小説執筆してたらモブに命が宿った

麻賀陽和

第1話 モブに命が宿った!

 映えることの無い1日を終え、今日も鉄の籠に揺られて帰宅する。隣の中年男性が持つ鞄が何度も足を突くが、それを強く掃い除けられるほど僕の心は強くない。


 仕事終わりにはスポーツジムで汗を流し、天気のいい週末は公園で有酸素運動。たまに行くボルダリングで全身を程よく鍛え、そこで知り合った女性と、帰りは軽く晩酌をする。

 ――――等といった習慣は持ち合わせておらず、今日も帰ったら執筆途中の小説に取り組む。


 将来は特にやりたいことも無い。新卒で採用された会社に勤めて早12年、家に帰れば趣味三昧。悩みと言えば、現在書いている小説をどうやって盛り上げるか。そんなところだ。


 1人暮らしのアパートはなかなか快適である。うるさい親もいないし、動物の毛が服に着く心配もしなくていい。加えて、この静かな空間での執筆作業。

…………気持ちいい。


 いかんいかん。邪念が産まれる前に世界に入ろう。




 ――――俺の名前は“サン・ワールド”


 現代では冴えないサラリーマンだったが、ひょんなことからこの“エグゼワールド”に転生してしまった。だがその世界での俺は“最強の魔導士”であり、どんな魔物も一撃でやっつけてしまえるほどの魔力を持っていた。


 4000年前の【龍の時代】から続くこのエグゼワールドでは、今現在も龍たちがこの世界を支配しており、人々を苦しめている。


 だから俺はこの街のギルドに所属し、頼れる戦士である“エド・オガステイン”と、美しくも秀才な女僧侶“ソニア・ポールマン”と一緒に、幾匹もの“龍の眷属”を打ち滅ぼしてきた。


 何故俺がこの世界に転生したのか、最初は理由が分からなかった。

――――でも今ならそれが分かる。俺の使命はただ一つ。俺は、俺は!


「俺はドラゴンを打ち滅ぼ――――ッ」

「…………ってえな。どこ見て歩いてんだよ?」




 あれ、いつの間にこんな台詞入れたっけ。


 僕は不思議に思い、普段毛嫌いする様な、その鉤括弧で括られた文章をバックスペースで消そうと試みる。しかしその野蛮な文章は、消えるどころか更に増えてゆく。




「おーい。無視ですかあ? こんな道の真ん中で突っ立ってたら邪魔だって言ってんだよ」




 何だ? キーボードに触れてすらいないのに、勝手に文章が書き込まれて行く。


 僕は一度上書き保存を行い、パソコンを再起動する。――気のせいだよな。そんな思いをぶら下げて。


 ――――さて、これで行けるはずだが。

 恐る恐るソフトを起動させる。幸い、あの気味の悪いセリフは消えていた。


 一体何だったんだ? 

