04話.[なにもないわよ]
終業式当日――つまり二十五日になった。
帰る気になれなかったから教室に残っていたらクラスメイトはあっという間に消えた。
クリスマスパーティをするとか、冬休みも部活動がたくさんとか、そういう話題ばかりが今日は耳に入ってきていた気がする。
でも、どちらかと言えばやはりクリスマスのことだっただろうか?
ケーキやチキンをいっぱい食べるとか隣の子がよく言っていたぐらいだし……。
「まだ残っていたのか」
「はい」
そう、こうして会話をしてから帰りたかったのもあったのだ。
だから満足している、まだお昼だから相馬先生がいてくれる限りは一緒にいられるし。
「そういえば濱田が静の妹さんと過ごすって言ってたぞ」
「はい、妹が勇気を出した結果ですね」
「ということは……好きだってことなのか?」
「いえ、気に入っている、気になっているというところでしょうか」
家からそう遠くない会社に勤めるみたいだから付き合うことになっても寂しい思いをすることはあまりないのではないだろうか?
「いいよな」
「はい?」
「いや、一緒に過ごせる誰かがいてくれるのがな、俺なんか帰ってもひとりだぞ?」
先生は少しだけ自嘲気味に笑いながらそう言った。
「あ、じゃ、じゃあ……私と」
「ほう、それじゃあそうするか」
そう聞いた瞬間に自分の耳を疑った。
自分の都合のいいように解釈してしまったのではないかと。
先生は立ち上がってこっちをじっと見てくる。
な、なんだろうかと慌てている内に「そんなことするわけないだろ」とぶつけてきた。
「俺らは所詮教師と生徒という関係だ、こういう仕事だったから生徒である安斎に会ったというだけだ、だから必要以上に馴れ合う必要なんかないんだよ」
先生らしからぬ冷たい顔。
ふたりきりなのにまるで誰かがいるときのような名字呼び。
なるほどそういうことかとすぐに察することができた。
「さっさと帰れ、あっという間に暗くなるぞ」
もうこっちのことなんか微塵も見ていなかった。
でも、先生の言う通りだから学校をあとにして帰路に就いた。
余計なことを言ったばかりに無駄にダメージを受ける羽目になったのだ。
自業自得なのに涙が止まらなかった。
「「あ」」
……なんでこうもタイミングが悪いのか。
もう二時間前ぐらいには帰ったはずなのにどうして。
「……お買い物に行ってきたのね」
「おう……」
「歩と過ごすのよね?」
そこだけはきちんと守ってあげてほしい。
だって凄く楽しみにしていたのだ。
一週間前ぐらいからクリスマスは~ってずっと。
なのにいまさらやっぱり他の人間と過ごす、なんてことになったら叩きかねない。
「そうだな、約束は守るよ」
「それじゃあこれ、お金を受け取ってちょうだい」
「いらねえよそんなの、俺だって楽しみにしていたんだから」
「そういうわけにはいかないわ、いいから」
三千円ぐらい渡しておけばいいだろう。
袋の中に無理やり入れて別れた。
相手が姉だろうとクリスマスにいてほしくはないだろうし。
こちらは少しだけスッキリできたから家へ――とはせず、適当に歩くことにした。
どうせ両親が帰宅するのは夜だから焦る必要はない。
「安斎」
「早く行ってあげなさいよ」
「それが歩はいまリビングで寝ててさ」
だからってこっちに来る必要はない。
同情してもらいたくて涙を出したわけではないし、もう終わったことだし。
「これやるよ」
「鶏肉?」
「がぶりといったら元気が出るぞ」
「しょうもないことなのよ、気にすることではないわ」
再度行くように言ってから歩き始めた。
彼も今度は追ってくることはなかった。
長時間いても馬鹿らしいから暗くなり始めた頃には帰宅。
父、母といつものように両親も順番で帰ってきてくれた。
「出来合いの物を買ってきたんだ、作ったら遅くなってしまうからな」
「食べましょうか」
「そうだな」
そうだ、両親と過ごしたって楽しい時間を過ごすことができる。
食後にはたくさんケーキも食べられたし、別になんてことはないことなのだ。
全て食べ終えたら温かいお風呂に入って、出たら今度は温かいお布団にくるまれて。
ただそれだけで十分だった、いやもうそれは本当に。
「あ、もしもし?」
「安斎か? 悪いな、こんな時間に」
「別にいいわよ、歩はどんな感じ?」
「なんか俺の母さんと楽しそうにしているよ、相性がいいみたいでさ」
歩とは一昨年から一緒に過ごしていない。
昨日は友達と、今日は気になる異性とってなかなか贅沢な過ごし方をしている気がする。
