第2話 憐れなノル姫を救い出せ!


「なあ、俺の武器なんだが、剣よりも飛び道具を使ってみたいんだよな」




 ムーンと小説の執筆を始めて早一週間が経過した。人生で最も充実した時間だ。それだけに、成すべきことも多かった。


 僕とムーンの会話を、サンとムーンの会話に書き換え、更に彼とのやり取りを行う際に生じた文章を消し、上手く説明文に書き換えたりと。大変だったが、僕にとっては大きく成長の出来た一週間となった。




 ――――飛び道具? 弓とか銃って事かい?


「いや、RPG7がいいな」


 世界観ぶち壊しだから無理に決まってるでしょ。


「そもそも、この世界そのもに飽きてきたんだよな」


 何を言うんだ。私達で作り上げた世界だろう? この物語はしっかり完結まで運ばないと駄目だ。それに、この物語を読んでくれる人が最近増えてきているんだよ。


「人気が出てきてるって事か?」


 そういう事だと願いたい。君へのメッセージも来てるよ。


「マジか! ちょっと聞かせてくれよ」


 先ず一つ目。ムーンのキャラがぶっ飛んでいて面白い。二つ目。世界観とマッチしていないが、彼がこの物語を面白くしている。……などだ。


「はっはっは! べた褒めじゃねえか!」


 私の世界が負けた様で気分は良くないが、君が登場してから人気が出てきた事も事実だ。ここは素直に認めるよ。


「まあ、当然だな」


 所で、今後の展開の事についてだが。龍帝を討ち、東の大国サウ・アメノは晴れて自由国家となった。――――そこでサンを、王家の姫君と結婚させようと思うのだが、どう思う?


「ついにサンも結婚かあ。そりゃめでたいが、旅はどうするんだよ」


 旅はもちろん続けるさ。でもここで一旦三章を完結させる。


「終わっちまうのか?」


 直ぐに四章を始める。始まりはこうだ。

 王国の王女と結婚したサンだが、それをよく思わなかった西の帝国ジン・トウノが王女を攫う。そして彼女を救出するために勇者一行は再び旅に出るんだ。


「大筋は出来てるみたいだな。でも、ありきたりじゃねえか?」


 確かにそうだが、こういった物語は人気を博しやすいんだ。単純で明快だしね。その分、道中では様々なイベントを起こす。

 ソニアに首ったけの小国の王子様が出てきたり、エドの故郷で小休止したりと、色々ね。


「なるほどな」


 面白そうだろ?


「神様。あんたこの世界を他人の為に作ろうとしてないか?」


 ――――え?


「俺には、人気が出てきたから、人気の出そうな物語を作っている様に見えるね」


 確かにそうだけど、私の世界がようやく誰かの目に留まるようになったのだ。そう思うのは当然だろう?


「確かにそうだ、俺だって人気者になれて嬉しいよ。でもな、俺が最初に出会ったサンは、もっと活き活きとしてたぜ?」


 今は違うというのかい?


「ああ。ここ最近のアイツは、なんかこう、人に好かれようと必死になってる感じがするんだよな」


 “大人になったから”。その理由で通用すると思うが。


「それは言い訳だろ。サンはもっと砕けた奴だし、ソニアにももっと積極的だった。ところがどっこい、アイツは急に、何かにビビってる様に大人しくなってきた」




 ――――ムーンの言う通りだ。自分の小説が誰かに読まれているという圧力に、僕は負けているのかもしれない。そしてそれが、サンというキャラクターに出ていたんだ。




「神様。あんたは、あんたらしくこの世界を作ればいいじゃねえか。それを好きになってくれる人はいるんだからよ。少なくとも、俺はこの世界が好きだぜ」


 さっき飽きが来たって言っただろう?