 コンピュータウィルスに感染したかと思ったが、アンチウィルスソフトのスキャンでは問題が検知されなかった。


 まあいい。続きを書いていこう。




「俺はドラゴン共を討ち滅ぼす!」


 勇者サンは街道の真ん中で自らの意思を表明するも、案の定、通りかかった町人とサンはぶつかってしまった。


「全く。こんな所で叫ぶことでもなかろうに。――――っと、あんた、すまないな」


 戦士のエドは呆れた様子で眉間にシワを寄せる。その太い腕で、尻もちをついた町人を引き上げながら。


 対するサンも自らの羞恥に思わず頬を赤く染める。


「エドの言う通りだわ。一緒にされる私達の身にもなって欲しいものね」


 燃えるような赤い髪の女僧侶ソニアは、サンにこういった態度を取るが、それは好きの裏返しでもあり、実際はカスタードプリンの様にほろ苦い感情を抱いている。


「ソニア、この俺と一緒にされるのがそんなに嫌なのか?」


 サンはソニアの耳元に淡紅色の口を近づけ、心臓に響かせるかの様に言った。すると彼女の耳がみるみるうちに赤い果実へと成り代わる。


「ちょっ、ちょっと、サン! レディにそういう態度は無礼じゃないの!?」


 ソニアは赤くなった耳を隠し、サンを口先で蹴るが、その顔は更に紅く染まっている。


「ははは! ソニアは隙だらけなんだよ!」


 子供っぽく無邪気に笑うサンに彼女は心を掴まれる。どうやら彼に対する気持ちはどんどん強くなっているようだ。


「――――だから何やってんのお前ら? こんな道の真ん中でよ」




 まただ。しかもタイピングの速さではない。まるでキャラクターが喋っているかの様に書き込まれてゆく。何か拡張機能入れたっけ?




「だからー。何で俺が話しかけると動かなくなるんだよ」




 続々と書き込まれてゆく台詞。

 類を見ない奇怪な状況だが、僕はつい興味本位で文章を書き込むことに。




「俺の名前はサン。よろしくな」


 サンは声を掛けてきた見知らぬ男に挨拶を返した。偏見を持たず、他者に対し平等に接するところが彼の長所である。


「いや、まずは近隣の皆様に迷惑をかけたことを謝れよ。こんな道の真ん中でイチャイチャしやがってからによ」




 僕の書いた台詞に反応するかの様に、溢れるように文字が流れ込む。誰かとチャットトークしている気分だ。




「それは申し訳のない事をした」

 礼儀正しく、そして高潔であるサンは、男の言う通りに、市場の皆に謝罪の念を伝える。


「なんだ、やればできるじゃねえか。あんちゃん」

「あ、ありがとう」


 サンはやけに馴れ馴れしい男に少し警戒心を抱く。

 ――――っていうか何だこれ。誰だよこの男。




 思わず心の声を地の文に書き込んでしまった。というより、それほどまでに不思議な体験であり、正直心を躍らせている。


 そして間違って書き込んだ文字を消そうとしたその時。




「誰って。お前こそ誰だ?」




 僕の書きこんだ文章に彼が反応する。

 ……これは“サン”に言ってるんだよな? 


 動悸が激しくなる。匿名の掲示板に書き込んだらレスが付いたみたいだ。まさか誰かが、どこかで僕の小説に書き込んでいるのか? ハッキングされている?




「おーい。天からの声よ。お前に言ってるんだぜ」




 “天からの声”その文字を読んで僕は気付く。彼は地の文章の事を言っているのだ。まさしく僕の書き込んだ文字が、文字通り「声」となって彼に聞こえているのだ。

 ――――すかさず小説に書き込む。




 私に、言っているのか?

