは信じていなかった。

 仮に送信されていたとしても気にならない。

 嘘は言っていないし、またなにかが変わるわけではないからだ。


「あ、多く購入したのよ、ひとつあげるわ」

「マジ?」

「ええ」


 というわけで彼へのお礼はこれで十分だろう。

 そういう嘘でも本当でもよくないことをする子にはそれぐらいでいい。

 ドーナツを渡したらお礼を言って別れた。

 もう少しぐらい暖かくなってくれればいいなとそんな風に思ったのだった。




「よかった」


 結果は合格だった。

 ただ、そこで少しだけ引っかかることがあった。

 担任、元担任の先生である相馬先生に言うべきなのかどうかということだ。

 嬉々として聞きたいわけではないだろうけれど……。

 その旨の連絡をまたもや濱田君にしてみたら先生の連絡先を教えてくれた。


「いいのかしら……」


 そもそも今日は受験生が高校に来ている日だしと悩みに悩み続け、


「連日か……」


 分からないから仕方がなく彼を召喚する。

 別になにかよくないことをするわけではないのだから歩に怒られることもない。


「お、よかったな」

「ありがとう」

「絶対に聞きたいだろうから連絡しろよ」


 そういうものだろうか?


「静の方は全く心配じゃなかったんだけど、歩の方はな」

「信じるしかないわよ」

「朝も可哀相なぐらい落ち着きがなくてさ」

「そうね」


 本命だから緊張するなと言う方が無理がある。

 私立に通うとなった瞬間に色々なことが変わってしまうから。

 もちろん、最初から私立の高校を目指している人達にとってはそれでいいだろうけれど。


「スマホ貸せ」

「ええ」


 分かってる、どうせ勝手に送られるとかそういうことだろう。

 でも、そういう風にしてもらわないと勇気が出ないから別に構わなかった。

 返事がなくてもいい、協力してもらったから結果ぐらいは知ってほしいのだ。


「ほい、送っておいたぞ」

「ありがとう」

「ここで待ってもいいか? なんか家だとそわそわしてしまってな……」

「ええ、それならご飯を作るわ」


 なかなか焦れったい時間が続く。

 歩は帰ってきたときにどのような表情を浮かべているだろうか?

 一日目、メインを終えて安心したような顔ならいい。


「ただいま」

「おかえり」

「えっ、どうして翔吾君がいるの?」

「不安で仕方がなくてな、静に頼んでここで待たせてもらったんだ」

「大丈夫だよ」


 安心したような顔でも不安そうな顔でもない曖昧な感じ。

 こういうところは私に似ているのかもしれない。


「お姉ちゃん……」

「どうしたの?」

「受験って疲れるね」

「ふふ、そうね」


 何故か甘えん坊モードだったから頭を撫でておく。

 それを濱田君が少しだけ寂しそうな顔で見ていた。


「なんかみんな頭よさそうでさー」

「そりゃ努力してきているからな」

「うん、私もしていたつもりなんだけどまだまだって分かったよ」


 周りの子を冷静に見ることができたのはいいことではないだろうか?

 本当に不安で不安でどうしようもないぐらいならそんな余裕はないから。

 頭がよさそうな子に囲まれて逆に落ち着けた可能性もある。


「どうだったんだ?」

「とりあえず埋めてきたよ」

「じゃ、あとは面接か」

「どうなんだろうね、友達と話すのとは違うだろうからさ」


 当日になってみないと分からないことだ。

 だからとりあえず今日は休んでおけばいい。

 体調さえ悪くなければいつも通りの自分というやつを出せるから。

 そういうところだけは説得力がある気がする、それでやってきたわけだから。

 でも、聞かれない限りは余計なことを言わなくていい。

 自分の中に答えがある、それを引き出せるのも歩自身だからだ。

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