第3話 世界喰らい
山頂で無数の激雷が迸る。周囲に人間がいたならば何事かと思うだろう。だがここは帰らずの山、滅多に人が来るような場所じゃない。
女神と名乗る女性も私の避雷針に驚き慄いているのか、間合いを詰める度に発射される雷撃の数が増している様な気がする。これ以外に対抗策がないのか?
「――っらぁ!」
「! ……化け物が!」
至近距離から振り下ろす
ロクに戦闘技術のなかった私にとって、このスキルを修得したのは好機といってよかった。頭から唸り声が離れないという欠点こそ抱えていた物の、修得して以後は私のメイン火力スキルとして役立っていた。
「――固有スキル【
「水かっ!? ――ごぶっ!?」
しかし振り下ろした腕は女神の身体を裂く事無く、その全身ごと水の檻に閉じ込められ封じられる。水が浮いている? こいつ、固有スキルを何個持ってるんだ?
「化け物と言えど、水の中に長くいるのは不可能ですよ。魚出ない限り……」
「――んぐっ!」
私は脳内に修得したスキルを羅列する。
【魔獣爪】【避雷針】【魔力眼】【
獣化はただの自爆特攻、火衣は火炎耐性の修得――。水の中で火なんて、どう生かすというんだ? 教えてくれよ、頭のいい冒険者さんよ。
――いや、待てよ。もしかしたら、まだ賭けが残されているのかもしれない。
「固有スキル【
「火!?」
水中でスキルを発動し、自身の全身を燃え盛る獣毛で覆い隠す。これは地獄のように熱い火山地帯に生息する魔獣、ヘルゲイザーから修得した固有スキルだ。本来は熱い場所でも難なく動けるという優れものでしかないのだが、この状態から発せられる炎の熱はその火山地帯のものと同等になる。
いくら固有スキルの水だとしても、その火を受け続ければどうなるか? やがて蒸発して消え去ってしまい、私は脱出できてしまうという算段だ。
「ほらほらっ、少し蒸気が出てきたよ? 女神さん!?」
「何なの……人間風情が!?」
案の定の反応だ、というか傍から見たら本当に意味不明の光景だろう。
雷は効かないから水の中に閉じ込めた。水に対する対抗策はないというから、炎の熱量で対抗しているという異質の光景。人生で見ることは絶対にないだろう。
だがさすがは固有スキルの水といったところだろうか? 蒸気こそ溢れ確実に水は減ってきているのだが、その量がいささか少ないような気がする。
いやそれ以上に――。
『グルル……』
「ッチ、こんな時にもお怒りか!?」
私の中に潜むヘルゲイザーが私に対する怒りで頭の中を唸り声で焼き切らんと躍起になっていた。クソ、私の周囲には本当に味方はいないみたいだ。
本当に。私が何をしたというのだろうか? ただ希少な存在だといって無理やり訓練を受けさせて、そのまま流れるように勇者パーティに仲間入りさせられて、迷惑をかければ子犬のようにどこかへ放り出す、と。
ふざけるのもいい加減にしてほしい。私は、私は誰かの道具なんかじゃない。ましてや、他の誰のものでもない。
私は私――それは当たり前のことだ。人間なら誰だって分かる理論だ。なのになぜ、何故勇者たちは、王国は、いや、人間たちはそれが分からないの?
「……本当に。本当に嫌な人生だ、嫌な世界だ。誰が創ったんだよ、こんな世界」
「? 何を言っているの?」
『グルルルァ!!』
「煩いなぁ。怒りに怒ってんのは、今こっちの方なんだよ!!!!!!!!」
魔獣の如き怒声を山頂一面に響かせる。女神も耳を急いで塞ぎ、鼓膜を守護する。まずい、このままだとこの前見たいに理性が壊れる。誰かに呼び戻してもらわないと、私じゃ私でいられなくなる。
――いや、違う。私じゃいられなくなるんじゃない。私は私、なら今の自分を自分とすればいい。今一番怒っているこの自分が、自分なんだ。
憤怒の魔獣喰らい、グレイ。ははは、良い響きじゃないか。
その決意が火衣に反映されたのか、その熱力が勢いを上げ上昇していく。その様子はまさに暴走する太陽が如くであり、私を覆う愚かな水を一瞬にして蒸発させる。
地面に身体が叩きつけられる。周囲の土が熱で溶けドロドロとなる。これが、怒りの力? ははは、何でもできるじゃないか。
「こんなの……こんな人間がいるなんて、私聞いてない……」
「何? 神が怯えてるの?」
「お、怯えてなんて……」
「足、震えてるよ?」
私は女神の脚へと指を差し、鋭き獣の如く瞳を向ける。その脚は少し速い速度で左右に揺れ、私の放つ熱で小さな汗水がしたたり落ちている。
暴走してしまう無能と言われた私が女神を怯えさせている……ちょっとした優越感に浸る事が出来た。だが私の中に潜む獣は、私が怒りを忘れることを良しとしないらしい。全く、こまったちゃんだ。