「今の世界にだ。前みたいに、もっとぶっ飛んだ世界を作ろうぜ」




 ――――まさか、モブキャラクターに説教をされるとは考えてもいなかった。

 自分の小説が読まれ、閲覧数が増え始め、初めて人から認められたようで嬉しかった。だからこそ、その人達を失望させたくなかった。でも違った。そうすることで僕は僕の世界を失望させていたのだ。


 昔はもっと自分の世界が好きだった。だからこそ、子供みたいに自分の好きなものを詰め込んだ。専業で執筆しているプロじゃないんだ。ムーンの追う通り、もっと自由に書こう。




 ――――分かった。それじゃあ、王女と結婚するのではなく、サン達が王女を攫おう。長い年月を龍に支配されていたから、国民も王様も洗脳されている。それを不憫に思ったサン達が、王女を攫って西の帝国に亡命するのだ。


「いいねえ。面白そうじゃねえか! 英雄様が今度は大悪党になるわけだな?」


 そういう事だ。そして東の大国と戦争をする。それはやがて他国を巻き込んでの大戦争になり、世界大戦へと発展するのだ。


「ひょー! 俄然燃えてきたぜ。そして最終的には俺たちが世界を牛耳る訳だな?」


 それは…………。また後で考えるよ。


「ええ! 面白そうでいいじゃねえか」


 サンはそのような野望を持っていない。彼の心にあるのは常に騎士道。弱きを助け、強きを挫くだ。


「ははーん。という事は、そこで俺の出番になる訳だな」


 と言うと?


