05話.[びっくりしたよ]
一月。
共通テストが今月にあると考えると少しだけ不思議な気分になる。
これまではあるのだとは分かっていてもどこか遠いことのように感じていたから。
でも、前にも言ったように不安はない、私本来の力を出せるだけでいい。
「静」
全く会わないのをいいことにいつも通りのルートを選んで走っていたら遭遇してしまった。
面倒くさいことに付き合っている場合ではないから無視して走り続ける。
「待ってくれよ」
「追ってこないでください」
「ちょっとだけでいいから」
仕方がないから足を止めて見てみたらなんとも言えない表情を浮かべていた。
正直に言ってそのような顔をしたいのはこちらだ、なにが目的なのだろうか。
馴れ合う必要がないと言ったのは先生だ、だからこちらも守っている形になるのに。
「終業式の日は悪かったっ」
「悪いと思っていないのに謝らないでくださいよ」
「いや、情けない話なんだけどさ……」
本当は少し揺れてしまったから、ということを説明してくれたけれど……。
「別にいいですよ、思ってもいなければあんなに冷たくはできないですしね」
「違うんだって……」
「走りに行っていいですか? 冬休みでも続けている日課ですから」
「おう……」
冷たさはより強くなっていくばかり、それでもやめることはできない。
ある程度の体力は必要だと思うからだ、集中力の長さもこれで鍛えられている気がする。
まあ単純に勉強しかできなかったから必然的にそうなったと言われればそれまでだけれど。
「はぁ、まだいたんですか?」
「ああ、今日は暇だからな」
そうか、教師でも三が日ぐらいは休めるか。
でも、だからって一緒に行動できるわけでもないし……。
「いやでもまさか静があんなことを言ってくれるとは思わなくてさ」
「……一緒に過ごしたかったんです」
「え? 同情とかじゃなくて?」
頷いたら余計に驚いていた。
当たり前だ、同情なんかであんなことは言わない。
私がそんなことをする人間ではないことを先生は知っているはずなのに。
「最後だからって勇気を出し結果があれでしたけどね」
「そりゃ悪い、でも俺らは結局……」
「相馬先生の言う通りですよ、結局どうにもならないことだったんです」
会話ができたというだけで満足しておくべきだった。
それだけで満足するつもりだったのにどうしてもその先を願ってしまった。
その結果があれで、まあ、私はそれで捨てられたのだからいまは感謝しかない。
「色々とすみませんでした、それではこれで」
別になんてことはないことだから走って逃げたりはしなかった。
家までゆっくり歩いて帰って、父が作ってくれたご飯を食べて。
「歩はまだ帰ってこないのか?」
「そうみたいね」
余程、濱田君のことを気に入ったということになる。
もしかしたら家ではあんなことやこんなことをしているのかもしれない。
けれどそういうのは本人達次第だ、無理やりでなければ文句を言われる謂れはないこと。
だから私達にできるのは本人が言ってくれるのを待つだけだ。
私はともかくとして、父にはすぐに言ってくれるのではないだろうか?
どんどんと時間が経過していく。
勉強をしているだけでいつの間にか時間が多く経過しているからこうなる。
最近は歩も面倒くさい絡み方をしてこなくなった――どころか話しかけてくることすらもなくなったから少し寂しい……だろうか。
「安斎、今日も残るのか?」
「ええ」
「じゃあ俺も勉強をやっていくかな」
「ふふ、いいことね」
「だろ?」
彼が残ってくれるのは都合がいい。
歩のことで聞いておきたいことがあったからだ。
「ねえ、歩とはどうなの?」
「お、安斎がそんなことを聞いてくるなんて珍しいな、やっぱり乙女だな」
「一応女よ」
「歩とは……仲良くできていると思うけどな」
「そう」
……聞かない方がよかっただろうか?