「そー。お前だよ。何だお前、神様か?」

 いや、この物語の作者だけど……。

「物語の作者あ? 何だそれ。信じられるかよ」




 その文字を見て、僕の中である考えが頭に浮かぶ。“少しこの世界にイベントを起こしてみよう”と。そうして僕は好奇心で文字を打ち込む。

 まるでデスノートに名前を書き込んでいるみたいだ。




 ――――その時。突然地面に大きな影が浮かび上がる。街一つを覆うくらいの大きな影が。


「何だこりゃ?」


 サンを含めた全ての人が天を見上げ、影の持ち主を目の当たりにする。そしてそれは、見た者全員の本能に「逃走」という二文字の鉛を撃ち込んだ。唯一サンだけを除いて。


「あの姿は……」


 なんと、古き龍の生き残りが街に襲来したのだ。今のサン達でも歯が立つか分からない究極生物。――古のドラゴン。永遠の繁栄。


「おいおいおい! 何だあれ!」




 そのとき僕は確信した。彼は僕の世界、僕の小説の中で生きているのだと。そう考えた瞬間に生まれたのは、心霊的な恐怖ではなく、ただただ脳内で膨れ上がる浪漫だ。

 続けて僕は書き込む。




「あれは、古龍!?」


 ソニアの頬を汗が伝う。それはエドもサンも同じだった。伝説の中にしか存在しないと思っていた古龍が今、彼らの街を焼き払おうとしているのだ。


「古龍だあッ? 何だよそれ!」


「アレは二千年前に存在した最強のドラゴンだ。巨人族が打ち滅ぼしたと言い伝えの中にはあるが、どうやら生き残りがいたようだな」


 エドは狼狽える男に説明する。しかしその目線はしっかりと、空を翔ける古き龍を捉えている。


「どうやら、俺の魔力によって眠りから覚めたみたいだな」


 サンの言う通り、彼の強大な魔力は世界に木霊し、それに反応した古龍が、吸い寄せられるかの様にこの街へと飛来したのだ。

 ――――しかし初めて出会う強敵に、サンの心は震えていた。


「どんな奴が相手だろうと、俺の魔術にかかれば風前の灯火だぜ!」

「いやどう見ても無理だろうが! 街と同じデカさなんだぞ!」




 僕は思わず笑ってしまった。普段なら登場させないようなキャラクターが今、僕の世界でイベントを盛り上げている。

 勝手に文字を書き込まれるのは少し気分を害されるが、うまく立ち回ればこの話を盛り上げてくれるキャラになってくれそうだ。




 ――――通りすがりの男は既に諦めムード。しかしそれが、その空気が更にサンの闘争心に火を点けるのだ。唯我独尊。彼に討てない龍はいない。


「誰が諦めムードだ! 俺だってやってやるぜ」




 しまった。彼が地の文に反応してしまった。彼の台詞は消せない。仕方ない。自分の文字は消せるから、ここは彼に説明しよう。




 ごめん。私の声には反応しなくていいよ。


「ああ!? 何言ってんだお前、こんな時に」


 だからこの声に反応しなくていいんだって。それにこの“古龍”はサン達に撃退してもらうから、君はそこで見てるだけでいいよ。


「撃退だって? なんでお前にそんなことが分かるんだよ!」


 えっと。…………私はこの世界の神様だから。かな。


「神様だあ? だったらあの龍を追い払ってみろよ」


 仕方ない。

 ――――子犬が駆けまわる程の晴天。猫が欠伸をこぼす程の紺碧。しかし突如として、その空に暗雲が立ち込める。


「お、おい。急に空が曇り出したぞ」


 鳴り響く雷鳴。それは遥か昔から人類に恐怖を与え続けてきた轟音。それが今、この街のはるか上空にて渦を巻いている。


「すげえ。全部お前の言うとおりに進んでく…………」


 一瞬の閃光。それは誰よりも平等に、そして力強く降りかかる。

 天が造りし電撃の竜。それは他の誰でもない、古龍の喉元に食らいついた。


 城壁の如く厚い鱗に対し、それはあまり効果を成さないが、しかし立て続けに喰らえば古龍にとっても無視できる損傷ではなくなる。故に古龍は、曲線を描くように飛行すると、そのまま根城へと飛び立って行った。


「退きやがった。やるじゃねえか神様!」




 どうやら僕が作者だと、彼も理解してくれたようだ。あとでサンが撃退したと書き換えよう。添削が大変だぞこれ。




「しかし、何が俺の魔術にかかればだよ。笑わせるぜ」


 ところで君、名前は?


「名前だ? そんなの無えよ」




 それもそうだ。彼はあくまでも僕の作った世界の副産物。名前すらつかなかった町人なのだから。




 ――――それじゃあ、マイケルでどう?


「マイケル? ありきたりだな。もっとカッコいい名前にしてくれよ」


 じゃあジャックは?


「悪くねえが、まだ平凡だな。ちなみにこいつの名前は?」


 誰のことだい?


「この金髪の兄ちゃんだよ。あんだけ大口叩いといて棒立ちだったコイツ。見えてないのか?」


 こちら側からは無理なんだよ。私には声しか聞こえない。


「ふーん。意外と不便なんだな」


 彼の名前はサンだ。太陽の様に強く輝く在り続ける人間。そういうイメージを持ってもらいたいから、そういう名前にした。


「大層な名前じゃねえか。よし、それなら俺がサンになる」


 サンは2人もいらないよ。それにこの世界でのサンという名前は、代々受け継がれし名誉ある名前なんだ。それに、襲名するには先代と同等か、それ以上の魔力が無いと…………。


「――――ごちゃごちゃうるせえ! 神様なら、それくらいの魔力を俺に与えることも出来るだろうが」


 無理だよ。この物語も既に3章に突入したし、今から主人公を変えるっていうのは、無理があるよ。


「じゃあ、こうしよう。俺がこの兄ちゃんから名前を受け継ぐ。それなら問題ないだろ?」


 ここで主人公交代って事かい?