「俺にはデカい野望がある。それは、この世界の主人公になる事だ」


 まだそれを言っているのか。何度も言うが、この物語はダブル主人公。君とサンで1人の主人公なんだ。


「はいはい、分かったよ。蛇は2人で十分ってか」




 ――――そうして三章を完結させ、僕たちは次のステップである四章へ物語を進める事になった。




 東の王国サウ・アメノ。サン達の活躍によって龍の支配も終わり、この国には穏やかな時間が流れていた。

 しかし、いくら龍の時代が終わろうと、四千年という歳月は、支配される者達にとってはあまりにも長すぎたのであった。


「龍帝が打たれ、いずれ我らの土地にも災いが降りかかりましょうぞ」


 真っ白な髭を蓄え、彩色豊かな宝石が散りばめられた衣を纏う初老の男は、自分よりも一回り老いた男にそう言った。


「これまでは然るお方の、その恩恵にあやかっておったからのお」


 雪原の様な白髪に、城の様に立派な王冠を乗せた老人が、そのシワだらけの顔に、さらに深く影を作る。


「全くッ。頼んでもいないのに余計な事をしおってからに!」


 王城の中の大広間。その装飾を合わせれば、城一つは容易に建つほどの豪華絢爛な玉座の間。

 その場所で、サウ・アメノの王と、その大臣が国の方針を話し合っていた。


「龍帝がいない今、果たして我が国は他国との力の均衡を保てるだろうか」

「――――陛下。恐れながらも、私めの発言をお許しください」


 年老いた二人の男とは別に、黒い鎧を身に纏った、凛とした風貌の若い女が頭を垂れる。


「なんだ、我らの龍血よ」


 王冠を冠る老人が彼女の発言を許す。


「我ら龍人族には、龍を甦らせる術が遥か昔から伝わっております」


 耳がヒレの様に尖っている女は、依然として、その長い黒髪を床に垂らしたまま言葉も垂らす。


「まさか、龍帝を生き返らせる術があるのか!」


 大臣の言葉に、女の口元は醜く歪む。


「ええ。御前が望むのであれば」

「して、如何様にするのだ。その甦りとは」


 興奮冷めぬ大臣とは裏腹に、国王はあくまでも冷静に、威厳を保ったままに女に問う。


「国一番の美女を、贄として龍に差し出すのです」

「ほっほっほ。然る方もやはり美女には敵わぬか」


 笑う国王と、それを嗤う女。


「しかし龍血よ。如何にしてその様な女子を探すと申すか」


 白髭を弄りながら大臣は問う。


「既におられるではありませんか。この城の中に」

「既におるじゃと?」

「ええ。龍帝は生前、ノル姫君を大層気に入られておりました」


 その言葉に、これまで冷静を貫いていた国王が、シワが伸び切るほどの血液を顔面に集中させる。


「汝は、我が娘を生贄にせすべしと申すか!」


 机に拳を叩きつけ、青白いその血管を、今にも弾けさせんと膨らませる。

 しかし女は顔を伏せたまま、決して表情は見せずに進言する。


「しかし我が君。これでは国民は愚か、アメノ大陸その物が、他国によって蹂躙されてしまいましょう」


 二人のやり取りを見ていた大臣も、痺れを切らした様子で国王に言う。


「陛下。龍血の言う通りでございます。贄にせずとも、西の大国から攻められれば、どちらにせよノル様は無事ではいられませぬ」


 ふくふくと肉付いた顎を揺らしながら、さらに大臣は続ける。


「そうであるならば、より苦しみの少ない方を選んで差し上げた方が、ノル様も救われましょうぞ」

「しかし、ノルはまだ若い。外の世界も知らぬ。あまりに不便ではないか」


 ここで龍血の女が表を上げる。


「我が君。最早一刻の猶予もございませぬ。贄を出さぬのであれば、すぐさま戦の用意をせねばなりませぬ」


 その言葉を聞き、国王の顔には焦りが見え始めた。


 ――――この国、サウ・アメノ王国は、四千年に渡る龍の支配と引き換えに、その強大なる龍の力が抑止として働き、他国からの侵略を今日まで防いでいた。その事実は国王も重々承知している。それ故に、抑止を失ったことに対する焦りが、国王の思考を鈍らせる。


「…………一晩だけ、考えさせてはくれぬか」


 先ほどと比べるまでもない弱弱しい声。しかしこの機を逃す程、謀略というのは優しい物ではない。


「陛下、もう時間がありませぬ。こうしている間にも、我が国を侵そうと某国が迫っているやもしれませぬ。心苦しいですが、ご決断を」


 真剣。そして神妙な大臣の声色に、揺れる心。


「何時ぶりだろうな、お主が儂に迫るのは」

「それはまた、遠い昔の話ですな。何より、あの時は今よりも緊迫していた」

「ふふ。そうであったな。お前だけは何時も儂の味方だった」


 しばらくの沈黙。大広間にたったの三人。もはや時間の問題であった。


「相分かった。ノルには儂から話をする」


 彼の表情からは、一切の残り火すら消えていた。

 国王の言葉。それを聞いた大臣は龍血の女を見下ろす。王の死角、そして自身の真横。その女の歪んだ口元を見て、大臣もまた醜くほくそ笑んだ。


「――――ご勇断でございます。我が君」


 時間にしておよそ半刻、国の行く末を決める話し合いは大きく逸れ、王にとって後味の悪い結末となった。



「よくやったぞ。ソウ・ヨウ」


 城の中庭。龍の像が誇り高くそびえ立つその場所で、大臣と先ほどの女が人目を忍んで話をする。


「ユルト様のお力添えがあったからこそです」

「相も変わらず謙虚な奴だ。とても、横暴な龍人族とは思えぬな」

「忌まわしき龍も死に、晴れて世界の頂点に立ったのです。他の龍人も寛大になりましょう」


 龍と人が交わり誕生した龍人。その力はまさしく、龍の如く激しいものであった。


「しかし王も王だ。龍を蘇らせるなどの妄言を信じるとはな」

「龍帝の厳しい支配に当てられすぎたのでございましょう。最早アレは、物を考えぬ木偶にすぎません」


 王を侮辱する言葉に、大臣は笑う。


「末恐ろしい生娘だ。とてもリンの子とは思えぬな」

「恐れながら、我が主も」

「ふふふ。そしてノルが死ねば、飾りの王も更に腑抜けになり、国民からの支持も失う。そうすればこの国は我らの物だ」


 とても静かで、そして嵐のように荒い笑い声は、2人の間で生々しく絡み合った。

 ――――数時間後、城の地下深くの祭儀場。薄暗く、湿気の籠ったその場所に、幾人もの人影が揺らめく。


「すまぬ。ノルよ」


 その中でも、特に立派な装束を纏った国王が、涙を浮かべる少女に囁く。


「お父様。今一度考え直してくださいまし」


 龍の支配も終わり、ようやく空の下を自由に歩けるようになった。気持ちのいい朝を迎え、今日一日をどう過ごすかを思慮する。そんな幼気な少女が、どうすればこのような状況を想像できただろうか。涙するのも必然である。


