第4話 復讐の旅路

『――さい、起き、くだ――起きてください!』

「ん……」


 脳内から響く喧しい女の声で昏倒していた私の瞳がゆっくりと開く。視界に広がるは遺跡内部のボロボロな天井。昏倒していた期間が長かったのか、朧気な記憶しか残っていない。

 たしか私はこの山から脱出するために女神と戦って……その後どうしたっけ? 周囲を見渡してもその女神の姿はどこにも見当たらなかった。一体何が起こったというんだ?

 いや、まずそもそも私を起こそうとしていた声の主は誰だ? どことなく聞き覚えのあるような声だったんだけど。


『やっと起きましたね……もう1週間も寝込んでいたんですよ?』

「一週間、思った以上に短――いやまって、この声はどこから?」

『ここですここ! あなたの中からですよっ!!』

「――は?」


 いや、意味が分からない。この声は何を言っている? 私の中から声を出している、二重人格じゃあるまいし、そんな事がある筈もない。

 この声はうそをついている。――だが、この声の主が私に嘘をつくメリットなんてあるのだろうか。だまそうとしている? でも何のために?


「そんな口車にのると思った? 姿を現しなよ」

『できるわけないじゃないですか!? あなたに吸収されたんですから!!』

「吸収?」

『自分が喰らった獲物くらい覚えてくださいよ! このポンコツ頭ぁー!!』

「……まさか、あの女神か?」

『遅いっ!』


 なるほど、通りで聞き覚えがあるわけだ。どことなくと感じてしまったのは、一瞬の出来事だったからと仮定すると納得がいく。

 だがしかし、なぜ女神が私の体内で語り掛けている? 潜在意識ってやつか、嫌々そんな筈は。しかし、この声をずっと聴き続けていると、キンキンと頭が痛む。この感覚は、固有スキルを使用しているときに発される唸り声を聞いたときと同じ感覚だ。

 嫌な予感がした私は、体中に再び怒りの感情を巡らせる。こうしていると、非常に心地が良くなる。身体の制御を“何か”に奪われるような心配も無くなる。


「……喰らった魔獣の唸り声が聞こえていたのは、こういう事だったのか」

『今ごろ気づいたんですか!? というか貴方、結構狂暴な魔獣喰ってるんですね――ひっ!』

「うるっさいなぁ。静かにしてくれない?」

『無理に決まってるでしょう? こんな暗くて怖い場所に入れられて――こ、こっちを睨むな!』


 女神の喧しい悲鳴をよそに私は自身のステータスを確認する。これは私が魔獣を喰らった際に行う、どんな固有スキルを手に入れたのか、どれくらい成長したのか等を知るためにやる、いわば習慣みたいな行動だった。

 しかし、その何気ない習慣に今回は違和感を覚えた。眼前に開かれたステータスパネルの色が普段と違う。淡い青色から禍々しい赤黒色へと変貌している。まるで魔族とかが見せるステータス画面のようだ。


『こんなステータス画面見た事ないです。私は白色ですから』

「魔族は?」

『紫です。種族で違うんですよ?』

「んなもん知らんわ。――じゃあこの色は……?」


 疑問に思ったが、女神の方も知識を巡らせているのか反応はない。しびれを切らした私はそのまま無視してステータスパネルを確認する。


 天職:世界喰らい

 レベル:―――

 固有スキル:【雷槌】【水槌】【万象結界】【魔獣爪】【魔力眼】【獣化】【火衣】【存在探知】【解析眼】


 女神を吸収したことで新たに3つの固有スキルを修得した。こうしてみると固有スキルのパワー差の激しさを痛感する。【雷槌】は雷を、【水槌】は水をそれぞれ操る事の出来るスキルであり、【万象結界】は結界の解除や作成全般の事を行える万能スキル。なるほど、これでこの山に結界を張っていたっていう訳だ。

 固有スキルの確認は終わったのだが、もう一つ目を見張るものがある、私の天職だ。

 女神を吸収する前は「魔獣喰らい」という天職だった筈なのだが、今は「世界喰らい」などという異質なものに変化していた。私のステータスパネルが変わってしまったのもこのせいだろうか。そもそも世界喰らいってなんだ、何を喰らうっていうんだ? 考えを巡らせるが、見た事もないがゆえに答えなんて出る筈もない。今は気にしない方向で行くしかない。


「でも、この色も中々かっこいいね。私だけの特別……って感じがするね」

『禍々しい魔王にしか見えませんよ。それより、これからどうするつもりなんですか? 女神である私を吸収して、何も考えなし……って訳ではないですよね』

「怒りで何も考えてなかったけど」

『えぇ……』


 何やら絶句されてしまった。というかなんで吸収された側の存在が私にあれこれ物言っているんですか? 支配された側なんだから大人しく黙っていただきたい。


『というより、なんで貴方はそんなに怒っているんですか? 戦ってる時も、嫌な人生だとか、嫌な世界だとか言ってましたけれど?』

「支配された側なんだから指図しないで、イライラする。だいたい、それを聞いてどうするの?」

『嫌々ながらも、これから行動を共にするんです。魔獣と違って喋れる程の意識がある私くらいは知ってても良いじゃないですか』

「……本当に一言余計だね」


 だがしかし、彼女の言っていることは一理ある、悔しいが。何も知らないまま私が行動していたら、どこかしらで必ず文句を言ってくるだろうし、喧しい言葉を耳にする頻度を減らすという意味では話しておいた方が無難なのかもしれない。