「そう言うこった」




 無茶苦茶だ。ここまで来るのに3年という歳月をかけたのだ、今更主人公は代えられない。それに何より、サンやソニア、エドには計り知れない愛着を持っているし、彼らは言わば柱や床、壁に該当する主要部分。それを突然現れた金物と入れ替えることは言語道断。

 恐れることは無い。相手は文字なのだから。断ることも難しい事ではないはずだ。




 ――――それじゃあ、サンの新しい仲間として加わるのはどうかな?


「この3人の仲間にか? 嫌だね。俺はこの世界の主人公になりてえ」


 申し訳ないが、それだけは駄目だ。サンを含めた3人は、この世界ではどうしても必要なのだ。


「それじゃあ、俺は一体誰なんだ?」


 君は……。




 キーを叩く指が止まる。彼が一体誰なのか、僕には皆目見当もつかないからだ。


 3章の冒頭でサンは通りすがりの町人とぶつかってしまうが、その町人の構想は、心の優しい、動物から好かれるような好青年の筈だったのだ。

 それがどうしてこうなったのか、説明してほしいのは僕の方だ。




 ――――君は、所謂モブキャラクターだよ。


「モブキャラクター。何だそれ?」


 物語とは全く関係のない人の事だよ。エキストラとも言うね。


「俺が、関係のない人間だと?」


 残念だが、私の世界での君はそういう位置づけになっている。役職を与えたり、名前を付けて登場させることは出来るが、君は主人公にはなれない。


「…………そうかよ」


 だから君には、サンの相棒というポストを与えようと思うのだが、どうだろう?




 ――――僕だけでは決して生み出せなかったキャラクター。サンの対極の性格を持つ彼なら、きっと良き相棒として物語に活気を付けてくれる筈だ。


 そうと決まれば、これからどういう展開にするかが肝になってくる。突然現れた格闘家、街で助けた若者、敵対していた盗賊の一味。彼に与える役職は幾らでも思いつく。しかし、そこからどうやって最強の魔術師であるサンの右腕にすることが出来るだろうか。


 まず王道なのは“敵の敵は味方”。今までライバルとして活躍していたキャラクターが、強大な敵を前にし、主人公と手を組む展開だろう。しかし、サンの競争相手的ポジションであった“ムーン”は既に、魔王の刺客によって2章で殺されている。

 ――――“実は生きていました”展開だ。死んだはずのキャラが実は生きていて、主人公の危急存亡の時に突如現れる! これほどまでに盛り上がる展開は、“前作の敵が仲間になる”展開の他に類を見ない。


 これで行こう。2章のボスは宇宙に飛ばされて帰ってこられないからな。




 ――――君にとっても悪い話ではいはずだ。元々君は通行人。たった1行の台詞に産み落とされた様な存在なのだから。だからサンの相棒という事で手を打ってもらえないだろうか。