「で、なんだけどさ、歩が泊まりたいって言うんだよ」
「それはあなたとご両親次第ね、無理なら無理と断ってくれればいいから」
「え、いいのか? ……泊めたら軽蔑したりしないか?」
「しないわよ、寧ろ歩のことを考えれば泊めてあげてほしいぐらいよ」
悲しそうな顔をされても嫌だし。
せっかく楽しめているのだから最後までそのままでいてほしいと姉としてはそう思う。
「じゃ、泊めるわ」
「ええ、よろしく」
彼と話せるような仲でよかった。
歩のために少しでも役に立ててよかった。
特に優れてもいない姉でも役に立てることはあったのだ。
「それとさ、さっきの涙はどういう意味でだ?」
「だからなんてことはないことよ」
「相馬先生となにかがあったんだろ?」
意地悪、分かっているなら聞いてこないでほしいものだ。
大体、私が泣く理由なんてそれぐらいしかないわけなのに……。
「馬鹿な女が振られたというだけよ、それだけでしかないわ」
「もしかして誘ったのか?」
「そうね、結果は冷たい顔と冷たい声音で『帰れ』だったけれど」
「でも、勇気を出せたのはいいことだろ」
あれは勇気とは言えない。
じゃあ、なんて言い方をしてしまったのも駄目だった。
余計なことをしてしまった、いますぐにでも消えたいぐらいだ。
「いまからでも来るか?」
「え? いいわよ」
「そうか、まあとにかく歩は任せてくれ」
「ええ、よろしくね」
そんな感じで今日は終わった。
せっかくの冬休みなのだから楽しもうと決めたのだった。
「たっだいまー!」
「おかえりなさい」
部屋で勉強をしていたら十時ぐらいに歩が帰ってきた。
喧嘩とかで悪い雰囲気にはならなかったみたいで結構だ。
「あ、泣くことで同情を引こうとした卑怯なお姉ちゃんだ」
「え、そんなことはしていないわよ」
「翔吾君から聞いて知ってるもんっ」
まあいい、こちらは引き続き勉強をしていればいい。
が、歩が何度も何度もそんなことを言ってきて困ってしまった。
両親は仕事で家にはいないし、……どうしようもないから外に出ることにする。
「はぁ」
いいのか悪いのか、少なくとも私にとっては悪い生活が始まったみたいだ。
同情を引くために計算高く涙を出せるようならもうとっくにやっているだろう。
チャンスはたくさんあった、一年生の頃から先生とは結構関わる時間があったから。
けれど、あれを見ただけでなんにもなかったということは分かる。
仲良くできていると思っていたのはこちらだけで先生にとってはどうでもよかったのだ。
恥ずかしい、いますぐにでも卒業して二度と顔を見たくないぐらいだった。
「あ、濱田君」
どうやら友達と一緒にいるみたい。
先程、歩と別れたばかりだから友達に無理やり、という風に捉えておきたいけれど。
「お、お姉ちゃんの方と会えたな」
「おはよう」
「おう、悪いけど先に行っててくれ」
「おーう」
彼はいつだって同じような感じだ。
話しかけやすくて一緒にいると安心できるような存在、かもしれない。
「歩がいつまでも寝てくれなくて困ったよ」
「夜ふかしが好きな子だから」
「一緒にいるときに楽しそうにしてくれているのは普通に嬉しかったんだけどな」
困ったような顔で「それで寝不足な上に友達が無理やり誘ってきたものだから眠たいよ」と。
「あ、ちょっと家に来てくれないか?」
「え? あ……」
「別に強制的に連れ込むとかそういうことじゃないから」
「じゃあ……」
これでまた歩に変なことを言われるかもしれない。
そうしたら面倒くさいとしか言いようがない、のに断れなかった。
「はい、これをやるよ」
「これは?」
「シャーペンだな、なんか長時間使っても疲れにくい物のようでさ」
「ありがとう、でも、私はなにも……」
「いいんだ、勉強を教えてくれただろ? あれのおかげで助かったんだから」
こういうのって凄く嬉しい、しかもいまの私には凄く必要な物だし。
長時間していると手が疲れるからそれが軽減できるというだけでも最高だ。
「本当は私がお礼をしなければならないのよ。歩のことや、私といてくれていることとかで」
「は? 俺は友達だからいるだけだ、同情とかじゃないぞ」
「仮にそうだとしてもお世話になっているということじゃない? あんなことを言った後でもあなはた気にせずにいてくれたのだから――」
「余計なことを気にするな、あ、俺はそろそろ行くから」
「ええ……また来年に会いましょう」
あ、いつまでも人の家の前で突っ立っているわけにはいかないかと考えて行動開始。
ところで、どこで勉強をやろうか。
どこでもできると言えばそう、けれどお店や図書館を利用するのもなんだかなあという感じ。
なので、結局こそこそと部屋に戻ってそこでやることにした。
大丈夫、勉強が好きな方ではないから勉強をしていたら勝手に離れてくれる。
それと、先程貰えたシャープペンシルを使ってみたら確かに楽だった。
なんとなく彼みたいに優しくできる人間になりたいとそう思ったぐらいだ。
お昼になっても夕方になっても部屋から出ることなく集中し続けた。
夜になっても、とまではできず、トイレに行ったりお風呂に入ることを忘れずにする。
顔を合わせれば面倒くさい絡み方しかされないからご飯の時間だってわざとずらした。
「あ、今日は食べないのかと思ったぞ」
「ごめんなさい、いまからでもいい?」
「おう。でも、女の子なんだから時間を考えないとな」
私的にはもう少しぐらいお肉がついてもいいと考えている。
いまのままだときちんと食べているのにガリガリだし、魅力的ではないし。
「歩と喧嘩でもしているのか?」
「あ、この前勉強を教えているという話をしたじゃない? その子のことを歩が気に入っていて一緒にいる度に可愛気のないことを言ってくるのよ」
「なるほど、ライバルのように見えているということか」
「私にそんな気がないって分かっているはずなのにね」
でも、恋はいくらでもしてくれればいいと思う。
私はそうやってきらきらしている人達を眺めているだけで十分だ。
自分がすると微塵も上手くいかない、そもそも上手くいくはずがない。
「相馬先生とはどうなんだ?」
「そんなのどうでもいいじゃない」
「どうでもって――悪かったよ、もう言わない」
「ごちそうさまでした」
洗い物を済ませて部屋に引きこもる。
とはいえ、今日はずっとやっていたからもう終わりだ。
そこまでやる必要はない、逃避のためじゃ自分のためにもならないし。
歩が面倒くさくなってしまったことだけが気になることだ。
このまま同じようにこられたら間違いなく怒って、余計に関係が悪くなる。
ならそうならないようにできる限り時間をずらすべきだろう。
あとは濱田君ともあまり一緒にいないようにしないといけない。
理不尽に怒られたりしても嫌だから。
「本当にひとりで大丈夫か?」
「大丈夫よ、神社に行ってくるだけだし」
「そうか、じゃあ気をつけろよ」
普段神頼みのようなことはしないものの、今年は歩のもあるから行こうと思ったのだ。
いつもよりも暖かい格好をして夜中に外に出る。
ちなみにその歩は今日も濱田君と行動中だ。
神社にはたくさんの人が来ていた。
もう少しで新年になるからそれはそれで盛り上がれるのだろう。
「し、静」
「あ……」
「あ、俺だ、相馬だよ」
いや、そんなの対面した時点で分かっている。
私が固まった理由は最後があんなのだったからだ。
名前呼びをやめたり名前呼びにしたり、先生のことがもうよく分からない。
「ひとりで来たのか? 危ないだろ」
「あ、妹と喧嘩中みたいなものなので」
「さっきふたりを見たぞ、妹さんはあんまり似ていなかったな」
「はい、私と違って優秀なんです」
なんか一気に帰りたくなった。
先程も言ったようにもうすぐ今年が終わって新年になる。
そんなときに無駄なことで嫌な気持ちになりたくないし。
朝は人が多くなるからと出てきたのにこれでは無駄ではないか。
「それでは」
「え」
「想像以上に人が多くて嫌になりまして、それに必要以上に馴れ合う必要もないですしね」
どうせもう顔も見なくて済むようになるからとも言っておいた。
妹だけでも大変なのに面倒くさいことを増やしている場合じゃないのだ。
自業自得で逆ギレをしているだけだとは分かっていても、なんかスッキリした。
あとは少しの恥ずかしさか、別に引き留めようとなんてしていなかったから。
「ただいま」
「は、早かったな」
「ええ、人が多かったから帰ってきたの」
不良妹はあのまま濱田君の家に泊まるみたいだから今日はゆっくり寝られる。
……なんて、そこまで悪くは考えていないけれど。
「お母さんは?」
「寝てるよ、母さんが二十二時以降に起きているわけがない」
「ふふ、そうね、それならお父さんに付き合ってもらおうかしら?」
「お、じゃあ酒でも飲むかな」
あくまで自由にしてほしい。
まだ寝られる気分にはなれないというだけだから。
先程勇気を出してああ言ったことでテンションが上がってしまっている。
あんなに冷たく言わなくてもいいのに冷たく言ってきたからだ、ざまあみろ。
「私は相馬先生が嫌いだわ」
「そうなのか?」
「ええ、どうでもいいわよあんな人」
向こうにとってもそうなんだからそういうことで片付けておけばいい。
馬鹿だった、誰が私なんかそういう目で見るのかという話だろう。
自分が一番知っている、モテないことだってこれまでずっと自分だけは直視してきたのだ。
「なんて、嫌な人間よね、だから上手くいかないのよ」
「おーおー……」
「あ、ごめんなさい、こんな空気じゃ美味しくないわよね」
「いや、吐けるものは吐いておけばいい」
悪いからそれ以上は聞き専に徹した。
そうこうしている内に新年になってあけましておめでとうと挨拶をした。
先生と上手くいかなくてもいい、歩といまのままでもいい、それでもいいから父と母だけはいまのままでいてほしかった。
誰も味方のいない家になんていたくはないから。
「うぅ……」
「もう寝た方がいいわよ」
「そうだな……悪い……」
「いいわよ、おやすみなさい」
「おやすみ……」
普段はお酒なんか飲まないのに無理をするから。
こっちは時間も考えずに濱田君にありがとうというメッセージを送ってから部屋に戻ってベッドに転んだ、その柔らかい感触はいつも通りで安心できた。
「ふふ、歩はいつも寝ているわね」
もう少しぐらい上手く管理しないと受験のときも疲れてしまう。
そういう旨を彼から言ってもらえれば言うことを聞いてくれる気がしたので頼んでおいた。
「え、いまから……」
……まあいいか、まだ寝られる気になれなかったから利用させてもらおう。
外に出て待っていたら彼と……先生がやって来た。
いや、幻覚とかではない、確かに彼の横には先生がいたのだ。
「なんで相馬先生と……」
「甘酒で酔っててな」
甘酒で酔う人って現実でいたのかと驚いた。
それにしてもどうしてって聞いてみたら先程まで彼の家で休んでいたみたいだ。
「送るから付き合ってくれよ」
「別にいいけれど……」
利用しようとしたから利用される、当然のこと。
……最近の男の人はお酒に強いわけではないのかもしれないと無駄な知識を得た。
「それにしても安斎はやるな、馴れ合う必要がないとか言えてさ」
「……それは言われたことだから」
「そうなのか? じゃ、爆発したということなんだな」
先程からなにも発しない先生はなにを考えているのだろうか?
それとも、そういう余裕がないぐらい酔っているのだろうか?
酔うとうるさくなるという偏見があった自分としては意外な姿だった。
あ、でも、父がそうかと内で解決したり疑問に思ったりと忙しかったぐらい。
「あ、ここだ」
「それじゃあ私はもう帰る――な、なに?」
彼に腕を掴まれて心臓が縮む。
それからそのまま家に入ることになってしまった。
「な、なんで私も……」
「相馬先生がこうなった原因は安斎だしな」
そんなこと言ったらクリスマスにああなった理由は先生だ。
私ばかりが責められるのは納得がいかない、先生が言ったことを守っているだけなのに。
「はい、転んでください」
「……もういいから帰れよ」
「嫌です」
お、やっと喋った。
あと、彼が敬語を使っているのはどうしてこうもおかしく感じるのだろうか?
「さ、細かく教えてくださいよ、ふたりの間になにがあったんです?」
「なにもないわよ」
「安斎には聞いてない」
それなら帰してくれればよかったのに。
それに彼の家には歩がいるのだ、こんなことをしている場合ではないだろう。
もし一緒にいたなんてことがばれたら……面倒くさいことになる。
「……特にない」
「ないならどうしてあのとき、安斎は泣いていたんですか?」
「知らないよ、俺には関係のないことでじゃないか?」
「あの安斎がですよ?」
「な、泣くぐらいするだろ、……も人間なんだから」
確かにそうだ、私だって人間だから泣いたりする。
泣いたのなんて久しぶりだけれど、それは先生には関係のないことだ。
とにかく彼も私もここにいるべきではない、いる意味がないのだから。
「私は帰るわ」
「はぁ、面倒くさいふたりだな、そういう点はよく似てるよ」
「どうでもいいわそんなの、それじゃ」
送られたくもなかったから走って逃げた。
誰かの助けなんて必要ない。
だってもう終わらせたことなのだから。
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