 深く、溜息を一つついた私は仕方なくこれまで自分の身に起きた事全てを語った。勇者パーティにいた頃に得てしまった不快な思い出と記憶。

 女神に語っていると、不意に再び怒りを覚えてくる。所々語尾を強めそうになるが、そこをグッと堪え我慢する。支配している女神に愚痴っても現状が変わったりなんてしないのだから。


『好いように使われて、危険と判断したら追放……ですか』

「はあ、喋ったらまたイライラしてきた。もっかい殴らせてくれない?」

『できませんし、女神への扱いが不当すぎますよ!? ――それよりも、魔王を倒すという神様からの崇高なる使命を与えられた勇者とその仲間たちがそのような事を。到底信じられませんが……』

「何、あれ神からの使命なの? やっぱ神殺した方がいいの?」

『駄目ですからねっ!? でも、実際に貴方がここまでの怒りをつのらせながら語っているってことは、真実なんでしょうね』

「あっさり信じるね」

『まだ確証はできてませんよ』


 まあ、簡単に信じてもらえるような話じゃないってのは私が一番よく知っている。勇者パーティというのは、この世界に生きる人たちならば誰もが知っている有名人だし、平和を求め魔王を倒さんとする正義の戦人たちだ。そんな人たちへの悪事なんか、誰が信用するだろうか。

 きっと私のことだって、王国は「力を制御できず暴走し勇者パーティを傷つけた裏切り者」として処理されているのだろう。こうすれば、好いように扱っては追放するという悪事を隠しつつ私を犯罪者呼ばわりできる。何とも不平等な扱いだ。


『……よろしければ、私を勇者パーティの所に連れて行ってくれませんか? やはり、確認しない事には』

「はあ? なんでアイツらの顔なんか見なければならないの? だいたいもう、人の沢山いるあんな王国なんか死んでもゴメンだし。烙印を押された私の立ち入りなんか認めてくれない」

『街が嫌いなのは分かりますけど、このままこうしていたって何も変わりませんよ?』

「……煩い。あとさっきもいったけど、お前に指図される筋合いはない」


 どうして女神はこうも正論を突き付けてくるのだろうか? 結界を解除して自由の身になったとしても、このまま食料を外から適当に調達して、自由気ままにここで暮らし続けるというのも、中々退屈な話である。他の人の顔を見なくて済む、という利点はあるものの。

 でも何で私がそんなことをしなければならない? そんな事に何の意味がある? 私がアイツらの顔を見ることによって、何か利益になることがあるのか?


『貴方だって、勇者パーティの人達を見返してやりたいとか、そういう意思はないんですか?』

「無い。戻る気もない」

『女神が言っていいことではないと思いますけど、怒りを持っているということは何かやり返してやりたい、復讐してやりたいって思ってることなんですよ?』

「何言って――」

『今、貴方は私に反論しようとしているように。でしょう?』


 女神の言葉一つ一つが鼻につく、何なんだこの女神は?

 何で、私はこの言葉に反論が出来ないんだ? 図星だから?

 イライラするのに、腹が立つのに。復讐したい、という想いが本当だから? 出来るのか、私に。


「……」

『復讐はいけないことではありますが、このままここでジッとされるよりは、幾分マシだと思いますが』

「自分から進めておいて、ダメっていうのやめてくれる?」


 重々しいため息を一つこぼす。私は渋々と座りこけた身体をグッと起き上がらせる。

 元々食料調達のルートも確保しておきたかったし、現状を知るという点において外を見に行くというのは、理にかなっている。決して女神の言葉をうのみにしたわけではない。断じて、だ。


「お前を支配しているのは私だからね。これからはこの力をこっちが好いように使ってやるからね、覚悟しなよ」

『……不本意でしかたないのですが、どうしようもないです。はぁ、神様に何て言えばいいんでしょうか』

「今更愚痴垂れても遅い。――固有スキル【万象結界】」


 嫌々しい女神をよそに、私は女神から得たスキルを使用し、山に張られた結界を解除する。久しぶりの山外の空気。なんだか複雑な気分になる。

 果たしてあれから十数年程たっただろうこの世界は、今どうなっているのだろうか? あまり興味はないけれど、状況ぐらいは知っておいた方が良いだろう。後々利益につながるかもしれない。


 ――こうして、私と女神の旅路が、開幕したのだった。

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憤怒の世界喰らい ~魔獣喰らいの私が追放されてから十数年。女神を吸収して、敵無しとなってしまったので、勇者パーティを喰らって、今度は支配する側に回ります~ 室星奏 @fate0219

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