「国の為、お主はこれから英雄になるのだ。これも国を統べる者の務め。誇りに思いなさい」

「嫌です! ようやく自由になれたというのに、あんまりではありませんか!」


 突如として陥った地獄の中で、少女はまだ希望を胸に抱いていた。どうすれば抜け出せるか、どうすれば助かるか。それを考え、至ったのは父への訴え。


「ノルはまだ生きたいのです! 城下町を歩きたい。学校にも行きたい。友達と遊びたい。ノルはまだ何もしていません!」


 愛する娘の涙。己に向けられた恐怖の眼差し。その必死の姿が、とうに殺されていた父性を再び蘇らせる。


「…………ユルトよ。やはり生贄は考え直さぬか」

「――――なりませぬ! 最早これは一国の問題ですぞ。それに先ほど、隣国が戦の用意をしているとの報告を受けました。もう後には退けぬのです」


 王の優柔に苛つきを覚え始める大臣。出任せにあることないこと言い放ち、王の思考力を必死に押し殺そうとする。


 連日続いた、空が白けるまでの会議。国の行く末を決めるなどと銘を打ってはいたが、それはあくまでも口実。小石が詰まったかのように朦朧とする頭で、王は大臣に責められる。


「しかしだな」

「王よ、龍人の司祭も呼んでおるのです。もう後には退けませぬ」

「…………分かった」


 狭い部屋に響く啜り泣きと諦め。交わりそうで交わらない音。そこにはもう、王族への忠誠などは消えていた。


「――――それでは始めます」


 祭壇の前に立つ、歪な紋様が描かれた装束の男の、蠟燭の火も消えないような静かな声。深く被ったフードの陰からは、龍人族特有のヒレの様な耳が伸びている。


 沈黙で満たされた部屋。故に目立つのは黄色い泣き声。家臣も、僧侶も、果ては王ですら黙ってしまった空間。


「まずは髪を一房、巫女の頭から龍の杯へ」


 フードの男は、水を汲むようにその髪を手ですくう。そして蝋の火を反射させた短剣で、小麦の様に柔らかい色をした髪を刈り取った。


 少女から切り離され、湿疹だらけの青白い手によって、その髪は祭壇の容器に奉られる。


「……ひどい。どうしてこの様なことを」


 手足は縛られ、涙がただただ寂しく床へ落ちる。その涙を見ても尚、王の心は闇に包まれている。

 ――――助けなど来ない。誰も助けてくれない。父親も正気ではない。少女を奈落の底に落とすには十分すぎる程、この部屋には一切の光が無かった。


「神様」


 信心深くない者ですら、死や痛みを前にするとその言葉にしがみつく。世界に自分一人しか存在しないかの様な、深い絶望から助けを求めて。


「次は耳を2つ、巫女から龍へ」


 整えられてもいない雑に伸びた爪が、その小さな耳を綺麗に切り落せるよう外側へ引っ張る。


 項垂れる少女の目からは涙が消え去り、その目には深い影だけが残っていた。

 ――――耳の裏側に当たる冷たい感触。その感覚が、少女をさらに深い深淵へと突き落とす。


「嫌、やめて! 痛いのは嫌だ!」

「押さえろ」


 その声に反応する2つの影。同じ装束を着ているが、一つは天井に頭が触れそうなほどの巨体で、もう一つは平均的な背丈をしている。


 少女の頭を押さえる小さい方の影。しかしそれは力任せの抑圧ではなく、我が子を抱くかのような優しい抱擁であった。


「何をしている貴様! どかんか!」


 予定外の行動を取るその二つの影に、それまで満足そうに見ていた大臣が、真っ赤に腫らせて目くじらを立てる。

 騒めき始める部屋の中で、司祭の男は、それでも少女の命に刃を立てようと、銀の短剣を振り上げる。


「すいませーん。ウーバーイートでーす」


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