仲良くできているのは家を出る頻度的に分かっている。
私が聞きたかったのは一歩踏み込んだことだったから……。
「安斎はどうだ? 不安はないか?」
「ええ、そのままぶつけてくるだけよ」
「頑張れ……とは言われたくないよな」
「別に嬉しいわよ?」
「じゃあ頑張れっ、応援してるぞっ」
二月の終わり頃の方が本番だと言える。
それまでには色々なことを片付けたいと思った。
先生に謝罪とお礼をしたり、彼にお礼をしたりとたくさん。
「この前のお礼をしたいのだけれど」
「今日はよく喋るな、それにあれは勉強を教えてもらったことに対する礼だから」
「あとは関わってくれていることへの――」
「また同じやり取りをしているぞ俺ら、いいんだよ」
……先生も彼も受け取ってくれないところは嫌いだ。
多少の物ぐらいなら用意することができるのにどうしてこうなのか。
なんでも拒めばいいわけではない、なんでも受け入れればいいわけでもないけれど。
「それより勉強やろうぜ」
「……あなたに言われるのはむかつくわ」
「な、なんでだよっ」
確かにやるならやる、やらないならやらないとはっきりするべきだ。
それでも一時間ぐらいにしておいた、彼に長く付き合わせるのは違うから。
あとは友達と単純にこうしてゆっくり過ごしたかったのかもしれない。
「あなたといるのは落ち着くわ、歩が気にいる理由が分かる」
「お、そうか?」
「だから離れることになったら寂しいわ」
ひとりで過ごしてきたのに最後の最後で弱くなるようなことをしてしまった。
誰かといられることの楽しさを終わり間際に知ってしまったことになる。
仕方がなくやるしかなかった勉強を好きになり、それに付き合ってくれる彼が好きだ。
もちろん友達としてだけれど、優しいし歩に優しくしてくれるしでいい子だから。
「離れると言ってもその気になればいつでも会えるぞ」
「あなたは会ってくれるの?」
「そりゃまあな、それに歩と関係が続けばお姉ちゃんとだって何度でも会えるだろ」
「好きなの?」
「明るい子は嫌いじゃねえよ? ま、歩にその気があるのかどうかは分からないけどな」
本当に好きな子とはどうなったのか。
彼に切り替えたのか、それとも寂しさを紛らわすために利用しているのか。
話していないから分からない、両親もどうやら相談はされていないようだ。
「「「あ」」」
これはまた……微妙なところを見られてしまったものだ。
「お姉ちゃんっ」
「な、なんにもないわよ」
「翔吾君を取らないでっ」
「取らないから……」
私はあくまで友達としてずっと一緒にいたいだけでしかない。
仲良くできた友達とお別れするなんて寂しいから。
「はぁ、本当にそういうつもりはないんだよね?」
「ないわ、ねえ?」
「おう、安斎――静が好きなのは相馬先生だからな」
「まだ好きなんだ? 告白したらいいのに」
違う、もう好きなんかじゃない、というか、そもそも好きじゃない。
自分にしては相手に対して珍しい感情を抱いたからその自分が気になっていただけだ。
「あっ、先生から冷たくされたから泣いちゃったんだね」
「そうね」
「うーん、やっぱり教師と生徒じゃ難しいかー」
「そうね、まあ私の方はいいのよ」
「でも、もうすぐお別れになっちゃうよ?」
ぶつけるだけぶつけて逃げるなんて卑怯だろう。
すぐに忘れられるだろうけれど、相手にとって迷惑なことには変わらない。
だから卒業しても言ったりはしない、ありがとうございましただけでいいのだ。
「それよりあなたは濱田君のことどう思っているの?」
「えっ!? そ、そんな本人がいるところで聞かなくてもいいじゃん……」
「ふふ、可愛いわね」
「あっ、からかったりしたら駄目なんだから!」
というわけで何故か自然と会話できるようになってしまったのだった。
家族と話せないのもおかしいからこれも彼のおかげだと考えておけばいいだろう。
「ふぅ」
とりあえずのところは問題なく終えることができた。
二月後半までまた期間が空くのは少し微妙な気持ちになるけれど。
まあそこは優れているわけではない自分に言うしかないかと片付けて帰路に就く。
「お姉ちゃん!」
「え? もう、来なくていいって言ったのに」
自分の通っている高校でもないのになにをしているのか。
外で待ってなんかいたら風邪を引いてしまう、自分だって受験生なんだからと困惑。
「いやいや、可愛い妹が来てあげたんだからさー」
「ああもう冷たいじゃない、そこに入りましょうか」
「じゃあミルクコーヒーを飲む!」
少し温かいものが飲みたかったから丁度いい。
歩もすぐに私立受験だ。
大丈夫なのかと聞かれるのは嫌だろうからずっと我慢していることになる。
「温かいね」
「そうね」
とりあえずはお礼を言っておくことにした。
ここにはバスとか公共交通機関を使わなければ来られない距離なんだし。
「私が払うわ」
「いいの?」
「ええ、来てくれて嬉しかった」
「でしょっ? やっぱり私は姉思いのいい子なんだよっ」
久しぶりに頭を撫でたらその手を掴まれてしまいそれ以上できず。
どうしたのと聞こうとしたら先程と違って不安そうな顔になってしまっていた。
真面目にやっていても本番ではどうなるのかが分からないから不安になるものだ。
私だって少しだけ緊張したから気持ちは分かる。
「帰りましょうか」
「うん……」
いつまでも外にいても風邪を引くだけでいいことはなにもない。
ただ、少しだけ悪いことをしてしまったのかもしれないと気になっていた。
先程までのあれは装っていただけなのだろうか?