「もう一度聞くよ、ここの結界を解いて」
「そ、それは……」
「出来ないんだね。じゃあ、仕方ないか」
業火を纏った身体で地を蹴り駆動し、魔獣爪を発動する。固有スキルの同時発動、やったことはなかったが奇跡的にも成功した。全身が怒りにつつまれているからなのか、いつもの如く鳴り響く獣の唸りは今だけ聞こえてこなかった。
放たれる水も、放たれる雷も、全て対抗策を得た。もう何も恐れるものはない。神とて、結局はこの程度のものなのか。
「私に盾つくなら、女神だって容赦はしない!」
「熱っ……うあっ!!」
煉獄の爪が彼女の身体を勢いよく袈裟斬りにし、追撃の拳打撃によって身体を後方の壁へと激突させる。普段の私なら追撃こそしないだろうが、今は全身が炎で燃えるかのように怒っているんだ。あ、実際に燃えてたな、自分。
「……ぅ……」
「……素朴な疑問なんだけど、神って死ぬの?」
「当たり前です、死んだら力を失い、そのまま消滅します……」
「ふーん、そしたら結界は消えるの?」
「トリガーは私です。死んでも私がその前に解除しなければ消えません」
「は? それ困る!?」
私は彼女の身体を強く揺さぶる。ここまでやったのは殺してでも結界を壊す為なのに、死んでも壊れないとなったら全部水の泡じゃないか。
その祈りは届かず、彼女の身体にフワッと淡い光が灯る。おいおいマジか? 本当にこのまま消えるつもりか?
「残念でしたね。女神と言っても、私には貴方を倒せる程の力はありません。いえ、貴方が規格外すぎたというべきでしょうか?」
「ふざけるな! 解けよ! 結界を!」
「これは私の固有スキルの一つです。絶対に消えませんよ」
「クソっ……ん、お前、今固有スキルっていった?」
「……言いましたが、それが何か」
私が掌に魔法陣を女神の血で描き、それを彼女の顔面へとこすりつける。そしていつもの如く魔獣喰らいの詠唱を紡ぎ、腕に魔力を注ぐ。
このまま解除の方法ごと消え去ってなるものか。この結界自体が固有スキルのものなら、こちらとしては都合がいい。
私は魔獣を喰らい、その力……固有スキルを得る天職。人間、ましてや女神を吸収したことなんてなかったけれど、今の私にはこれぐらいしか方法がない。
「なっ……は、離してっ! そんな事、許される筈がない。そもそも、出来る筈がない!」
「黙れッ! お前は負けたんだろ!? だったら勝者の言う事は聞くってのが道理でしょ!?」
「道理がなってないですよ!?」
「知らない! 告げる、彼の魔獣は我が眷属、我が心は彼の魔獣と共に!」
彼女からあふれる光がゆっくりと震え、私の腕の方へと集まってくる。ここまでは通常通りだ――あとはそれを全身に勢いよく取り込むだけだ。
「や、やめ――ッ! うあぁあ!?」
「何? 吸収って痛みが出るの? 知らなかったな―」
「離し、てください……! ぅあっ……」
この天職を授かった時、親から聞いたことなのだが、この九州というのは、死にかけの魔獣の身体を自身に取り込ませることによって、自身の身体に宿る力を今後の生命力として使用し生きながらえさせるという何とも外道極まりないような方法のことなんだとか。
最初聞いたときは薄気味悪いと思っていたことなのだが、今となっては至極どうでもいい事だった。
「――あぁ……ぁ……!」
「我が身に宿れ、彷徨える魔獣よ――ッ!!」
最後の節を紡ぎ終わったとき、目の前から女神の姿が光となって消え去る。その瞬間、私の視界がぐわんと歪み、全身に激しい激痛が襲う。
(な、なに、これ!?)
魔獣以外のものを吸収した弊害だろうか? 私は勢いよく吐血し、身体を強く地に打ち付ける。もう立っていられないぐらいのものだった。
――魔獣喰らいとしての経験が、頂点に達しました。
私は一体、どうなるのだろうか? 死ぬのだろうか? もしそうだとしても、このまま結界も解けずじまいだったら、その通りになっていただろうし、もう今更ってとこか。
でもせっかくここまで来たっていうのに、このまま終わりっていうのは、少し――いや、かなり悔しい。
こんなところでは死ねない。いや、死んでたまるか――。死ぬくらいだったら、魔獣にでも、悪魔にでもなんでもなってやる。
私はその瞳にその不屈なる願いを宿し、ゆっくりと重くなってゆく瞼を閉じ、気絶した。
――女神・フレイを吸収しました。
――固有スキル【雷槌】【水槌】【
――魔獣喰らいとしての経験が頂点に達した為、天職を【世界喰らい】へと変更しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます