03話.[変わらない一日]
「安斎さ」
「なに?」
今日で四日連続となる。
それでも濱田君は文句を言わずきちんとやってくれていた。
「あの一件から俺のこと嫌っているだろ」
「なんで?」
「だってさ、毎日夜遅くまで勉強漬けにしてきているだろ?」
違う、これは私のためであり彼のためでもあるのだ。
意味のないことじゃない、最後の方だけでもきちんとやっておく価値はある。
「そんなことないわよ、嫌いなら一緒にいることなんてしないわ」
「あ、まあそうか、そうだよな」
「ええ、少し休憩にしましょう」
飲み物を買うために体育館前まで移動する。
ここは外と言っても過言ではない場所だから普通に寒い。
校内にもあればいいのに、なんてことを考えることも多い。
「買ってやるよ」
「悪いわよ」
「いいから、なにが飲みたいんだ?」
「それならいちご牛乳で」
「あいよ」
集中力は人によって違うから自分のそれを押し付けてはならない。
あまり詰め込みすぎると全てが嫌になって放棄してしまうからだ。
例は歩だ、だからあまり言わないようにしている。
そして言わないようにしていると案外自分からやってくれるから助かっていた。
「安斎さ、相馬先生のこと避けていないか?」
「そうね、人間だから会う度に期待しそうになるのよ、だからやめているの」
「なるほどな、登校時間が遅くなっているのもそういうことか」
そう、案外それが悪くないことを知った。
賑やかなのも別に嫌いではない、寧ろ楽しそうにしてくれているのを見るのが好きだ。
そこに加わる必要なんかはなかった、そんなことをしたらそれを壊してしまうから。
「そろそろやりましょうか」
「おう、あともうちょっとやって帰るぜ」
紙パックを捨てて校舎内に戻る。
外と比べれば暖房機器が動いていなくても十分暖かく感じるような空間だ。
「安斎、ここはどうやるんだっけ?」
「さっきも教えたじゃない」
「あっ、分かった」
そんなことを繰り返して大体十九時五十分ぐらいには片付けて学校をあとにした。
こうして彼と帰ることがいつの間にか当たり前になっているのは……いいことだろうか?
「そういえばさ、今度歩に勉強を教える約束したんだけどさ」
「そうなの? それはありがたいわね」
「お、俺にできるだろうか……」
「大丈夫よ、相馬先生が言っていたほど悪くはないもの。それになにより、自分のために一生懸命になってくれる相手がいるというだけで力強いわよ」
私なんか一緒にやる友達なんかいなかったからずっとひとりだった。
結局は自分が頑張らなければならないことだからそれでいいと言えばいいけれど、誰かと一緒にできる子達をなんだかんだで羨ましいと思っている自分がいたから……。
あと、そこにいてくれるというだけで力になってくれるのではないだろうか?
物理的には無理でも精神的な支えになってくれる可能性もある。
……想像でしか言えないのが悲しいところだった。
「なるほど、俺にとっては安斎みたいな存在ということか」
「ふふ、そうね」
頭を余計に使って疲れているだろうからと彼の家のところで別れた。
送ってもらえるようなことはしていないし、送られるような弱い人間でもない。
ここら辺りは治安も悪くないから大丈夫だ、寧ろこれが当たり前になってしまう方が問題だ。
だって、お別れになったときに寂しく感じてしまうかもしれないでしょう?
「ただいま」
「おかえり」
柔らかい雰囲気だけは父も先生もよく似ているかもしれない。
とはいえ、片方は既婚者で片方は独身……ということになるけれど。
「最近は遅いけど相馬先生と過ごしているのか?」
「いえ、友達に勉強を教えているのよ」
「友達……女の子か?」
「いえ、男の子ね」
露骨に驚いたような顔をしていたから勘違いしないでくれと言っておく。
異性といるからってなんでもそっち方向に捉えないでほしい。
自分が言ったことを守っているというだけだ、あとは自分の補強でしかない。
「あ、クリスマスはどうするんだ?」
「お父さん達と過ごすわ」
「別に出かけてもいいんだぞ?」
「相手がいないもの」
制服から部屋着に着替えてからご飯を食べさせてもらうことにした。
一緒に過ごせるような相手がいないのは父もよく知っていると思うけれど。
「あ、邪魔だということなら家を出ておくから安心してちょうだい」
「邪魔なわけがあるか、俺はただ高校最後のクリスマスだしって思っただけなんだよ」
「高校最後の冬休みだからこそ両親と過ごすのもいいじゃない」
無駄にお金を使わなくていいしそれでいいのだ。
別に異性と過ごさなければならないだなんて馬鹿げたルールはないのだから。
まあ、仮にそういうルールがあったとしても父親と過ごせば条件達成なのだからどうでもいいとしか言いようがない。
「あーまあ、静がそう言うなら」
「ええ、それでいいの」
なんとなくこの場にはいない歩のことを聞いたら友達の家に泊まりに行っているようだった。
どうして妹の方が人間として優れているのか、それがいまは気になることでもある。
ただ、そんなどうしようもないことを気にしていても仕方がないから食べ終えたのをいいことにお風呂に入らせてもらうことにした。
「ふぅ」
もう最後と言ってもいいのにこんなのでいいのかと考える自分もいる。
最後だからこそ一切気にせずにぶつけた方が得なんじゃないかって考える自分がいる。
でも、実際は先生と対面すると無難なことしか言えなくなる機械みたいなものだ。
「やめておきましょう」
試験前に余計なことで不安定になりたくない。
だから私にできるのはこれからも避け続けることだけだった。
「相談したいことがあります」
「……帰ってきていたのね」
時間を確認してみたらまだ四時前だった。
こんな時間に帰ってきたら危ないとしか言いようがない。
「はい、眠たいところ悪いんだけど……いいかな」
「ふぅ、いいわよ、言ってみなさい」
上半身を起こすと一気に寒くなって布団にこもりそうになったものの、我慢。
改めてこう言ってくるということは大事な話だろうからしっかり聞いてあげないといけない。
「翔吾君っているでしょ?」
「ええ」
「……クリスマス、一緒に過ごしたいなって」
「え、好きな子とは?」
「実は……違う女の子と過ごすってことが分かって」
ああ、それはなんとも……。
恋の悪いところだ、でも、その子が悪いわけではないしどうしようもない。
誰と過ごそうが自由だ、文句を言ったところで変わらないことだ。
その一緒に過ごす女の子はその子のことを好きなのだろう、そしてその子はそれを受け入れたということになるのだから余計に。
「それなら今日、家に連れてくるわ、あなたが誘いなさい」
「えっ」
「当たり前じゃない、あなたがしなければ意味のないことよ」
んー、だけど彼が来てくれるのかどうか。
他人に優しくできるというだけで人は集まるもので、歩が言っていたように格好いいと言えるから女の子からだって誘われているのかもしれないし。
それでもと勇気を出して誘ってみるのは私からすれば素晴らしいことだとしか言いようがないわけだけれど、相手のことを考えようとすると引っかかるのが事実で。
「夜に勇気が出ないなら朝に頼むのもいいと思うわ」
「え、じゃあ……」
「ええ、濱田君の家を教えるから待っていなさい」
こちらはある程度時間をつぶしてから外に出た。
走ることだけは三年生になったときから続けていることだ。
もちろん、ルートは変えている、先生に会ってしまったら意味がなくなるから。
大体六時頃には家に戻って今日は朝食作りを手伝った。
歩はソファに張り付いて「どうしよう……」と言い続けていた。
「歩はどうしたんだ?」
「乙女をやっているだけよ」
「なるほど」
正直に言ってあまり不安視はしていない。
だから最後の冬休みぐらい、クリスマスぐらいゆっくり過ごしても問題はない。
問題はないけれど、……一緒に過ごしてくれるような人がいないからどうしようもないと。
朝ご飯を食べて、いつものように準備をして家を出ようとしたときにはっとなった。
早くに行ったら駄目だ、ふたりきりになる可能性が高いから。
「お姉ちゃん……翔吾君が出てくるまで付き合って」
「あ……分かったわ」
さて、彼はどう答えるのか。
一応クリスマスまでには時間があるから上手くいくだろうか?
勇気を出した分、上手くいかなかった場合の歩を想像すると……。
「寒いな――ん? おお、安斎姉妹か」
「おはよう」
「おう!」
歩の背中を優しく押して彼の前に移動させる。
こちらを不安そうな顔で見てきたので一度頷いたら少しだけいい顔になって安心した。
「しょ、翔吾君っ」
「おう、どうした?」
「く、クリスマス、一緒に過ごしてくれませんか!」
やっぱりなしと言って逃げないだけ歩は立派だ。
言ってみなければなにも始まらない、言わなくても察してくれるのは二次元だけだ。
「俺が歩とか? え、寧ろ俺でいいのか?」
「……翔吾君だからいいの」
「俺はいいぞ」
やはりというか彼は受け入れることを選んだようだった。
「えっ、いいのっ?」
「おう、じゃあそういう約束な」
「うんっ」
臆せず動いた人間だけが得られるもの。
私なんかがいる必要ないぐらい歩は強かったということか。
少しはその積極的さなどを分けてもらいたいところ。
なんか凄くいい雰囲気だったから声をかけることもせずにその場をあとにした。
まだ早いから学校の近くの公園のベンチに座って時間をつぶす。
正直に言えば眩しくて直視していられなかったのだ。
あれが若さの暴力だろうか? 同じ歳でもこっちは暗かったものだけれど。
「あ、やっぱりここにいたのか」
「濱田君」
そうか、◯◯分までに入らなければならないというルールが違うからこうなるか。
彼は横に座って「まさか歩から誘われるとは思わなかった」と呟いた。
「同情なの?」
「え? 違うよ、誘ってくれたのは歩だけだからな」
「そうなの?」
「おう、俺を誘うような異性は基本的にいないよ」
それは単純に恥ずかしいからとか、まだ時間があるからではないだろうか?
目の前には期末テストもあるし、それが終わってからでも遅くはない。
最後のクリスマスこそはって考える子も多そうだ。
「去年も一昨年もひとりで過ごしたからな」
「ご両親は……」
「いつも旅行に行くんだよ、誘ってくれるんだけど悪いから断っててさ」
夫婦水入らずで過ごしてほしいというやつか。
確かに私でも空気を読んで家で待っていると思う。
似たようなものだ、私だって一緒に過ごせるような人はいなかったわけだし。
「どっちで過ごすの?」
「俺の家だって」
「大胆ね、少し見習いたいぐらいよ」
ある程度の時間つぶしと彼がいてくれるのもあって学校へ行くことに。
歩も受験生だから楽しんでほしい、歩が楽しんでくれればそれで私も満足することができる。
「おはよう」
普通に挨拶をして教室へ――とはできず。
「なんですか?」
「あ、いや、最近は来る時間を遅くしているんだなって」
「はい、寒いのでゆっくりめになっているんですよ」
今度こそ教室に入って自分の椅子に座る。
ちなみに今日は歩に合わせて早めに出てきているからクラスメイトもあまり来ていない。
彼がいてくれてもガードにはならなかった、少し考えなしだったのかもしれない。
「今日は安斎の家で勉強をやらないか?」
「別にいいわよ」
「おう、歩ともゆっくり過ごしたいからな」
でも、正直なところはどうなのだろうか?
本命の子と過ごせなくなったから彼を利用するというのもなんだか……。
ただ、これも先程のあれも彼が自ら言ったことだから余計なことは言わないけれど。
「お邪魔します」
久しぶりに十七時前に自宅に帰ってきた。
この時間なら父もいないから揶揄されることもなくて一安心。
「あれっ、どうして翔吾君も来たのっ?」
「歩、俺と一緒に勉強しようぜ」
「するっ、持ってくるから待っててっ」
おお、いつも休憩しがちな歩が自分からそう言うなんてと感心してしまった。
なるほど、そういう面でも彼と仲良くしておくのは悪くないかもしれない。
でも、姉よりも男の子の方がいいのねと、少し寂しくなってしまったのもあった。
「濱田君――」
「お姉ちゃんは部屋でやってっ」
そうか、それなら仕方がないか。
部屋に引きこもってひとり寂しく勉強をすることになった。
別に濱田君を狙っているとかでもないのに無駄に敵視されるのは悲しい。
悲しいので走りに行くことにした。
まあ、冷たい空気に触れることで吹き飛んでくれることだろうと判断してのことだ。
「はぁ、はぁ」
結構長く走ってしまった気がする。
いつもであればある程度のところでやめて帰るところなのに。
極端に遠いところまで来てしまったというわけではないものの……。
「静?」
「えっ、あ……」
家の近くまでやって来たときだった、先生と会ってしまったのは。
「失礼します」
「なんでこんな時間に……」
「あ、妹に追い出されまして、濱田君を独占したかったんでしょうね」
どうしてこうも上手くいかないのか。