 しかし僕の書き込んだ文章の後に、鉤括弧の文字は吹き込まれなかった。


 その後も、何度も文字を打って彼に対して呼びかけをしたが、空欄が続くだけであって何も進展はなかった。


 もしかしたら夢だったのかもしれないな。それもそうだ。小説のキャラクターが、意思を持っているかのように動き回るなんて現実ではあり得ないのだ。


 その証拠に、今では彼の言葉がバックスペースで消すことが出来る。…………それにしても、生き生きとした台詞だな。到底、僕の中で生まれた言葉とは思えない。


 彼の言葉を途中まで消しかけたが、彼を殺している様で気分が悪くなったので、結局元に戻して、僕はパソコンを閉じる。


――――翌日は仕事に打ち込むことが出来なかった。頭から離れない“彼”の存在が、責務を億劫に感じさせていた。


 昨夜から書き込みが無く、余白だけが寂しく波打つ世界。その海面に、僕の考えた最強の魔術師が、仰向けになって浮いている。


 彼の様なキャラクターを、自分で作ろうとしたが無理だった。これまで避けてきた、経験するはずだった経験。その重要性が、今になって僕を足元から喰らっている。


 だが、そのような存在性の怪しい不確実なものを頼っても仕方ないので、僕は乗らない気分を背負い込み、世界の続きを書き始める。




「おーい。さっきはすまなかった!」


 サンは先ほど出会った名も知らぬ男を探す。市場、教会、港、果ては街の外にまで。それでも返ってくるのは静かな虚無だけ。


 先刻の男は一体誰だったのだろうか。その想像だけが、サン達の楽しかった筈の旅路に沈黙を残す。


「ふむ。あの男、ただならぬ気配を持っていたようにも見えたが、一体」


 戦士エドが感じた物。それは胸の中に沈殿する微かな、そして懐かしくもある残り物。しかしそれを感じていたのは彼だけではなかった。


「エド、あなたも感じていたのね。サンは?」

「ああ、俺も感じた。魔力が躍起になるほどの、強い気配だ」


 3人の脳内に浮かぶ1人の人間。それは1年前、魔王デルガルドが勇者を打ち滅ぼさんと解き放った剣客。死せる剣豪オダ・ロウとの死闘によって倒れた“ムーン”だった。


「あの懐かしい感覚。忘れるはずがない。やはりムーンは生きていたのか?」


 サンの涙が、エドとソニアの目からも同じ物を流させる。


「駄目よ。彼の事はもう話さないって決めたでしょう?」

「そうだ。小僧はオダ・ロウとの相打ちで死んだのだ。今になってそのような希望は、無駄な隙を作るだけだぞ。サン」


 2人から向けられる現実。


「そうだよな。悪かったよエド、ソニア」


 彼は今も空から見守っている。「死というのは別れではない。新しい共存の形だ」最後にムーンが残した言葉が、3人に新たな一歩を踏み出させた。

 ――――しかし、その空気は一変する。


「おいおい。だーれが死んだって?」


 その声に3人は振り返る。


「お、お前は」


 なんと目の前に立っていたのは、市場でサンが肩をぶつけてしまった“あの男”だったのだ。


「相変わらず、湿気た顔をしているなサン」


 その心の奥で燃ゆる英気。姿は違えど、これだけは3人の目をごまかせなかった。


「…………小僧なのか?」


 流れていた涙がさらに大きく、そして強く溢れる。


「お元気そうですね。戦士エド」

「――――待て待て待て。なんだ元気そうですねって」




 思考が停止する。今の文字は僕が打ったものではない。こちらの意志に反するかのような書き込み。あざ笑うかのような文脈。間違いない。彼だ。




 ――――やっぱり君は存在したんだね!


「あ? その声は神様か?」


 そうだよ。君が出てこないから心配したんだ。


「っは。笑わせるぜ。無理やり引っ張り出して、気持ち悪い喋り方させてよ」


 私が引っ張り出した?