「お姉ちゃん……あのときはごめん」
「いいわよ」
「私、翔吾君が好き」
「そう」
「でも、あっという間に好きな人を変えて……いいのかな?」
その最初の子に思わせぶりなことなどをしていないのであればいいのではないかと言っておいた、……姉に恋愛関連のことで聞くのは間違っているとしか言えないけれど。
「翔吾君は優しいから、一緒にいるときなんか私のことばかり優先してくれるし」
「ええ」
「あと、私達が仲良くしておけばお姉ちゃんも寂しくならなくて済むでしょ?」
「私のことはいいの、大切なのはあなた達が一緒にいたいかどうかよ」
「うん、翔吾君に話してみる」
気軽にではなくても気持ちをぶつけられる相手がいるのはいいことだ。
面白みもない私にはできないことだから自信を持ってほしい。
「あ、このまま行ってくるね」
「ええ、気をつけて」
「お姉ちゃんもね」
とはいえ、あとはもう歩いて帰るだけだ。
なにも起こるわけがない。
寧ろなにかが起こったら大袈裟に反応してやろうと思う。
「ま、なにもないんだけど」
着替えないまま床に寝転ぶ。
不安などはなくてもなんだかんだで疲れているのかもしれない。
だから寝転べた瞬間に凄く心地よくなり始めた。
「あ……」
でも、インターホンが鳴ってその幸せな時間も終了と。
「静っ、歩がっ」
「ど、どうしたの?」
なにかがあったのか? と不安になっていたら「複数の男子といたんだ……」と。
「紛らわしい言い方をしないでちょうだいっ」
「いやだって……」
「はぁ、若かったの?」
「ああ、歩と同年代ぐらいかな」
「それなら友達でしょう」
さようならと扉を閉じようとしてもできなかった。
付き合ってくれと言われてしまったから仕方がなく一緒に行くことにする。
そのまま彼の家に行くという話だったのにどうしてそうなったのか。
「あ、ほらっ」
「本当ね、普通に仲よさそうね」
歩の近くに男の子がふたりと。
特別距離が近いわけでもないからやはりあくまで友達だろう。
「行ってくるっ」
「待ちなさい、どうしたのよ今日は」
「いやだって歩は……」
面倒くさいことになりそうだから私が行って事情を聞いてみることにした。
そうしたらただ歩の友達を呼んでほしかっただけみたいだと分かった。
ここに移動してきたのは分かりやすい場所だからだそうだ。
「ふぅ、びっくりしたよ」
「それは俺のセリフだ」
「ふふふ、もしかして気になっちゃった?」
「いやだって歩は俺にって……」
「大丈夫だよ、あの子達は私の友達が好きなんだよ」
それはまたなんとも……。
なんとも言えない気持ちを抱えつつふたりを見ていたら「片方は元好きだった子だよ」と歩は教えてくれた。
「そ、それはまた複雑ね……」
「そう? 翔吾君がいてくれるからそれでいいよ」
それっぽい態度を見せてきているものの、いまでもまだ分からないことだ。
告白したら結局駄目でした~なんてことになる可能性はゼロではない。
「濱田君」
「な、なんだよ?」
「いえ、それじゃあ歩のことを頼んだわよ」
「おう」
けれど姉がいちいち変なことを言う必要もないだろう。
休みたかったのもあってそこで別れた。
家に帰ってからまた休憩していたら夜まで寝てしまったのだった。
「静」
「どうしたの?」
先程まで友達と話していたのにいつの間にか近くにいて話しかけていた。
少しだけ真面目なような顔をしているのは歩関連のことで話がしたいからだろうか?