無視するような勇気もないからその度に相手をすることになる。
「濱田が家に来ているのか?」
「はい、妹に勉強を教えてくれると」
「あの濱田がかっ?」
「濱田君は真面目ですよ、大切な妹を任せるならああいう人がいいですね」
利用している? ことは考えないでおきたい。
外野がなんと言おうと濱田君が受け入れたのだから。
「そうか、濱田も成長しているんだな」
「はい、みんなそうですよ」
なんだかんだで前に進んでいる。
失敗を何度繰り返しても、前へと進むしかないのだから。
「でも、静は駄目だな」
「はい、分かっていますよ」
周りの人と比べて見劣りしていることは分かっている。
見た目も人間性もなにもかもが駄目――とまでは言わないものの、悪いところがあるから。
「それではこれで」
「ああ」
私が最後だからと自分勝手にぶつけてしまったら迷惑をかけることになる。
だから捨てるのだ、これまでの自分を思い出せば簡単にできることだ。
「ただいま」
リビングには行かずにお風呂に入って部屋に戻った。
これまで通り、部屋にこもって読書や勉強をしていればいい。
受験が終わるのは三月付近だからあまり休める時間がない――ということもなく、一年生の頃からずっとそうして過ごしてきたのだから不安もなかった。
リラックスして臨めばいい、不安がる必要なんて微塵もないのだ。
なんとなく寒い中、温かい飲み物を飲むのが好きだった。
公園で時間をつぶしているだけなのに何故か幸せだった。
昨日、彼は何時に帰ったのだろうか?
雰囲気が悪くならなかったのならそれでいいけれど。
「おはよう」
「おはよう」
別に約束をしていたわけではない。
でも、こうして近づいて来たということはなにか用件があるということなのだろうか?
「歩なんだけどさ、俺が教える必要もないくらいしっかりしてたぞ」
「そう、それでもありがとう」
「いやいや、俺なんか毎日教えてもらっているわけだからな、ありがとよ」
昨日、先生に言ったことは嘘ではない。
歩と彼さえよければお似合いなふたりだと思う。
まあ、実際はそう上手くはいかないだろうけれど。
「歩ってなにが好きかねえ」
「甘いものが好きよ、チョコケーキとか」
「なるほど、じゃあクリスマスに買って持っていくかな」
「違うでしょう? あなたの家で集まるのでしょう?」
「あ、そういえばそうだったな、あとはなにか残る物をプレゼントしてやりたいな」
モチベーション維持のためにもそういうのがあったらいいのかもしれない。
あの子もこれから戦わなければならない状態だからどんな小さいな物でもね。
彼から貰えたというだけで違うだろう、それこそ精神的な支えになるというわけだ。
「お姉ちゃんの方はどうなんだ?」
「私は両親と過ごすわ」
「ま、それも悪くないよな」
だから彼の家で過ごすと言ってくれて助かったということになる。
なんか盛り上がっているところを見るのは微妙な気持ちになるから。
「あ、今日も約束をしているからさ」
「そう」
最近になって少しだけ長く一緒にいただけなのにこの寂しさか。
妹に取られてしまったから、というのもあるのかもしれない。
なんだかんだ言いつつも真面目にやってくれる彼と一緒にやる時間は好きだったから。
「昨日は何時に帰ったの?」
「十九時だな、腹が減って集中できなくなったから」
「そう、これからも歩がお世話になるわ」
「おう、俺に任せておけよ」
じゃあ、とはならない。
同じことをしてもどうせ彼は来る――来なくなるかもしれないか。
どうでもいい、細かいことで一喜一憂している場合じゃないのだから。
時間をつぶしたのもあって話しかけられるようなこともなかった。
SHRが始まってしまえばなにも変わらない一日にしかならない。
それはつまり安定した状態のまま過ごせるということで、いいことしかなかった。
「あ、丁度いいところに」
「どうしたんですか?」
「ちょっと荷物を運びたくてな、手伝ってくれないか?」
「分かりました」
先生はいつだって先生という感じだ。
みんなに優しくて、困っている子がいたら放っておけなくなる感じの人。
解決のためになら自分の時間がなくなってもいい――かどうかはともかくとして、私としてはそれぐらい真面目な人のように見えているということ。
「ありがとな、頼んだんだけど手伝ってくれなくてさ」
「これぐらいならいつでもやりますよ」
「悪いな、静がいてくれてよかったぜ」
とにかくこれ以外では特に変わらない一日、
「安斎、これってどう解くんだっけ?」
「一昨日に教えたじゃない」
「一昨日……ああ!」
そう、変わらない一日だった。
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