「そうだよ。家で気持ちよく寝てたって言うのによ」


 それはすまなかった。実は君を作ろうとしたんだが、まさか君自身が出てくるとは思わなくて。


「なら、それに見合うだけの見返りを期待してるぜ」


 分かった。それと、昨日は申し訳ない事をした。君の意見も聞かず、私が1人で話を進めてしまったばかりに。


「そんな事あったっけか? 忘れちまったぜ」


 そうか。そう言って貰えると助かるよ。


「ところで、俺は今日からこの3人と旅するのか?」


 ああ。君は前作で死んだはずの、ムーンというサンのライバルの生まれ変わりだ。


「生まれ変わりなあ。まあ楽しそうだし、主人公の座は諦めてやるよ」


 ありがとう。それにムーンは、サンには無い剣の才能がある。2人で1人、右手と左手だ。


「いいじゃねえか。悪くねえ。俺がいねえと何も出来ねえボンクラって訳だな?」




 ――――最高だ。野蛮な文字がどんどん浮かび上がってくる! ホワイトオーシャンがブルーオーシャンに昇華したのだ。

 キーボードを叩く指が止まらない。僕に無い物を彼が。もといムーンが補ってくれる。サンとムーン。まさに月と太陽だ。




「――――おらあ!」


 ムーンの放つ雄叫びは、大地を震わし、魔物を屠り、仲間を鼓舞した。

 身の丈ほどの剣を振り回すその姿は、まさに世界最強の大剣豪。


「すまん! 助かったムーン!」


 呪文の詠唱は、魔術師にとって裸で寝ているようなもの。しかしその背中を守る剣と盾が今は3人もいる。その存在が、サンを大きく突き動かす。


「ムーン! 右側に敵だ!」

「うるせえ、分かってらあ!」


 同じ戦士であるエドとムーンの相性は良かった。最強の剣と最強の盾の二人が合致する。それだけで魔物共の士気は落ち、故に魔術師に時間が生まれる。


「……天と地の神々よ。我らにその道を示し給え! 回復呪文、いっくよー!」

「ナイスタイミングだぜ! 後で抱いてやるソニアッ」


 死という概念を超越し、新たな肉体で生まれ落ちたムーン。声や姿、果ては性格までも変わっているが、それがチームに良い流れを作るのだ。


「皆んなッ、ここまでよく耐えてくれた! 後は俺に任せろ!」


 到底サンの体内では収まりきらない程の魔力。強大すぎるその力は彼の身体を持て余し、遂には外にあふれ出る。


「――――ルイ・スイエル!」


 激しく隆起する地盤。空では大気が渦を巻き、宙からは巨大な岩塊が降りそそぐ。

 “神の怒り” 魔物の目に映るは、正しくその言葉が形を成す圧倒的な景色だ。


「すげえ。アルマゲドンだ」


 ムーンの口から零れる単語。最終戦争の意を持つその言葉は、サンの絶対的な力を強く表した。


「ムーン、止めだ! 龍帝に最期の花束を向けてやれ!」


 取り巻く雑魚は一掃されたが、その親玉の息の根を止めるには一歩及ばず。しかし、それを可能にするは最強の剣。彼はムーンの名を叫ぶ。


「っは! やっぱりお前えは、口だけだな!」


 ――――左手がバトンを右手に、それが渡れば最後。しかし龍も黙って見過ごすつもりはなかった。

 本能に訴えかけるような咆哮。駆け巡る戦慄。それでも彼らの進撃を食い止めることは出来ない!


「喰らえ! エターナル・ドラゴニカル・ポイントブレイク!」


 彼の必殺技、ド・トライブルが龍帝を斬首する。


「――――おい、違うだろ! エターナル・ドラゴニカル・ポイントブレイクだ!」


 いや、さっき話し合ってド・トライブルにするって決めただろ。


「弱いんだよそれじゃ! もっとドラゴンを殺すような名前にしねえと」


 無理だよ。技の名前は現実に存在しないような言葉がいい。この世界のファンタジー色を強めたいからだ。


「ド・トライブルも大概だけどな。嚙んでるみてえで歯切れ悪いんだよ」


 それでも今回ばかりは譲れない。大剣使いっていう設定は譲歩したのだ。今回は私の意見を聞いてもらう。

「っち! 分かったよ。やり直すから消せよ」




 彼と物語を作り上げる上で分かった事が一つある。それは、彼が“諦める”ことによって、彼が発した文字を消去できるのだ。お陰で添削は楽になったが、その分ムーンを説得するという工程が増えてしまった。


 それでも文字を起こす指は軽かった。一人での執筆の作業も、まるで2人で行っているような感覚になるからだ。


 産まれて初めて、友達と呼べるような存在が出来た。これから先の事を想うと、何にも形容し難い感覚が僕を包み込んだ。これから僕は、ムーンと2人で旅をする。

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