「もう歩の私立受験だろ? 家ではどうなんだ?」
「あくまで普通ね、『嫌だ~』って多く言っているけれど」
「そうか、少しでも力になってやれればいいんだけどな」
「それなら一緒にいてあげてちょうだい、あなたがいてくれるだけで変わるわよ」
多分、あの子も望んでいる。
彼もあの子といたいなら一石二鳥というものだろう。
「じゃ、そうやって言ってみるか」
「ええ」
「それでさ、相馬先生とはちゃんと話しているのか?」
またそれ……とは思いつつも話していないことを言っておく。
あれからは向こうも話しかけてきたりはしていないから無理をする必要もなくなった。
走るコースも変えなくて済むようになったし、放課後遅くまで残っても問題ないし。
一年生や二年生のときの感じに戻れたような気がする。
「困ったら言えよな、手伝ってやるから」
「ありがとう。でも、それなら歩と一緒にいてあげてほしいわ」
いまは誰かがいてくれる方が効果的なはず。
「それは本人が望まないとな、ただ一方的じゃ押し付けにしかならないし」
「私にその気がないのに相馬先生といさせようとするのも押し付けではないの?」
「それとこれとは別だ、だって本当は仲良くしたいってことが伝わってくるしな」
……まあどうせ無理だからと諦めている面はあるからなんにも言えなかった。
なので、歩が望むならということを再度口にして黙る。
頬杖をついて賑やかな教室内をぼうっと見て、終わりが近づこうとも変わらないここに勝手に落ち着いていた。
「安斎、少しいいか?」
そして、そんな変わらなさを壊してくれるのがいつも先生だ。
時間が経過し、もう放課後だから教室には私達以外には誰もいない。
頼りになる濱田君も帰ってしまっているため、頑張って自分で対応するしかないと。
「あ、どうしたんですか?」
「ちょっと手伝ってほしいことがあってさ」
「分かりました、どこに――」
「あ、ここで待っていてくれればいい」
待っていたら相当多い量のプリントを持ってきて困惑した。
「これわけるの手伝ってくれ」
「わ、分かりました」
こういう単純作業は嫌いではない。
寧ろ喋らなくて済む分、楽しいと感じるぐらいだ。
「もう私立受験だな」
「はい」
「安斎と違って緊張していそうだな」
「そうですね」
別に私だって緊張するけれど。
先生の中では鉄仮面とか一切動じずになんでもできる人間だとか思われていそうだった。
「妹さんはこの高校を志望するのか?」
「はい、そうみたいです」
「そうか、じゃあ受け持つこともあるかもしれないな」
あっさりそこで新しく友達を作って楽しくやっていくのだろう。
部活動にだって入るかもしれない、とにかく私と違ってちゃんと楽しめる子だ。
繊細なところがあるのも確かだからそこはまあ彼氏……とかが支えてくれればいいかなと。
それが濱田君であれば私的にも安心できる、いい子だって知っているわけだから。
「不安はありません、私よりもしっかりしている子ですから」
「そうなのか? じゃあしっかり者のお姉ちゃんにそう言ってもらえて嬉しいだろうな」
そんな分かりやすいお世辞で喜ぶような人間では――あった。
お世辞だとは分かっているのにどうしてこんな……。
はぁ、全く捨てきれていない自分に嫌気がさしてくるぐらいだ。
「あ、終わりました」
「ありがとう、助かったよ」
さて、残っていても仕方がないから帰ろうか。
途中で肉まんでも買ってから帰ろうと思う。
肉まんとかおでんとか見る度に食べたくなるから。
とりあえず共通テストをやり終えたので、そのご褒美ということでいいだろう。
「あっ……」
「ははは、また豪快に鳴ったな」
「……お腹が空いたのでそろそろ帰ります」
もう嫌だ、恥ずかしいところばかり見られている気がする。
でも、もうお別れになるのだから気にしなくていい。
そうしたらあっという間に安斎静という人間のことを忘れてくれるはずだ。
「あ、おにぎりぐらいならあるぞ? 今日忙しくて食べられなくてさ」
「え、あ、帰りに肉まんを買って帰ろうと思っているので」
「そうか? じゃ、気をつけてな」
決めた通り肉まんを購入して行儀が悪いのを承知で食べながら帰った。
それでいつものように家に入ったら歩がいなくて察する。
それならと今日は父の代わりにご飯を作ろうと決めて行動開始。
「うっ」
いつもであれば完成した料理を涎を垂らしそうになりながら見ているところだというのに、今日は全くそのようには見れなかった。
食べるんじゃなかった、お腹が全く減っていない。
見た目よりボリュームがあるというか、私のお腹が軟弱というか。
「ただいまー!」
「おかえりなさい」
「うんっ、おっ、いい匂いだ!」
ああでも歩の元気なところを見ていると落ち着く。
お腹の方は全く変わらなかったけれど、見られてよかったと思ったのだった。
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